第44章 北部封鎖遺跡
翌朝。
アルセリア家の中庭には、調査用の馬車が用意されていた。
「……本当に今日行くんだ」
「はい」
ルミナが即答する。
「昨日まで武闘祭だったんだけど」
「レオン様の身体に大きな異常はありません」
「気分の問題なんだよ」
「気分は測定できません」
「でしょうね」
今日向かうのは、北部山岳地帯にある封鎖遺跡。
二百年以上前の資料に残されていた場所だ。
同行するのは俺とルミナ。
セレフィア先生。
ミレイユ先生。
リリアーナ。
それに護衛の辺境騎士たち。
「私も行きたい!」
クラリッサが手を上げた。
「駄目」
「何で!」
「危険区域だから」
「私、強いよ?」
「強さの問題じゃない」
隣でカグラも静かに手を上げる。
「私も強い」
「張り合わなくていい」
「なら私も――」
「ヴィクトリアまで増えないで!」
なぜか全員ついて来たがる。
旅行じゃないぞ。
「そろそろ出発しましょう」
セレフィア先生が馬車の前に立った。
今日はいつもの教師服ではない。
長い銀紫色の髪を低い位置でまとめ、白いブラウスの上に薄い探索用の外套。
膝丈のスカートから黒いタイツに包まれた脚が伸びている。
動きやすさを優先した服なのに、細い腰や長い脚の線が普段より目立っていた。
(先生って探索服だと雰囲気変わるな……)
「レオンさん?」
「はい!」
「どうしました?」
「何でもありません」
「そうですか?」
セレフィア先生が少し首を傾げる。
後ろを見る。
ルミナと目が合った。
「何も言うな」
「まだ何も発言していません」
「最近それ先に言うよな」
領都を出て数時間。
道はだんだん山道になっていった。
「魔力濃度が上昇しています」
リリアーナが測定器を見る。
「普通より高い?」
「かなり」
「原因は?」
「調べに行く」
「そうでした」
俺たちはそのために来ている。
ルミナも北の方を見る。
「目的地から微弱な信号を確認」
「昨日と同じ?」
「はい」
内容は一つ。
《管理者の到着を待つ》
「……やっぱり俺を待ってるんだよな」
「その可能性が高いです」
「古代遺跡と待ち合わせした覚えないんだけど」
昼過ぎ。
封鎖区域へ到着した。
古びた柵を護衛騎士が開ける。
「ここから先は、二十年以上まともに調査されていません」
「そんなに?」
「以前の調査隊が途中で撤退しました」
「魔獣?」
「いえ」
騎士は少し困った顔をした。
「通路が勝手に変わったそうです」
「……はい?」
「昨日まで道だった場所が壁になる。逆に壁だった場所に扉ができる」
「帰り道なくなるやつじゃん」
「興味深い」
リリアーナだけ目が輝いていた。
「今の説明でその感想になる?」
「非常に」
「研究者って怖いな……」
森を進むこと三十分。
岩壁の中に。
巨大な石の扉が見えた。
「これ……?」
高さは四メートルくらい。
表面には苔。
でも中央だけが青白く光っている。
「古代管理施設と一致」
ルミナが言う。
「また管理施設かあ……」
「レオン様」
「何?」
「近づいてください」
「俺が?」
「はい」
「嫌な役目だけ俺なんだよな」
仕方なく前へ出る。
一歩。
二歩。
すると。
石扉に文字が浮かんだ。
《接続対象確認中》
次。
《現管理者 確認》
「はいはい、俺ですよ」
さらに。
《第一管理系統 継承済》
《第二管理系統 接続資格保有》
「ここまでは王都と同じですね」
セレフィア先生が言う。
「問題は次です」
ルミナが文字を見る。
表示が変わった。
《前回記録との差異を検出》
「……前回?」
俺は首を傾げた。
「俺ここ初めてだけど」
そして。
もう一行。
《世界線識別値 不一致》
「……何それ」
全員が黙る。
「ルミナ?」
「検索します」
数秒。
「該当用語なし」
「ルミナも知らない?」
「はい」
リリアーナはすでにノートへ書いている。
「世界線識別値……面白い」
「俺は全然面白くない」
「前回記録って何なんでしょう」
俺が聞く。
セレフィア先生は少し考える。
「この施設が、以前にも似た状態を記録していたのかもしれません」
「俺を?」
「そこまでは分かりません」
「ですよね」
でも気持ち悪い。
俺は初めてここへ来た。
なのに施設は。
前回と違うと言っている。
「……まあいい」
「進みますか?」
「ここまで来たし」
俺がもう一歩近づく。
その瞬間。
ゴゴゴゴゴ――。
「うわっ!」
巨大な石扉が動き始めた。
「開いた!」
クラリッサがいたら絶対喜んでただろうな。
そんなことを考えてしまう。
扉の奥は暗い。
しかし。
一つ。
また一つ。
青い光が順番に点いていく。
まるで。
俺たちを案内しているみたいだった。
「新しい記録を確認」
ルミナが言う。
壁に文字が浮かぶ。
《臨時管理協力者記録》
《記録番号 二一三》
その下。
《協力者――アルトゥス》
「……またその姓か」
二百十三年前の古文書にもあった。
偶然にしては続きすぎている。
「詳しく見られる?」
「試行します」
ルミナが確認する。
だが。
表示が変わった。
《権限不足》
《現管理者による追加認証を要求》
「……」
俺は黙った。
全員が俺を見る。
「何で見るの?」
「現管理者ですから」
リリアーナ。
「お願いします」
「軽いな!」
ミレイユ先生まで笑う。
「頑張ってくださいねー」
「先生まで!」
俺はため息をついた。
王都地下でも。
この山奥でも。
古代施設は俺を見るたび何かを要求してくる。
「……分かったよ」
青く光る奥の通路を見る。
「ただし変なものが出たらすぐ帰るからな」
「記録しました」
「そこは『分かりました』でいいんだよ」
こうして、俺たちは北部封鎖遺跡の中へ入ることになった。




