↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『キモデブニートだった俺が、剣聖スキル持ちの銀髪美少年に転生したケース』  作者: ぷっぷくクリーナー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/103

第6章 学院最強のお嬢様は、笑わない

 翌日の特別剣術班。


 俺は朝から嫌な予感がしていた。


 理由は簡単だ。


 訓練場の周囲に、明らかに普段より見学者が多い。


「……何でこんなに人いるんですか」


 俺が小声で聞くと、セルジュ先生は面倒そうに肩をすくめた。


「お前を見に来た連中が半分」


「帰ってもらってください」


「無理だ」


「じゃあ残り半分は?」


「今日は特別見学者が来る」


 その言い方で、嫌な予感がさらに強くなった。


 特別。


 この学院に来てから、その単語には一度も良い思い出がない。


「誰です?」


「三年の主席だ」


「主席」


「剣術科総合一位。去年の学院武闘祭優勝者。現役の王国騎士を模擬戦で二人倒してる」


「……帰っていいですか?」


「駄目だ」


 即答された。


 俺は深いため息をついた。


 その横ではクラリッサが妙に楽しそうにしている。


「やった! 今日は本当に来るんだ!」


「知ってるのか?」


「当然でしょ。剣やってて知らない方がおかしいよ」


「俺、剣やってた期間ほぼ四日なんだけど」


「あ、そうだった」


 そこへヴィクトリアまで近づいてくる。


「レオン。今日は絶対に余計なことをしない方がよろしくてよ」


「珍しく意見が一致したな」


「相手が誰だか分かっておっしゃっていますの?」


「知らない」


「セシリア・ヴァルシュタイン様ですわ」


 名前を聞いた瞬間、周囲にいた生徒たちの空気が少し変わった。


 それほど有名らしい。


「ヴァルシュタイン公爵家の長女。王都騎士団長のご令嬢で、十八歳の時にはすでに上級騎士認定を受けていますの」


「十八歳で?」


「現在は二十歳です」


 なるほど。


 この学院は十八歳から入る三年制だから、三年生なら二十歳前後。


 それにしても、現役騎士級というのは十分おかしい。


「あと」


 ヴィクトリアが少し声を落とした。


「とてもお美しい方ですわ」


「そこ重要?」


「重要です」


 なぜか真顔だった。


 その時。


 訓練場の入口側から、ざわめきが広がった。


 自然と全員の視線が向く。


 来た。


 最初に見えたのは、淡い灰金色の長髪だった。


 腰近くまで伸びた髪を一つにまとめ、学院の上級生用制服を纏っている。背は女性としては高めで、姿勢が驚くほど美しい。


 そして、何より目を引いたのはその表情だった。


 綺麗なのに、冷たい。


 薄氷のような青灰色の瞳。


 整った顔立ち。


 口元にはほとんど笑みがない。


 ただ歩いているだけなのに、周囲が勝手に道を空ける。


(……怖い)


 前世の俺なら絶対に同じ部屋へ入りたくないタイプだ。


 セシリア先輩はセルジュ先生の前まで来ると、きっちり一礼した。


「お時間を頂き、ありがとうございます」


「堅いな。今日はただの見学だ」


「見学する価値があると伺いました」


 その視線が動く。


 俺と目が合った。


(来た)


 完全に見られている。


 何かを測られているような視線だった。


「彼ですか」


「ああ」


「レオン・アルセリア。一年生。入学初日に暴れ馬を止め、翌日に教官の剣を落とした」


「情報が早い……」


 思わず呟いた。


 セシリア先輩の目が僅かに細くなる。


「本人に間違いないようですね」


「何でそれで確認できたんです?」


「聞いていた通り、妙に落ち着きがありません」


 ひどい。


 


