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『キモデブニートだった俺が、剣聖スキル持ちの銀髪美少年に転生したケース』  作者: ぷっぷくクリーナー


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第78章 撤退戦


 地鳴りのような咆哮とともに、魔物の大群が押し寄せてきた。


 先頭を走る狼型の魔物。その後ろには巨大な猪型や、粗末な武器を持った亜人型の魔物たち。


 フィオナは石橋の北側で、数人の騎士とともに剣を構えていた。


フィオナ「いいか! 全部倒そうとするな! 橋の入口だけを守れ!」


騎士「しかし、あの数では……!」


フィオナ「横に広がったら囲まれるぞ! 狭い場所で食い止めるんだ!」


 石橋の幅は狭い。魔物がどれほど大勢いても、一度に襲いかかれる数は限られている。


 フィオナは左手の剣で狼型の魔物を斬り伏せ、続けて突っ込んできた亜人型の魔物を蹴り飛ばした。


 だが、右腕の負傷が響いていた。


(……くそっ。思ったより動かないな)


 監視塔での戦いから休む間もなく動き続け、体力も限界に近い。


 それでも、背後ではまだ村人たちが避難している。


フィオナ「あと少しだ! 踏ん張れ!」


 その時、橋の中央から悲鳴が上がった。


村人「助けてくれ! 荷車が動かない!」


フィオナ「何だって!?」


 最後尾の荷車が、石橋の亀裂に車輪を取られていた。荷台には老人と子供が乗っている。


 馬が必死に引っ張っても、車輪は動かなかった。


フィオナ「二人はここを守れ! 残りは荷車を助けに行け!」


騎士「ですが、戦える人数が減れば!」


フィオナ「その分は私が何とかする! 早く行け!」


 騎士たちが橋の中央へ走る。


 フィオナは剣を握り直した。


フィオナ「……ったく。今日は本当に休ませてくれないな!」


 魔物の攻撃は激しさを増していた。


 フィオナは狼型の魔物の脚を斬り、転倒させる。その身体につまずいた後続へ、隣の騎士が槍を突き立てた。


 しかし、大型の魔物が倒れた仲間を踏み越えて突進してきた。


フィオナ「……っ!」


 左手の剣では受け止めきれない。


 横へ跳んだものの、疲労で足がもつれた。爪が頬をかすめ、フィオナは片膝をつく。


 そこへ別の魔物が飛びかかった。


騎士「フィオナ様ぁっ!」


 若い騎士が飛び込み、盾で攻撃を受け止める。


 激しい音とともに盾が砕け、騎士が地面へ転がった。


フィオナ「馬鹿! 何やってんだ!」


騎士「置いていけないって……言ったでしょう……!」


 フィオナは魔物の首へ剣を突き立て、すぐに騎士を助け起こした。


フィオナ「動けるか!?」


騎士「何とか……!」


フィオナ「だったら下がれ! 今度は私が守る!」


 守るつもりが、また助けられてしまった。


 だが、悔しがっている暇はない。


 その時、橋の中央から声が響いた。


騎士「フィオナ様! 車輪が外れました!」


フィオナ「よし! 急げ!」


 最後の荷車が南岸へ向かって動き始める。


 フィオナは足元を見た。古い石橋には亀裂が走り、大型の魔物が暴れるたびに石材が崩れている。


(……待てよ)


