第72章 辺境で磨いた剣
翌朝。
学院の第二訓練場。
今日は。
フィオナの剣を見るために。
セルジュ先生から訓練場を借りていた。
「本当に今日もう辺境へ戻るの?」
「うん」
フィオナが。
木剣を手に答える。
「私は学院生じゃないし。向こうにも訓練があるから」
「そっか」
「だから、その前に」
木剣を肩へ乗せる。
「今の私が、レオンにどこまで通じるか確認したい」
「分かった」
昨日は。
俺が何人と結婚するだの。
アーヴェルが俺に振られただの。
散々だったけど。
今日は剣の話だ。
こっちの方が。
ずっと分かりやすい。
訓練場には。
セシリア先輩。
クラリッサ。
カグラ。
アーヴェル。
エリシア。
ヴィクトリア。
ソフィア。
リリアーナ。
ルミナまで来ていた。
「何でこんなにいるの?」
クラリッサ。
「面白そうだから!」
「正直だね」
リリアーナ。
「成長率測定」
「君はいつもそれだな」
フィオナが準備している間。
俺の近くで。
セシリア先輩とアーヴェルが話していた。
「しかし」
セシリア先輩が。
珍しく少し困った顔をしている。
「昨日の件については、私も反省しています」
アーヴェル。
「何がです?」
「辺境へ届いた情報を整理していたのですが」
「はい」
「レオンの婚姻候補が三人」
「そこからもうおかしいですけど」
「その直後に、あなたがレオンと二人きりで剣を交え」
「模擬戦です」
「そして学院を去った」
「帰省です」
セシリア先輩が。
少し間を置く。
「情報を整理しているうちに、私も混乱してしまい」
「……はい」
「あなたまで第四候補のように見えてしまって……」
「見ないでください!」
思わず。
吹き出した。
「レオン!」
「ご、ごめん」
「笑うな!」
でも。
ちょっと可哀想になってきた。
しかも。
アーヴェルにとって憧れの剣士でもあるセシリア先輩からそんな誤解をされていたのだ。
これはさすがに少し同情する。
「大丈夫だよ、アーヴェル」
「何が」
「俺はちゃんと信じてるから」
「レオン……」
「半分くらい」
「……お前だけは絶対許さねえ!」
俺とフィオナが。
訓練場中央へ出る。
向かい合う。
フィオナが構えた瞬間。
俺は。
少しだけ息を止めた。
(……変わった)
以前より構えが小さい。
力みもない。
剣先も。
ほとんど揺れない。
「フィオナ」
「何?」
「強くなったね」
「まだ始まってないけど」
「構えで分かる」
フィオナが。
少しだけ笑った。
「じゃあ」
剣先を俺へ向ける。
「もっと驚かせる」
「始め!」
セルジュ先生の声。
次の瞬間。
フィオナが消えた。
「っ」
速い。
正面からの一撃。
受ける。
だが。
軽い。
(囮!?)
気づいた時には。
フィオナは横へいた。
二撃目。
俺が半歩引く。
その先に。
三撃目が待っていた。
木剣が。
制服の袖をかすめる。
「惜しい!」
クラリッサの声。
でも。
フィオナは止まらない。
追撃。
さらに一歩。
以前みたいに。
ただ速いだけじゃない。
誘って。
読んで。
俺が動く場所へ。
先に剣を置いている。
「……これが」
思わず。
声が漏れた。
「辺境騎士が、生き残るために実戦の中で鍛えてきた剣か」
フィオナが。
ほんの一瞬だけ笑う。
「そういうこと!」
格上相手に。
どうやって一撃を通すか。
どうやって生き残るか。
綺麗な剣じゃない。
でも。
強い。
「はっ!」
フィオナが踏み込む。
一撃。
二撃。
三撃。
俺は流す。
その瞬間。
フィオナが。
わざと体勢を崩した。
(誘い)
分かっている。
それでも。
半歩だけ。
踏み込んでみる。
フィオナの目が光った。
「取った!」
下から木剣が跳ね上がる。
「……!」
俺は身体を捻る。
剣先が。
胸元すれすれを通った。
本当に。
あと少し。
「惜しい」
「まだ!」
フィオナが。
次へ繋げる。
でも。
今度は。
俺が前へ出た。
一歩。
剣を流す。
内側へ。