 授業が始まる。


 俺は今日こそ本当に目立たないつもりだった。


 昨日までの反省を生かし、身体能力も剣聖スキルも徹底的に抑える。


 相手の攻撃を全部見切っても、あえて少し遅れて受ける。


 勝てる隙があっても見逃す。


 完璧。


 これなら普通の上級生候補くらいに見えるはずだった。


「レオン」


 セルジュ先生が呼ぶ。


「はい」


「手を抜くな」


 開始五分でバレた。


「……そんなに分かります?」


「分かる」


「どうして」


「お前、今わざと三回打ち込まれる場所を変えただろ」


「気のせいです」


「じゃあ次は俺とやるか?」


「すみませんでした」


 素直に謝る。


 周囲から笑いが起こる。


 ふと見ると、セシリア先輩だけは笑っていなかった。


 ずっと俺を見ている。


 やめてほしい。


 圧が強い。


 やがて一通りの実技が終わったところで、セシリア先輩がセルジュ先生へ近づいた。


「一つお願いがあります」


 嫌な予感。


「言ってみろ」


「彼と模擬戦を」


 やっぱり。


「嫌です」


 俺が即答した。


 周囲が静まる。


 セシリア先輩が初めて少し驚いた表情をした。


「理由を聞いても?」


「先輩と戦う利点がないので」


「勝てば名誉になります」


「いりません」


「実力を示せます」


「それもいりません」


「負けても経験になります」


「目立つので嫌です」


 セシリア先輩が完全に黙った。


 クラリッサは後ろで笑いを堪えている。


 ヴィクトリアは額を押さえていた。


 エリシアだけが、「レオン様らしいですね」という顔をしている。


「あなたは」


 セシリア先輩が静かに口を開いた。


「強くなりたくないのですか」


「必要な分だけでいいです」


「頂点を目指さない?」


「はい」


「なぜ?」


 俺は少し考えた。


 前世なら、理由は単純だった。


 競争したくない。


 負けたくない。


 頑張って失敗したくない。


 だから最初から挑戦しない。


 でも今は、それとは少し違う。


「剣が強いからって、人生全部が良くなるわけじゃないでしょう」


 口に出してから、少し恥ずかしくなった。


 だがセシリア先輩は笑わなかった。


「……なるほど」


 むしろ、ほんの少しだけ考え込む。


 そして。


「それでも、私はあなたと戦ってみたい」


「何でです?」


「あなたが本気を出していないからです」


「……」


「昨日、セルジュ先生の剣を落とした技の記録を見ました。今日のあなたの動きとは別人です」


 この人、かなり鋭い。


「隠している者を見ると、確かめたくなります」


「性格悪くないですか?」


 周囲の空気が凍った。


 しまった。


 公爵令嬢。


 三年主席。


 学院最強。


 そこへ本人の目の前で「性格悪い」と言った。


(終わった)


 だが。


「……ふ」


 セシリア先輩の口元が僅かに動いた。


 笑った?


 ほんの一瞬だった。


「そのようなことを面と向かって言われたのは、初めてです」


「すみません」


「いいえ」


 彼女は訓練剣を一本取った。


「むしろ少し気に入りました」


 それ、一番困るやつだ。


 


 結局、模擬戦は行うことになった。


 ただし条件付き。


 一本先取。


 魔法なし。


 急所への攻撃は禁止。


 周囲にはセルジュ先生が立ち、いつでも止められるようにする。


「本当にやるんですか」


「諦めろ」


 セルジュ先生が言う。


「先生、俺の味方じゃないんですか」


「教師は全員の味方だ」


「便利な言葉ですね」


 訓練場中央へ出る。


 向かい側にはセシリア先輩。


 剣を構えた瞬間。


 空気が変わった。


(……強い)


 これは本物だ。


 これまで戦った生徒とは違う。


 セルジュ先生に近い。


 いや、純粋な剣技だけなら、それ以上かもしれない。


 無駄がない。


 重心も読みにくい。


「準備は?」


「一応」


「では」


 セルジュ先生が手を上げる。


「始め!」


 セシリア先輩が消えた。


 そう感じるほど速かった。


 正面。


 刺突。


 俺は半歩ずれる。


 剣先が頬の横を通る。


 次。


 横薙ぎ。


 受ける。


 ガンッ!


 思ったより重い。


「……!」


 身体が勝手に反応しそうになる。


 抑える。


 だが先輩は止まらない。


 三撃。


 四撃。


 五撃。


 すべて違う角度。


(これは手を抜いたら負ける)


 いや。


 負けるだけならいい。


 問題は、中途半端に手を抜けば怪我をする可能性がある。


「なるほど」


 セシリア先輩が呟く。


「やはり見えている」


「何がです?」


「全部」


 次の瞬間、剣が下から跳ね上がる。


 避ける。


 同時に間合いを詰められた。


 肘。


 身体を捻る。


 肩が触れるほど近い。


 その状態から、セシリア先輩が小さく言った。


「本気を出してください」


「嫌です」


「では出させます」


「強引だな!」


 一気に距離を取る。


 そして。


 セシリア先輩の踏み込みが変わった。


 今までとは比べものにならない。


 剣聖スキルが警告する。


 危険。


 身体が。


 勝手に動いた。


 一歩。


 右へ。


 剣を下げる。


 相手の一撃を受けずに流す。


 手首を返す。


 剣と剣が触れたのは一瞬だった。


 カンッ。


 軽い音。


 セシリア先輩の剣が空中へ舞った。


 俺の剣先は、彼女の喉元から十センチ手前で止まっていた。


 静寂。


(……またやった)


