第58章 朝のクラリッサと、意外に世話焼きな一面
合同実習二日目。
早朝。
「……ん」
俺は天幕の外へ出た。
まだ空は薄暗い。
焚き火のところには。
カグラと交代したルミナが座っている。
「おはようございます、レオン様」
「おはよう」
「睡眠時間は十分ですか?」
「多分」
「曖昧です」
「朝から細かいな……」
その時。
女子用の天幕が開いた。
「……おはよ」
「え?」
出てきたのはクラリッサだった。
でも。
いつものクラリッサじゃない。
短い赤髪は寝癖であちこち跳ね。
実習用の白いシャツもまだ少し整っていない。
細身の乗馬ズボンに長靴という格好なのは昨日と同じだけど。
眠そうな目で。
ぼんやり立っている。
「クラリッサ?」
「んー……」
「大丈夫?」
「まだ寝てる」
「自分で言うんだ」
普段の元気はどこへ行った。
クラリッサが焚き火の横へ座る。
「レオン」
「何?」
「水」
「はい」
渡す。
こくこく飲む。
「ありがとう」
「クラリッサって朝弱いの?」
「弱くない」
「説得力ないよ」
「今日はちょっとだけ」
そう言って。
膝を抱える。
いつも大剣を振り回している人間とは思えないくらい小さく見えた。
(……こういうクラリッサ初めて見たな)
「何?」
「いや」
「見てた」
「見てた」
眠そうなまま。
クラリッサが少し頬を膨らませる。
「変な顔だった?」
「逆」
「逆?」
「可愛いなって」
「……」
一瞬。
完全に止まった。
「……今なんて?」
「可愛いって」
「朝からそういうこと言う!?」
「聞いたのクラリッサじゃん!」
眠気が飛んだ。
「まだ頭起きてない時に言われたら困るでしょ!」
「知らないよ!」
「もう!」
クラリッサは両手で寝癖を直そうとする。
でも。
全然直らない。
「そこ」
「どこ?」
「右」
「こう?」
「逆」
「分かんない!」
「ちょっと動かないで」
跳ねた髪を指で軽く直す。
「……」
「はい」
「……レオン」
「何?」
「近い」
「あ」
確かに。
「ごめん」
離れる。
クラリッサは顔を逸らした。
「別に嫌じゃないけど……」
「え?」
「何でもない!」
しばらくすると。
他のみんなも起きてきた。
「おはようございますわ」
ヴィクトリア。
「おはよう」
アーヴェル。
「眠い」
カグラ。
最後に。
「朝だー!」
クラリッサ。
「もう復活した!?」
「完全復活!」
さっきまでの姿は何だったんだ。
朝食後。
今日の課題は。
演習林中央部にある三つの標識を確認して。
指定された地形を地図へ記入すること。
「出発!」
クラリッサが先頭へ行こうとする。
「待って」
「何?」
「今日は俺とカグラが先頭」
「なんで!?」
「昨日クラリッサ、魔物見るたび走っていったから」
「今日は走らない!」
「本当?」
「多分!」
「信用できない!」
一時間ほど歩いた頃。
「止まって」
俺が手を上げる。
前方。
小さな崖。
道が崩れている。
「迂回する?」
アーヴェルが地図を見る。
でも。
クラリッサは崖の下を見ていた。
「何かある」
「え?」
見ると。
別の班の女子学生が座り込んでいる。
足を押さえていた。
「行ってくる!」
「クラリッサ!」
今度は止める前に。
崖の緩い部分を一気に降りていった。
「大丈夫!?」
「クラリッサさん……」
女子学生は足首をひねったらしい。
重傷ではない。
でも歩くのはつらそうだ。
「動かさないで」
クラリッサがしゃがむ。
「ルミナ! 応急用品!」
「持ってきます」
意外だった。
クラリッサは。
慣れた手つきで包帯を巻いていく。
「上手いね」
俺が言う。
「騎士家だから」
「習うの?」
「うん。怪我した人を助けられないと困るでしょ」
いつも戦うことばかり考えているように見えるけど。
そういうところは。
ちゃんとしている。
「痛くない?」
「はい」
「じゃあゆっくり立ってみよう」
クラリッサが女子学生の腕を取る。
「無理なら言ってね」
「ありがとうございます」
「いいって!」
笑う。
いつもの明るい笑顔。
でも。
今は少し違って見えた。
女子学生の班が迎えに来るまで。
俺たちは少し休憩することになった。
「クラリッサ」
「何?」
「さっき格好よかった」
「本当?」
「うん」
「えへへ」
素直に喜んだ。
と思ったら。
「もっと言っていいよ!」
「調子乗るの早い!」
「だって褒められたら嬉しいじゃん!」
「それはそうだけど」
「特にレオンからだと!」
「……」
クラリッサも。
言ったあとで気づいたらしい。
「……」
「……」
「今のなし!」
「もう聞いた」
「忘れて!」
「無理」
「レオン!」
再出発。
クラリッサは俺の隣を歩いていた。
「ねえ」
「何?」
「朝のことも忘れて」
「寝癖?」
「それも!」
「可愛かったのに」
「また言う!」
真っ赤になる。
そして。
少し前へ走っていった。
「もう先行く!」
「走らない約束!」
「あっ」
ぴたり。
止まる。
振り返る。
「……歩きます」
素直に戻ってきた。
その姿を見て。
俺は笑った。
元気で。
戦うのが大好きで。
ちょっと単純で。
でも困っている人を見ると、誰より早く動く。
そして。
褒めるとすぐ嬉しそうにする。
クラリッサには。
剣を振っている時だけじゃない。
そんな可愛さもあるらしい。
「何笑ってるの?」
「秘密」
「気になる!」
「教えない」
「ずるい!」
合同実習二日目も。
朝から賑やかだった。