フィオナ「おい! この橋、魔法で落とせるか!?」


魔術騎士「橋を、ですか!?」


フィオナ「このまま逃げても追いつかれる! 橋を落とせば時間を稼げるだろ!」


 魔術騎士は橋の支柱を確認した。


魔術騎士「南岸側の支柱に魔術式を刻めば可能です! ですが、準備には数分必要です!」


フィオナ「十分だ!」


魔術騎士「数分ですよ!?」


フィオナ「聞こえてる! こっちで時間を稼ぐから準備しろ!」


 魔術騎士が南岸へ走る。


フィオナ「全員、聞け! 最後の荷車が渡ったら、私たちも南岸へ退く! その後で橋を落とす!」


騎士たち「承知!」


フィオナ「誰も取り残されるなよ!」


 それからの数分間は、まさに地獄だった。


 狼型の魔物が飛びかかり、亜人型が棍棒を振り下ろす。巨大な猪型は、仲間ごと押し潰す勢いで突進してきた。


フィオナ「下がれ! 次の二人、前へ!」


 騎士たちは交代しながら戦い、少しずつ後退する。


 フィオナも無理に敵を倒そうとはしなかった。足を斬り、体勢を崩し、仲間と連携して進路を塞ぐ。


 ただ、時間を稼ぐ。


 しかし、右腕の痛みは強くなり、左手の剣も重く感じられた。


フィオナ「はあっ……はあっ……!」


 その時。


魔術騎士「フィオナ様! 準備完了です!」


 南岸から声が響いた。


 最後の荷車も渡りきっている。


フィオナ「よし! 全員、撤退!」


 騎士たちが走り出す。


 フィオナも最後尾から橋を渡り始めた。


 だが、その背後から巨大な猪型魔物が突進してきた。


騎士「フィオナ様! 後ろ!」


フィオナ「……っ!」


 疲労で足がもつれる。巨大な牙が目前まで迫った。


 フィオナは咄嗟に剣を石橋の隙間へ突き立て、それを支えに身体を横へ投げ出した。


 魔物はすぐ横を通り過ぎ、欄干へ激突する。


 石材が砕け散った。


フィオナ「……最後まで邪魔するなよ!」


 剣を引き抜き、最後の力を振り絞って南岸へ跳ぶ。


騎士「フィオナ様!」


 待ち構えていた騎士たちが、彼女の身体を受け止めた。


フィオナ「……今だ! 落とせ!」


 魔術騎士が魔力を流し込む。


 轟音が響いた。


 橋の支柱が砕け、石材が次々と崩れ落ちる。橋へ踏み込んでいた魔物たちは足場を失い、濁流へ落ちていった。


 数秒後、そこには崩れた橋の残骸だけが残された。


騎士「……やりました!」


 村人たちから歓声が上がる。


 フィオナはその場に座り込んだ。


若い騎士「フィオナ様! 大丈夫ですか!?」


フィオナ「……大丈夫に見えるか?」


若い騎士「……見えません」


フィオナ「だったら水をくれ」


 騎士が慌てて水筒を差し出す。


 フィオナは水を飲むと、周囲を見回した。


フィオナ「……村の連中は?」


騎士「全員、無事です!」


フィオナ「……そうか」


 橋の向こうには、まだ大量の魔物がいる。別の道を見つければ、再び南へ進んでくるだろう。


 それでも今は、守ろうとした人々が生きている。


フィオナ「……よかった」


 ようやく、その顔に安堵の笑みが浮かんだ。



 その夜、フィオナたちは負傷者と避難民を護衛しながら、アルセリア辺境伯領の主要防衛砦へ向かった。


 一晩かけて到着した翌朝、フィオナは右腕を包帯で固定した状態で軍議に参加していた。


 会議室には各部隊の指揮官が集まっている。


 上座には、レオンの父であるアルセリア辺境伯が座っていた。


アルセリア辺境伯「フィオナ。負傷していると聞いたが」


フィオナ「ご心配なく。右腕はまだ使えませんが、報告する分には問題ありません」


アルセリア辺境伯「それを問題がないとは言わん」


フィオナ「……ですよね」


 辺境伯の口元がわずかに緩む。


アルセリア辺境伯「監視塔の守備兵と村人を救ったと聞いている。よくやった」


フィオナ「ありがとうございます」


アルセリア辺境伯「では、報告を頼む」


 フィオナは地図の前へ進んだ。


フィオナ「狼型、猪型、亜人型の魔物が、互いに争わず移動していました。別々の街道を通りながら、防衛拠点の方向へ集まっていたんです」


騎士団長「指揮する個体は確認できたか?」


フィオナ「いいえ。ただ、偶然とは思えません」


 そこへ別の指揮官が立ち上がった。


指揮官「各地の斥候からも同様の報告が届いております」


 東の街道、西の森林地帯、北方の谷。


 地図の上に赤い印が次々と置かれていく。


指揮官「北方の谷に集結している魔物は、少なくとも三千を超えています」


フィオナ「……三千?」


指揮官「しかも増加中です」


 フィオナは言葉を失った。


 自分たちが命懸けで食い止めた魔物など、全体の一部に過ぎなかったのだ。



アルセリア辺境伯「現在の戦力を確認する」


 騎士団長が資料を広げた。


騎士団長「セレスティア王国の常備兵力は、総計六万人です」


 王都近衛軍・王国騎士団が八千。


 正規歩兵・弓兵が三万。


 魔導騎兵隊・魔術部隊が四千。


 地方守備軍が一万八千。