 本日二度目ではない。


 この学院へ来て何度目か分からない。


 とにかくまたやった。


 セシリア先輩は空になった右手を見る。


 次に俺の剣を見る。


 最後に、俺の顔を見る。


 怒るかと思った。


 しかし。


「……美しい」


「はい?」


「今の剣です」


 初めて。


 セシリア先輩がはっきり笑った。


 冷たい印象が一瞬で消える。


 意外なほど柔らかい笑顔だった。


「もう一度」


「嫌です」


「もう一度お願いします」


「嫌です」


「では明日」


「予約制なの!?」


 周囲から一斉に笑い声が上がった。


 


 訓練終了後。


 俺は逃げるように保健室へ来ていた。


「また来たねえ」


 ミレイユ先生が眠たげにこちらを見る。


「怪我は?」


「精神的に」


「じゃあ座って」


 もう説明なしで通じるようになった。


 椅子へ座る。


 先生が薬草茶を出してくれる。


「今日は何したの?」


「学院最強の先輩に勝ちました」


「へえ」


「反応薄くないですか?」


「レオン君ならそのうちやると思ってた」


「俺への評価おかしくないです?」


 その時、保健室の扉が開いた。


「失礼します」


 セレフィア先生だった。


 俺を見る。


「あら」


「先生まで」


「ミレイユに書類を届けに来ただけですよ」


 そして俺の顔を見て、くすりと笑う。


「また何かありましたね?」


「俺ってそんなに分かりやすいですか」


「はい」


「即答……」


 セレフィア先生は近くの椅子へ腰を下ろした。


「お話ししますか?」


「学院最強の先輩と戦って勝ったら、気に入られました」


「まあ」


「先生、何か嬉しそうですね」


「人との縁が増えるのは良いことです」


「増えすぎなんですよ」


 ミレイユ先生が薬草茶を飲みながら笑う。


「でも入学した時より顔が柔らかくなったよ」


「そうですか?」


「うん」


 セレフィア先生も頷いた。


「最初の頃は、いつでも逃げられる場所を探しているようなお顔でした」


「そんなにひどかったですか」


「今も探していますけれど」


「変わってないじゃないですか」


「違いますよ」


 先生の蒼紫の瞳が優しく細められる。


「今は、逃げながらも誰かが追いかけてくることを、少し楽しんでいます」


 俺は言葉に詰まった。


「……そんなことないです」


「そうですか?」


「たぶん」


「なら、そういうことにしておきましょう」


 この先生には勝てる気がしない。


 


 翌朝。


 俺が教室へ入ると、空気がおかしかった。


 全員がこちらを見ている。


「……何?」


 エリシアが困ったように一枚の紙を差し出した。


「これを」


 学院の掲示通知。


 そこには大きな文字で書かれていた。


 《新入生レオン・アルセリア、学院剣術序列暫定特別査定対象》


「……何これ」


「昨日の結果で、剣術評議会が正式に査定するそうです」


 ヴィクトリアが腕を組む。


「当然ですわ。セシリア様に一本取ったのですもの」


「断れる?」


「無理だと思います」


 エリシアが申し訳なさそうに答えた。


 さらに紙の下には、もう一文あった。


 《査定試合監督責任者――セシリア・ヴァルシュタイン》


「……」


 俺は静かに紙を畳んだ。


「保健室行ってくる」


「授業前ですわよ!」


「精神的な体調不良だ」


「それを理由に逃げるのは禁止です!」


 教室に笑い声が広がる。


 入学してまだ一週間も経っていない。


 それなのに俺の周りには、気づけば名前を呼んでくる人間が何人もいる。


 前世では、一日誰とも会話しないことなど当たり前だった。


 今はその逆だ。


 うるさい。


 面倒臭い。


 疲れる。


 それでも不思議と、悪くない。


 ただ一つだけ確かなことがある。


「……平穏な学園生活、もう完全に無理だな」


 俺の呟きを聞いたエリシアが、楽しそうに笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。