第42章 剣聖と古代魔導人形
準決勝。
対戦表に並んだ二つの名前を見ながら俺は頭を抱えていた。
《レオン・アルセリア》
対。
《ルミナ》
「どうしてこうなった……」
「トーナメント方式の結果です」
「それは分かってる」
隣に立つルミナはいつも通り無表情だった。
「レオン様」
「何?」
「一つ確認があります」
「出力なら〇・〇一パーセント以下」
「その件ではありません」
「違うの?」
「私に勝利する意思はありますか?」
思わずルミナを見る。
「そりゃ試合に出るなら勝つつもりだけど」
「承知しました」
青銀色の瞳が僅かに細くなる。
「では私も勝利を目標とします」
「待って 何か怖くなってきた」
闘技場へ出る。
歓声が一段大きくなった。
「銀髪同士だ!」
「アルセリア家の三男と古代魔導人形!」
「どっちが強いんだ?」
俺も知りたい。
以前ルミナ自身が言っていた。
純粋な一対一なら俺。
大規模戦闘ならルミナ。
でもそれは理論上の話だ。
本気で剣を交えたことはない。
「ルミナ」
「はい」
「絶対に闘技場壊すなよ」
「その条件は最優先事項として設定済みです」
「相手も壊すなよ」
「レオン様を破壊する予定はありません」
「予定って言い方やめようか」
向かい合う。
ルミナは学院から持ってきた訓練剣を静かに構えた。
長い銀白色の髪が風に揺れる。
今日は学院制服ではなく動きやすい紺色の軽装。
細身の身体に合わせた服の下から白い長靴下に包まれた脚が真っ直ぐ伸びている。
戦う直前だというのに姿勢には一切の乱れがない。
近くまで風が流れると雨上がりの花を思わせる淡く澄んだ香りが届いた。
「レオン様」
「何?」
「視線が戦闘分析から外れました」
「気のせい」
「〇・八秒です」
「数えなくていい!」
観客席から笑いが起きた。
ルミナは首を傾げる。
「戦闘前の心理的余裕と判断します」
「お願いだからそういうことにして」
審判が俺たちを見る。
「双方 準備はいいか!」
「はい」
「問題ありません」
剣を構える。
空気が変わった。
「始め!」
ルミナが消えた。
「っ!」
反射だけで剣を上げる。
カンッ!
軽い音。
なのに腕へ重い衝撃が走った。
「〇・〇一パーセントだよな!?」
「はい」
「嘘だろ!」
次。
右。
左。
突き。
全部速い。
速いというより無駄がない。
ルミナは俺の重心を読み。
剣を振る前の筋肉の動きまで予測している。
(これが古代魔導人形の戦闘演算……)
《剣聖》が次の軌道を示す。
俺は半歩ずれる。
ルミナも同時に修正。
「そこ!」
反撃。
かわされる。
さらに反撃される。
「うわっ!」
数センチで剣先を避けた。
歓声が消えている。
みんな見入っているらしい。
「すご……」
クラリッサが呟く。
「ルミナってあんな動きできたんだ」
「まだ制限状態」
カグラが答える。
セシリア先輩は黙って試合を見ていた。
その横でリリアーナが猛烈な勢いで記録している。
「ルミナの行動予測に対してレオンが途中変更を繰り返してる」
「どういうことですの?」
ヴィクトリアが聞く。
「普通は一度始めた動作を途中で変えるほど効率が落ちる」
「でもレオンは?」
「変えた後の方が速い」
セシリア先輩が僅かに笑った。
「剣聖ですね」
俺にも分かってきた。
普通に戦えばルミナは先を読む。
なら。
読ませなければいい。
右へ踏み込む。
途中で左。
剣を振る。
振らない。
突く。
直前で手首を返す。
「……」
初めて。
ルミナが一歩下がった。
「有効です」
「感想言う余裕あるの?」
「はい」
「腹立つな!」
踏み込む。
ルミナの剣。
俺の剣。
ぶつかる。
次の瞬間。
ルミナが至近距離へ入った。
「近っ」
青銀色の瞳。
ほとんど表情は変わらない。
でも。
ほんの少し。
楽しそうに見えた。
「レオン様」
「何?」
「戦闘は興味深いです」
「今言う!?」
「はい」
五十合を超えた。
俺の呼吸が少し荒くなる。
ルミナは変わらない。
(長期戦はまずい)
相手は疲れない。
なら決める。
俺は大きく踏み込んだ。
ルミナが剣を合わせる。
当然読まれている。
だから。
そのまま剣を手放した。
「――?」
初めて。
ルミナの演算に明確な空白が生まれた。
俺は空いた右手でルミナの剣の柄を押す。
身体を入れ替える。
落下する自分の剣を左手で掴む。
そのまま。
剣先を止めた。
ルミナの喉元。
数センチ手前。
「……」
静寂。
「そこまで!」
「勝者 レオン・アルセリア!」
大歓声が爆発した。
「……危なかった」
俺はその場で息を吐く。
「敗北しました」
ルミナが自分の剣を見る。
「最後の行動は非効率です」
「だろ?」
「剣士が自ら剣を手放す合理性は低い」
「だから読めなかった」
「はい」
少し沈黙。
「学習しました」
「次から通用しないってこと?」
「はい」
「一回勝ててよかった……」
ルミナが俺を見る。
「レオン様」
「何?」
「再戦を希望します」
「お前までそっち側になったの!?」
クラリッサ。
カグラ。
セシリア先輩。
そしてルミナ。
俺の周囲の再戦希望者が着実に増えていた。
その日の夕方。
決勝戦の組み合わせが発表された。
俺の相手は。
アーヴェルを破った辺境騎士団の若手筆頭。
《ガレス・ヴァンデル》
二十四歳。
辺境騎士団最年少の小隊長。
「学生部門に二十四歳?」
俺が聞くとフィオナが首を振った。
「準決勝から一般若手部門と合流するの。今年から試験的にね」
「初耳!」
「言ってなかった?」
「聞いてない!」
またこの流れか。
ガレスは離れた場所から俺を見ていた。
鋭い目。
大柄な身体。
そして背中には巨大な両手剣。
アーヴェルが隣で苦笑する。
「気をつけろよ」
「そんなに強かった?」
「ああ」
少し間を置いて。
「あいつ 俺との試合でもまだ本気じゃなかった」
「……先に言ってよ」
古代遺跡調査へ行く前に。
もう一つ。
越えなければならない相手がいるらしい。
こうして俺は。
辺境武闘祭の決勝へ進むことになった。