フィオナの木剣を押さえる。
次の瞬間。
俺の剣先が。
フィオナの首元で止まった。
「……一本」
訓練場が。
静かになる。
フィオナが。
ゆっくり木剣を下ろした。
「……負けた」
「うん」
「前より長かった?」
「かなり」
「本当?」
「本当」
「あと」
「うん?」
「レオン、ちょっと本気出した?」
「……少し」
フィオナが。
ぱっと笑った。
「じゃあいいや」
「いいの?」
「前より強くなったってことでしょ?」
「うん」
「なら十分」
負けたのに。
嬉しそうだった。
セシリア先輩が近づいてくる。
「フィオナ」
「何?」
「最後の連撃」
「うん」
「二撃目の踏み込みが大きすぎます」
「今それ言う?」
「戻ったら修正してください」
「はいはい」
俺は笑う。
「セシリア先輩、厳しいですね」
「伸びる人間へ遠慮する必要はありません」
フィオナ。
「数週間ずっとこんな感じだったからね」
「大変だったんだ」
「でも」
フィオナがセシリア先輩を見る。
「セシリアだって、私が変な癖見つけたら言われるまで直してたじゃん」
「当然です」
「お互い様ですね」
「ええ」
なんだ。
結構いい訓練相手になっていたらしい。
「次は勝つから」
フィオナが言う。
「アーヴェルも同じこと言ってる」
「おい!」
アーヴェルが反応する。
フィオナ。
「じゃあ、次は先にアーヴェルに勝とうかな」
「何で俺が中間目標なんだよ!」
クラリッサ。
「私ともやろう!」
カグラ。
「私も」
「増えたね」
フィオナ。
「辺境戻るの今日なんだけど」
クラリッサ。
「じゃあ次!」
「予約制になってる……」
昼過ぎ。
学院正門。
フィオナが。
辺境へ戻る馬車の前に立っていた。
「本当にもう行くんだ」
「うん」
「忙しいね」
「まあね」
フィオナは。
王都の学院の生徒じゃない。
辺境騎士の娘。
彼女の生活は。
最初から向こうにある。
「私は、向こうでまだまだ鍛える」
「うん」
「次に会った時は」
俺を見る。
「もっと強くなってるから」
「楽しみにしてる」
「絶対言ったからね」
「覚えてる」
「この前みたいに忘れないでよ?」
「それは俺のせいじゃない!」
フィオナが笑った。
馬車へ乗る直前。
「あ、レオン」
「何?」
「結婚相手が決まったら」
「……」
「ちゃんと教えて」
「まだそれ!?」
「だって」
フィオナが肩をすくめる。
「辺境まで届く頃には、妻が七人くらいになってそうだし」
「増えすぎ!」
フィオナは少し考えて。
ニヤッとする。
「じゃあ、その頃には」
「何?」
「今日の模擬戦まで変なふうに伝わって」
一拍。
「私が第八夫人って噂になってるかもね」
「増えないで!」
「『辺境へ戻る前に、レオンへ愛を確かめる決闘を挑んだ八人目の女性』とか」
「具体的に作らないで!」
アーヴェル。
「それ、普通に辺境まで届きそうだな」
「やめて!」
フィオナが笑う。
「ありそう」
「否定して!」
「じゃあ」
フィオナが馬車へ乗る。
「またね、レオン」
「うん」
「みんなも」
クラリッサたちも。
手を振る。
馬車が。
ゆっくりと動き出す。
フィオナは。
最後まで窓から手を振っていた。
馬車が見えなくなって。
「さて」
セシリア先輩が言った。
「はい?」
「フィオナだけではありません」
「……何がです?」
「私も」
セシリア先輩が。
腰の剣へ触れる。
「この数週間、剣を磨いてきました」
「……」
嫌な予感。
「レオン」
「はい」
「私の成果確認もお願いできますか?」
来た。
「……明日でもいいですか?」
「構いません」
アーヴェルが笑う。
「逃げたな」
「一日延しただけだよ!」
すると。
セシリア先輩が。
ほんの少しだけ笑った。
「では明日」
「はい……」
フィオナは。
辺境へ戻った。
そして。
俺には。
新しい予定が増えた。
(……明日も剣か)
最近。
俺の周り。
強くなりたい人が多すぎる気がする。