騎士団長「さらに戦時には、貴族領軍三万人、民兵・予備兵五万人を追加動員できます。最大動員兵力は十四万人です」


 しかし、十四万人すべてを北方へ集められるわけではない。


アルセリア辺境伯「王都の守備も、他国との国境警備も必要だ。兵を集めるにも時間がかかる」


騎士団長「現在の北方防衛戦力は、合計七千人です」


 主要防衛砦に二千。


 周辺の監視塔と小砦に千。


 辺境騎士団・地方駐屯兵が四千。


 しかも、各部隊は広い地域に分散している。


騎士団長「今、この砦にいる兵士はおよそ二千人。三千を超える魔物を、ここだけで迎え撃つ可能性があります」


 会議室が静まり返った。


指揮官「王都へ増援を要請すべきです!」


アルセリア辺境伯「すでに急使を出している。だが、到着には時間がかかる」


フィオナ「……周辺部隊を集めれば、他の場所が手薄になるんですね」


騎士団長「その通りだ」


 フィオナは地図を見つめた。


 監視塔。小さな村。自分たちが必死に守った石橋。


 あの戦いは、もっと大きな戦争の始まりに過ぎなかった。


アルセリア辺境伯「各部隊へ通達する。守りきれない監視塔は放棄してよい。兵と住民の退避を優先しろ」


指揮官「しかし、拠点を失えば――」


アルセリア辺境伯「兵を失えば、次の戦いもできん」


 辺境伯の声には、揺るぎない重みがあった。


アルセリア辺境伯「我々の目的は、領民を守り、王国の防衛線を維持することだ」


 指揮官たちが一斉に頷く。


 その時、フィオナが口を開いた。


フィオナ「閣下。私にも仕事をください。剣が振れなくても、魔物の動きや地形なら説明できます」


騎士団長「その腕で無理をするつもりか?」


フィオナ「分かっています。でも、私が見てきたことは役に立つはずです」


 辺境伯はしばらく彼女を見つめていた。


アルセリア辺境伯「……よかろう。偵察部隊への助言と撤退経路の確認を任せる。ただし、軍医の許可が出るまでは戦闘を禁じる」


フィオナ「ありがとうございます!」


アルセリア辺境伯「生き残った者には、次の戦いを支える責任がある。無駄に命を捨てるな」


フィオナ「はい!」




 軍議が終わったあと、フィオナは城壁へ上がった。


 眼下には避難してきた住民たちがいる。負傷者を運ぶ兵士、泣く子供を抱きしめる母親。


 辺境の空気は、すでに変わっていた。


若い騎士「フィオナ様」


 振り返ると、石橋で彼女を助けた若い騎士が立っていた。彼も腕に包帯を巻いている。


フィオナ「お前も怪我人だろ。休んでろよ」


騎士「それはフィオナ様も同じでしょう」


フィオナ「……それは言えてる」


 若い騎士が苦笑する。


騎士「本当に援軍は間に合うのでしょうか」


フィオナ「……分からない」


 彼女は遠くの丘を見た。


フィオナ「でも、待ってるだけじゃ駄目だろ。今のうちにできることをやるんだ」


騎士「……はい!」


 その時だった。


 ゴーン、ゴーン、ゴーン。


 見張り台から敵襲を知らせる鐘が鳴り響いた。


兵士「敵襲! 北方の谷より魔物の大群が進軍開始!」


兵士「確認数、三千以上! 後続も接近中!」


 フィオナは城壁の向こうを見た。


 遠くの丘が黒く染まっている。


 木々の影ではない。


 無数の魔物たちだった。


 狼型、猪型、亜人型。そして、その奥には巨大な影まで見える。


騎士「……あれを、俺たちだけで防げるのでしょうか」


 若い騎士の声が震えていた。


フィオナ「分からない」


 フィオナは静かに答える。


フィオナ「でも、戦わなかったら確実に負ける。だから、生き残る方法を考えるんだ」


 その時、砦の内側から号令が響いた。


騎士団長「全軍、防衛配置につけ!」


 兵士たちが一斉に動き始める。


 弓兵が城壁へ上がり、魔術師たちは防護結界の準備を進める。砦の門が固く閉じられた。


 フィオナは迫り来る魔物の大群を見つめた。


フィオナ「……来たか」


 その口元に、不敵な笑みが浮かぶ。


フィオナ「さて。ここからが本番だな」


 丘を覆っていた魔物たちが、一斉に進み始めた。


 大地が震え、無数の咆哮が重なる。


 フィオナは城壁から振り返り、騎士たちへ声を張り上げた。


フィオナ「いいか! 無理に全部倒そうとするな! ここを守って、生き残れば私たちの勝ちだ!」


騎士たち「おおおおっ!」


 兵士たちの声が城壁に響き渡る。


 王国北方の主要防衛砦。


 守備兵力、およそ二千。


 迫り来る魔物、少なくとも三千以上。


 さらに後続の群れの総数は、いまだ不明。


 フィオナは包帯を巻いた右腕を見下ろし、静かに息を吐いた。


 今は剣を振るえない。


 それでも、自分にできることはある。


フィオナ「昨日は逃げ切った。今日は……そう簡単に通してやらないぞ」


 セレスティア王国の命運を揺るがす、魔物大侵攻。


 その本当の戦いが、ついに始まった。


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