第66章 アーヴェルが、学院を辞める?
朝。
「レオン様。起床時刻です」
「……あと五分」
「却下します」
「即答……」
いつもの朝。
ルミナに起こされ。
いつもの教室へ行き。
いつもの席へ座る。
だから。
その言葉を聞くまで。
今日も普通の日だと思っていた。
「レオン」
「ん?」
昼休み前。
アーヴェルが俺の机の横へ来た。
妙に真面目な顔。
「ちょっといいか?」
「珍しいね」
「何が?」
「その顔」
「殴るぞ」
「いつものアーヴェルだ」
「……外で話そう」
笑わなかった。
そこで。
少し嫌な予感がした。
校舎裏。
人の少ないベンチ。
「で?」
アーヴェルはしばらく黙っていた。
そして。
「俺」
一度息を吐く。
「学院、辞めることになりそうだ」
「……は?」
意味が。
一瞬。
入ってこなかった。
「何て?」
「実家から連絡が来た」
「いや、その前」
「学院を辞める」
「何で?」
アーヴェルの実家で。
家を支えていた父親が倒れたらしい。
命に関わるほどではない。
でも。
しばらく今まで通りには動けない。
家の仕事。
領地との連絡。
騎士たちの取りまとめ。
人手が足りない。
「それで俺に戻れって」
「……いつ?」
「早ければ今週末」
「今週!?」
早すぎる。
「でも」
俺は言う。
「学院は?」
「だから辞める」
「簡単に言うなよ」
「簡単じゃない」
珍しく。
少し強い声だった。
「俺だって分かってる」
「……」
「でも家のことだ。放っておけないだろ」
それは。
分かる。
分かるけど。
「……そう」
それしか言えなかった。
昼休み。
「ええっ!?」
クラリッサの声が食堂に響いた。
「アーヴェル辞めるの!?」
「まだ確定じゃない」
「ほぼ確定」
「どっち!?」
エリシアも驚いている。
ヴィクトリアは眉を寄せた。
「休学ではいけませんの?」
「家からは退学手続きを進めるようにって」
カグラ。
「急」
「俺もそう思う」
ソフィアが小さく。
「戻って……こられないんですか?」
アーヴェルは。
答えなかった。
その日。
セレフィア先生にも話が伝わった。
放課後の訓練場。
先生は白い実技用上衣に、紺の長いスカート。
淡い銀紫色の髪を高くまとめている。
普段より動きやすい格好で。
アーヴェルの話を静かに聞いた。
「学院としては、すぐ退学を選ぶ必要はないと考えています」
「でも家が」
「家の事情と、あなたが学院へ戻る可能性は別です」
先生が柔らかく言う。
「休学という方法もあります」
「……」
アーヴェルはまだ迷っている。
その後。
いつもの自主練。
でも。
何となく。
全員。
いつも通りじゃなかった。
「レオン」
「何?」
「一本やるか」
「……いいよ」
木剣を取る。
俺とアーヴェル。
向かい合う。
「始め!」
クラリッサの声。
アーヴェルが踏み込む。
速い。
前より。
ずっと。
剣が鋭い。
俺は受け。
流し。
返す。
アーヴェルが避ける。
「やるじゃん」
「お前に言われると腹立つ!」
もう一度。
剣がぶつかる。
結局。
俺が一本取った。
「……くそ」
「今日かなり強かったよ」
「勝った奴が言うな」
地面へ座り込むアーヴェル。
俺も横へ座る。
しばらく。
何も言わなかった。
「なあ」
「ん?」
「お前」
俺は聞いた。
「本当はどうしたい?」
「……」
「家がどうとかじゃなくて」
少し前。
ルミナにも。
同じことを聞いた。
「アーヴェルは?」
長い沈黙。
そして。
「……残りたいよ」
初めて。
本音が出た。
「せっかく入った学院だし」
「うん」
「まだお前にも勝ってない」
「そこ?」
「重要だろ」
「まあね」
「クラリッサうるさいし」
「聞こえたら怒られるよ」
「ヴィクトリアも面倒だし」
「もっと怒られる」
「リリアーナは意味分かんないし」
「それはちょっと分かる」
「でも」
アーヴェルが。
少しだけ笑った。
「楽しいんだよ」
「……うん」
「だから、本当は残りたい」
「じゃあ」
俺は立ち上がる。
「方法探そう」
「簡単に言うな」
「簡単じゃないのは分かるよ」
「……」
「でも」
手を伸ばす。
「まだ辞めてないだろ?」
アーヴェルが俺を見る。
そして。
その手を取った。
「……そうだな」
翌日。
レティシア学院長。
セレフィア先生。
アーヴェル。
そしてなぜか俺。
「何で俺も?」
「本人が連れてきたので」
「お前が来るって言っただろ」
「一人で行くよりいいかなって」
「なら黙って座ってろ」
扱いが雑。
学院側から。
クロイツ家へ正式な提案を出すことになった。
退学ではなく。
まず一時休学。
必要なら学院側が学習資料を送り。
家の状況が落ち着けば復学。
「そんなことできるんですか?」
アーヴェルが聞く。
学院長は笑った。
「前例が少ないだけで、不可能ではありません」
俺は思わず。
「もっと早く言ってください」
「本人が何を望むか決まっていませんでしたから」
「……」
確かに。
夕方。
教室。
アーヴェルが席へ戻る。
クラリッサが真っ先に聞く。
「どうだった!?」
「とりあえず」
一度。
俺を見る。
「今週で完全に辞める話はなくなった」
「よし!」
クラリッサが拳を上げる。
ソフィアも安心した顔。
エリシアが笑う。
ヴィクトリアは腕を組みながら。
「最初から一人で結論を出さなければよろしいのですわ」
「……はいはい」
カグラ。
「よかった」
短い。
でも。
それで十分だった。
リリアーナだけ。
「質問」
「何?」
「休学した場合」
「うん」
「レオンとの模擬戦記録はどうなる?」
「そこ!?」
「継続データが途切れる」
アーヴェルが笑った。
「戻ってきたらまた取ればいいだろ」
「了解」
なんだ。
それ。
でも。
俺も笑った。
帰り道。
アーヴェルと並んで歩く。
「レオン」
「何?」
「ありがとな」
「まだ何も解決してないよ」
「分かってる」
少し間。
「でも」
アーヴェルが前を見る。
「残りたいって、ちゃんと言えたから」
「そっか」
「あと」
「何?」
「次は勝つ」
「それは無理」
「今いい感じだっただろ!」
「そこは別」
「お前な!」
いつものやり取り。
いつもの帰り道。
でも。
俺は少しだけ思った。
明日も。
同じ奴が隣にいるって。
当たり前じゃないんだな。
だから。
今いるうちに。
ちゃんと一緒に笑っておこうと思った。




