第57章 野営の夕食と、カグラの小さな笑顔
合同実習初日。
夕方。
野営地の準備も、ようやく終わった。
「腹減った!」
クラリッサが真っ先に言う。
「さっき昼食を食べたばかりでしょう?」
ヴィクトリアが呆れる。
「動いたから!」
「便利な言葉ですわね……」
俺も同意する。
「夕食はどうする?」
アーヴェルが食料袋を開く。
干し肉。
野菜。
保存パン。
乾燥豆。
「昼はヴィクトリアが作ったから――」
「その話はもう結構ですわ!」
早い。
まだ何も言ってない。
「じゃあ私やる!」
クラリッサが手を上げる。
「反対ですわ!」
「何で!?」
「不安だからです!」
「ひどい!」
その時。
「私が作る」
カグラが静かに言った。
全員が止まる。
「カグラ、料理できるの?」
「できる」
「どのくらい?」
「普通に」
その「普通」が信用できない人を俺は何人か知っている。
カグラは野外実習用の上衣の袖を肘まで折った。
長い青黒い髪も、邪魔にならないよう低い位置で一つにまとめる。
細い手首。
引き締まった腰。
普段はゆったりした東方風の制服で分かりにくいけれど、実習服だとすらりとした体つきがよく分かる。
刀を持っている時とは違って。
鍋の前に座っている姿は妙に柔らかかった。
「レオン」
「ん?」
「見すぎ」
「……分かった?」
「視線を感じる」
「ごめん」
「別にいい」
カグラは野菜を切りながら続ける。
「邪魔しなければ」
「はい」
* * *
トントントン。
「速っ」
クラリッサが驚く。
野菜がほぼ同じ大きさに切られていく。
ヴィクトリアが少し悔しそうだ。
「……ずいぶん慣れていますのね」
「昔から作っていた」
「使用人はいなかったの?」
「いた」
「ではなぜ?」
カグラの手が一瞬止まる。
「自分で食べたいものがあったから」
「なるほど」
妙に納得した。
カグラが作ったのは。
肉と野菜を煮た東方風の汁物だった。
香辛料は控えめ。
そこへ穀物を入れて煮込む。
「完成」
器へ盛られる。
「いただきます!」
クラリッサが最初。
一口。
「美味しい!」
「本当?」
俺も食べる。
「……うまい」
身体が温まる。
味も濃すぎない。
「普通に店で出せそう」
「大げさ」
そう言いながら。
カグラの口元がほんの少し上がった。
「あ」
「何?」
「今ちょっと嬉しそうだった」
「気のせい」
「絶対嬉しかったよね?」
「気のせい」
否定が速い。
食後。
みんなで後片付けをしていると。
俺は気づいた。
カグラが少し離れた木の横に座っている。
何か食べている。
「カグラ?」
「……」
ぴたり。
動きが止まった。
「何食べてるの?」
「何も」
「いや食べてるよね?」
「食べてない」
「口動いてるけど」
しばらく沈黙。
カグラが諦めたように、小さな包みを見せた。
中には。
丸い砂糖菓子。
「お菓子?」
「東方の蜜菓子」
「へえ」
「保存が利く」
「好きなの?」
「普通」
また普通。
「一個食べる?」
「いいの?」
「一個だけ」
渡された。
口へ入れる。
甘い。
中には果実のような酸味もある。
「美味しい」
「……そう」
カグラも一つ口へ入れる。
その瞬間。
目元が。
ほんの少し緩んだ。
「やっぱり好きなんじゃん」
「好きではない」
「今すごく幸せそうだったよ?」
「錯覚」
「そこまで隠すこと?」
「……」
カグラが俺を見る。
「格好がつかない」
「何が?」
「甘いものが好きだと」
「全然いいと思うけど」
「そう?」
「うん」
「……ならいい」
そして。
もう一つ食べた。
分かりやすい。
「カグラ!」
クラリッサが来た。
「それ何!?」
「……」
カグラが包みを素早く閉じる。
「何でもない」
「絶対お菓子!」
「違う」
「見せて!」
「嫌」
「一個!」
「駄目」
「レオンは食べてる!」
「……」
しまった。
カグラの目が俺へ向く。
「レオン」
「はい」
「秘密だった」
「聞いてない!」
「今言った」
「遅いよ!」
結局。
クラリッサ。
ヴィクトリア。
アーヴェル。
ルミナ。
全員にばれた。
「カグラさん、甘い物がお好きでしたのね」
「普通」
「その『普通』便利ですわね」
ヴィクトリアが笑う。
ルミナが包みを見る。
「摂取時のカグラ様の表情変化を確認しました」
「忘れて」
「記録済みです」
「消して」
「理由がありません」
「ある」
珍しく。
カグラが少し困っていた。
夜。
交代で見張りをすることになった。
最初は。
俺とカグラ。
焚き火の前に並んで座る。
森は静かだった。
「今日はありがとう」
「何が?」
「夕食」
「普通」
「またそれ」
「……美味しかった?」
「すごく」
カグラが火を見つめる。
少しだけ。
笑った。
「ならよかった」
普段のカグラは。
冷静で。
あまり表情を変えない。
剣を持てば強いし。
何でも淡々とこなす。
でも。
料理を褒められると嬉しそうで。
甘い物が好きなのを隠そうとして。
ばれると少し困る。
(意外と分かりやすいところあるんだな)
「レオン」
「何?」
「また見てる」
「……ごめん」
「別にいい」
カグラは少し考えてから。
小さな包みを出した。
「もう一個いる?」
「いいの?」
「一個だけ」
「ありがとう」
俺が受け取ると。
カグラはほんの少しだけ笑った。
剣を持っている時とは全然違う。
柔らかい笑顔だった。
合同実習初日の夜。
俺は。
カグラの意外な一面を。
少しだけ知ることになった。




