第43章 辺境武闘祭決勝と若き騎士団小隊長
決勝戦当日。
闘技場はこれまでで一番の人出になっていた。
「昨日よりさらに増えてる……」
「決勝戦ですから当然ですわ」
ヴィクトリアが呆れたように言う。
「それに辺境伯家の三男と騎士団最年少小隊長の対決ですもの」
「その肩書き並べるのやめて」
「事実でしょう?」
「事実だから困る」
俺は闘技場の中央を見る。
すでにガレス・ヴァンデルが待っていた。
二十四歳。
辺境騎士団の若手筆頭。
背は俺より頭一つ近く高く。
鍛え抜かれた身体に巨大な両手剣。
昨日までの学生たちとは明らかに雰囲気が違う。
「レオン」
アーヴェルが声をかけてくる。
「昨日も言ったけど気をつけろよ」
「分かってる」
「あいつ力だけじゃない」
「うん」
アーヴェルとの試合は見ていた。
大剣使いなのに細かい。
相手の間合いを崩してから一気に押し切る。
辺境で実戦を経験してきた剣だ。
「レオン様」
ルミナが隣へ来る。
「勝率予測を提示しますか?」
「今日はいい」
「よろしいのですか?」
「数字聞いてから戦うのも嫌だから」
「承知しました」
少し間があって。
「勝利を期待しています」
「……ありがとう」
以前のルミナなら言わなかった言葉だった。
「レオン君」
今度はミレイユ先生に呼ばれた。
「はい?」
「手を見せてください」
「もう治ってますよ」
「昨日ルミナちゃんと五十合以上打ち合った人の自己申告は信用しませーん」
「ひどい」
手首を掴まれる。
今日は調査用の紺色の治療術師服。
短い白い外套の下で道具帯を締めていて普段より動きやすそうだった。
蜂蜜色の髪は後ろで緩くまとめている。
治療のため身を寄せると清潔な石鹸と甘い薬草飴の香りがほんのり届いた。
「握って」
「こう?」
「痛みは?」
「ないです」
「じゃあ反対」
細い指が手首を確かめる。
眠そうな雰囲気なのに。
こういう時だけは目が完全に治療師だった。
「問題なしです」
「よかった」
「でも無茶は駄目ですよー」
「善処します」
「ソフィアちゃんと同じこと言わせないでください」
「……はい」
「決勝戦!」
審判の声。
「レオン・アルセリア!」
歓声。
「ガレス・ヴァンデル!」
さらに大きな歓声。
俺たちは中央へ進む。
「レオン様」
ガレスが両手剣を肩へ担ぐ。
「様はいりません」
「領主家の御子息ですから」
「今は対戦相手で」
ガレスが少し笑った。
「ではレオン」
「はい」
「俺もそう呼ばせてもらう」
「お願いします」
「噂以上に変わったな」
「昔の俺を知ってるんですか?」
「訓練場の隅で兄君たちを見ていた少年なら」
「……忘れてください」
「無理だな」
ここにも昔を知る人がいた。
「だが今は別人だ」
ガレスが大剣を構える。
「だから俺も手を抜かない」
「お願いします」
「始め!」
ガレスが踏み込む。
速い。
「っ!」
巨大な両手剣が横薙ぎに飛んでくる。
受けない。
避ける。
直後。
地面が響いた。
「重っ……!」
まともに受けたら一発で剣ごと持っていかれる。
でも。
(次は上)
《剣聖》が軌道を示す。
大剣が跳ね上がる。
かわす。
踏み込む。
胴へ一撃。
ガンッ!
「え?」
柄で受けられた。
「今のを?」
「速いな!」
そのまま押される。
「うわっ!」
体格差がそのまま力になる。
一度距離を取る。
ガレスは追ってこない。
「なるほど」
「何がです?」
「アーヴェル君が言っていた意味が分かった」
「何て?」
「レオンの剣は途中で変わる」
「……」
「面白い」
また一人。
そういう顔をする剣士が増えた。
二十合。
三十合。
決まらない。
ガレスの大剣は重い。
なのに雑じゃない。
俺が回り込もうとすれば剣の長さで進路を潰す。
懐へ入れば柄と肩まで使う。
(実戦の剣だ)
学院の試合とは違う。
魔獣。
盗賊。
国境での戦闘。
生き残るために磨いた動き。
「レオン!」
クラリッサの声が聞こえる。
「押されてる!」
「分かってる!」
「頑張れ!」
「それだけ!?」
ガレスが大きく踏み込んだ。
来る。
上段。
《剣聖》は回避を示している。
でも。
俺は前へ出た。
「なに?」
大剣が振り下ろされる。
当たる直前。
剣の腹へ自分の剣を滑らせる。
力を受けない。
軌道だけを僅かに逸らす。
大剣が俺の肩を掠めて地面へ突き刺さる。
「今!」
懐へ入った。
ガレスが柄を離そうとする。
遅い。
俺の剣先が。
首筋寸前で止まった。
「……」
静寂。
「そこまで!」
審判が手を上げる。
「勝者!」
一拍。
「レオン・アルセリア!」
闘技場が揺れた。
「……勝った」
自分でも少し信じられない。
ガレスは地面から大剣を抜くと。
俺を見る。
「見事だった」
「ありがとうございます」
「最後は予測していたのか?」
「途中までは」
「途中?」
「最後は勘です」
「ははっ!」
初めて豪快に笑った。
「それでいい」
大きな手を差し出される。
「またやろう」
「最近そればっかり言われるんですけど」
「強い剣士の宿命だな」
「いらない宿命だ……」
表彰式。
父上から優勝章を受け取る。
「よくやった」
「ありがとうございます」
「随分強くなったな」
「学院で色々ありましたから」
「そのようだ」
父上が一瞬だけ仲間たちを見る。
エリシア。
ヴィクトリア。
クラリッサ。
カグラ。
リリアーナ。
ソフィア。
アーヴェル。
ルミナ。
セシリア先輩。
フィオナ。
「良い環境を得たらしい」
「……はい」
俺もそう思う。
前世では何も続けられなかった。
人とも関わらなかった。
でも今は。
こうして誰かと競って。
応援されて。
勝ったことを一緒に喜んでくれる人がいる。
悪くない。
いや。
かなり嬉しい。
その夜。
アルセリア家の会議室。
武闘祭の熱気とは違う静かな空気の中。
父上。
ディートリヒ兄上。
セレフィア先生。
ミレイユ先生。
リリアーナ。
俺。
そしてルミナが集まっていた。
机の上には北部山岳の古地図。
「明日」
父上が言う。
「北部封鎖区域へ向かってもらう」
ついに。
遺跡調査が始まる。
「同行者は?」
「学院調査班と護衛騎士を基本とする」
クラリッサたちの顔が頭に浮かぶ。
絶対来たがるだろうな。
その時。
ルミナが地図へ手を伸ばした。
「待ってください」
「どうした?」
「信号に変化があります」
全員の表情が変わる。
「これまで一度だけだった外部信号を」
青銀色の瞳が淡く光った。
「今」
一拍。
「再度受信しました」
部屋が静まり返る。
「内容は?」
ルミナは数秒沈黙した。
そして。
「非常に短い信号です」
「何て?」
ルミナが俺を見る。
「《管理者の到着を待つ》」
王都地下で見たものと。
ほとんど同じ言葉だった。
どうやら明日の調査は。
ただ古い遺跡を見に行くだけでは。
終わりそうになかった。




