第61章 増えていく私物と、普通の学生らしい一日
数日後。
朝。
「おはようございます、レオン様」
「……」
目を開ける。
ベッドの横。
ルミナ。
「……扉から来てって言ったよね?」
「はい」
「鍵も閉めたよね?」
「はい」
「どうやって入ったの?」
「転移です」
「知ってた!」
ルミナは現在。
学院女子寮の特別個室で暮らしている。
つまり。
ここは男子寮。
ルミナの部屋は女子寮。
建物から違う。
なのに毎朝いる。
「転移禁止って言ったら?」
「昨日は『できれば扉から』でした」
「細かい!」
「正確性は重要です」
俺は布団から起きる。
「じゃあ明日から絶対扉」
「承知しました」
「本当に?」
「可能な限り」
「逃げ道作ったよね?」
朝食後。
教室へ向かっている途中。
エリシアたちと合流した。
「ルミナちゃん」
エリシアが言う。
「今日の放課後、予定はありますか?」
「特にありません」
「では決まりですね」
「何が?」
俺が聞く。
クラリッサが笑う。
「ルミナの部屋を何とかする!」
「何とか?」
ヴィクトリアがため息をついた。
「レオン、あなた見たことありませんの?」
「女子寮だからないよ」
「そうでしたわね」
「何がそんなにひどいの?」
カグラが短く答える。
「何もない」
「何も?」
「ほぼ」
詳しく聞くと。
ルミナの部屋には。
ベッド。
机。
椅子。
収納棚。
以上。
「それ普通じゃない?」
「普通ではありませんわ!」
ヴィクトリアに怒られた。
「カーテンは?」
「学院備品があります」
「飾りは?」
「不要です」
「本は?」
「必要な資料は図書館で閲覧可能」
「お菓子は?」
「必要ありません」
カグラが少しだけ眉を動かした。
「それは問題」
「そこ?」
放課後。
当然。
俺とアーヴェルは女子寮へ入れない。
だから。
女子寮前の談話室で待機。
「……俺たち何してるんだ?」
アーヴェルが言った。
「待ってる」
「何を?」
「部屋の模様替えが終わるの」
「平和だな」
「平和っていいな……」
本気で思う。
最近。
古代遺跡だの。
黒い魔晶石だの。
よく分からないものが多すぎる。
女の子たちが部屋を飾っているだけ。
素晴らしい。
一時間後。
階段からルミナたちが降りてきた。
「終了しました」
「どうなった?」
「私物が増加しました」
「感想じゃなくて報告だね」
今日のルミナは、制服の上着を脱いで。
薄い水色のカーディガンを白いブラウスの上に羽織っていた。
長い銀白色の髪もいつもより低い位置でまとめている。
細い腰まで流れる髪。
すらりとした脚。
いつもの古代魔導人形という印象より。
本当に学院の女子学生みたいだった。
「レオン様」
「何?」
「視線を確認」
「……その格好も似合うなと思っただけ」
「ありがとうございます」
最近。
こういう返事が自然になってきた。
「私がクッションを」
エリシア。
「カーテンは私ですわ」
ヴィクトリア。
「私はこれ!」
クラリッサが小さな木彫りの動物を掲げる。
「……何それ?」
「熊!」
「熊なの?」
「熊!」
どう見ても。
少し太った犬だった。
「可愛いでしょ?」
「まあ……可愛い」
「でしょ!」
カグラは。
「菓子箱」
「やっぱり」
「保存に便利」
中身もちゃんと入っているらしい。
ソフィアは。
「小さな鉢植えです」
窓際へ置ける丈夫な草花。
「毎日少しお水をあげれば大丈夫です」
「記録しました」
「記録じゃなくて育ててくださいね」
「努力します」
エミリアは小さな卓上飾り。
季節ごとに絵柄を変えられるらしい。
そして。
リリアーナ。
「私は古代術式概論・第二巻」
「それ私物じゃなくて研究資料じゃない?」
「有用」
「却下ですわ」
ヴィクトリアに即座に止められていた。
「でもさ」
俺はルミナを見る。
「嫌なら無理に置かなくてもいいんだよ?」
「……」
ルミナが少し考える。
「管理効率は低下しました」
「やっぱり?」
「物品数が増えましたので」
「じゃあ嫌だった?」
「いいえ」
即答ではなかった。
でも。
ちゃんと答えた。
「以前より」
「うん」
「帰る場所らしくなった気がします」
みんなが少し静かになった。
クラリッサが笑う。
「じゃあ成功!」
「はい」
ルミナも。
ほんの少しだけ笑った。
その日の夕方。
セレフィア先生に呼ばれた。
「演習林の件ですが」
「嫌な話?」
「少しだけ」
「やっぱり」
黒く濁った魔晶石。
その周囲。
「魔力循環の異常範囲が、昨日より広がっています」
「どれくらい?」
「数メートルです」
「……微妙」
「はい」
「危険?」
「現時点では判断できません」
またそれ。
「学院側で立入禁止区域を設定しました」
「学生は?」
「近づかないよう通達します」
「了解です」
そこへ。
「研究目的でも?」
いつの間にかリリアーナ。
「駄目です」
先生が即答。
「遠距離観察」
「駄目です」
「採取済みの土壌だけ」
「駄目です」
「……」
リリアーナの肩が落ちる。
「珍しく完全敗北だね」
「まだ方法はある」
「探さなくていい」
夜。
女子寮。
ルミナの部屋。
そこには。
新しいカーテン。
クッション。
木彫りの熊らしき何か。
菓子箱。
小さな鉢植え。
卓上飾り。
昨日まではなかったものが並んでいた。
ルミナはベッドへ腰を下ろす。
部屋を見回す。
「……」
そして。
小さく呟いた。
「私の部屋」
胸元の淡い青い結晶が。
一度だけ。
静かに光った。
その頃。
演習林。
学院によって立入禁止になった区画。
黒く濁った魔晶石の周囲。
目には見えない魔力の流れが。
昨日より。
ほんの少しだけ。
広い範囲で。
途切れていた。




