第40章 実力で掴んだ席と、ついに決まった対戦相手
セレフィア先生たちから古文書の話を聞いたあと。
俺は重たい気分のまま闘技場へ戻った。
「二百十三年前のアルトゥス……か」
考えても答えは出ない。
そもそも。
本人に聞いたところで素直に答える気がしない。
「レオン様」
「何?」
「思考集中率が低下しています」
ルミナが隣を歩きながら言う。
「次の試合前に休息を推奨します」
「分かってる」
「シオン・アルトゥスについて考えていますか?」
「……分かる?」
「はい」
「便利だなあ」
「顔に出ています」
「それ分析じゃなかった」
第三回戦。
対戦表を確認すると。
俺の相手は知らない名前だった。
《ジェイド・オルセン》
「誰だろう」
「知ってる」
アーヴェルが言った。
「うちの学院の一年だ」
「え?」
「別クラスだけどな。今年からできた実力推薦枠の生徒」
今年度から広げられた入学資格。
貴族だけではない。
身分に関係なく実力があれば学院へ入れる。
「平民出身で、親父さんは鍛冶師だったはずだ」
「へえ……」
「入学剣術試験では上位だったぞ」
「全然知らなかった」
「お前、自分のクラス周辺以外に疎すぎるんだよ」
「反省します」
闘技場へ出る。
向かいに立っていたのは。
褐色がかった短い髪の青年だった。
体格は俺より少し大きい。
装備は質素。
でも。
剣を握る手にはかなり使い込んだ跡がある。
「レオン・アルセリア」
「はい」
「一度戦ってみたかった」
「俺を知ってる?」
「学院で知らない奴の方が少ないと思う」
「そんなに?」
「自覚ないのかよ……」
なぜか相手に呆れられた。
「俺はジェイド・オルセン」
「よろしく」
「貴族相手でも手加減しないぞ」
「その方がありがたい」
ジェイドが一瞬驚いて。
それから笑った。
「やっぱ噂より話しやすいな」
「噂では何て?」
「近寄り難い銀髪の美少年」
「忘れて」
「始め!」
ジェイドが踏み込む。
速い。
「っ!」
一撃目を受ける。
重い。
続けて二撃。
三撃。
(なるほど)
綺麗な学院剣術じゃない。
鍛冶場仕事で鍛えた身体。
騎士ではなく、冒険者に近い足運び。
それを学院で習った基本へ無理なく混ぜている。
「いい剣だな」
「試合中に褒めるな!」
「ごめん!」
また打ち合う。
観客席が少しずつ沸いていく。
ジェイドは強い。
少なくとも。
身分だけで生徒を選んでいた去年までなら。
学院にはいなかった才能なのかもしれない。
(シオンの言っていたこと……)
才能を取りこぼす余裕はない。
その意味が。
少しだけ分かった気がした。
「はあっ!」
ジェイドの渾身の一撃。
真正面。
俺は半歩だけ入る。
「え?」
剣同士が触れる直前。
角度を変える。
力を横へ逃がし。
身体を入れ替える。
気づけば。
俺の剣がジェイドの肩口で止まっていた。
「……参った」
「そこまで!」
「勝者! レオン・アルセリア!」
歓声。
ジェイドはしばらく自分の剣を見ていた。
「全然届かなかったな」
「いや、かなり強かった」
「慰め?」
「本気」
俺が手を差し出す。
「学院でも今度話そう」
「……ああ」
ジェイドが握り返す。
「次はもっと近づく」
「剣士ってみんなそれ言うの?」
控室へ戻る途中。
「レオン様」
ソフィアが駆け寄ってきた。
「手を見せてください」
「手?」
「さっき強く受けたでしょう?」
「ああ」
右手の掌が少し赤くなっていた。
「この程度なら平気」
「そう言って悪化させる人が一番困るんです」
「はい……」
近くの椅子へ座らされる。
ソフィアは小さな薬箱から冷却薬を取り出した。
今日は薄桃色の外出着に白い長靴下。
椅子の前へしゃがみ込むと、細い指で慎重に俺の手を取る。
薬草を扱うせいか。
近づくといつもの柔らかな草花と乾燥薬草の香りがした。
「痛みます?」
「少しだけ」
「なら、ちゃんと冷やします」
「はい」
「……どうして笑うんですか?」
「いや」
学院に入る前なら。
試合のあと誰かが心配してくれるなんて。
たぶん想像もしなかった。
「ありがとな」
「えっ?」
「助かる」
ソフィアの頬が少し赤くなる。
「そ、そのくらい当然です」
少し離れた場所で。
ルミナが記録帳を開いた。
「ルミナ」
「はい」
「閉じようか」
「まだ記録前です」
「そのまま閉じよう」
次の試合。
クラリッサ。
対。
セシリア先輩。
「うわあ……」
「待ってました!」
クラリッサは嬉しそうだった。
「本気でお願いします!」
「もちろんです」
試合開始。
直後。
凄まじい金属音。
クラリッサの大剣を。
セシリア先輩が正面から受けた。
「すご……」
そこからは。
完全な剣士同士の試合だった。
クラリッサが攻める。
セシリア先輩が流す。
また攻める。
今度は受けずに踏み込む。
二十合を超えた頃。
クラリッサの大剣が僅かに外へ流れた。
「――そこです」
剣先が首元へ。
「……参りました!」
「勝者! セシリア・ヴァルシュタイン!」
クラリッサは負けたのに笑っていた。
「強かったー!」
「良い剣でした」
「次は勝ちます!」
「楽しみにしています」
「何で二人とも爽やかなの……」
カグラは三回戦突破。
ルミナも当然のように突破。
アーヴェルは惜しくも。
領内騎士団の若手筆頭に敗れた。
「くそー」
「惜しかったな」
「次は勝つ」
「お前までそれ言うの?」
「剣士だからな」
「その言葉、便利すぎるだろ」
* * *
そして。
翌日の準々決勝。
対戦表が貼り出された。
「レオン!」
クラリッサが俺を呼ぶ。
「来たよ!」
「何が?」
「見れば分かる!」
嫌な予感しかしない。
人混みを抜け。
対戦表を見る。
上段。
《カグラ・ミカヅキ》
対。
《ルミナ》
「そっちもすごいな……」
そして。
その下。
《レオン・アルセリア》
対。
《セシリア・ヴァルシュタイン》
「……」
後ろから声。
「ようやくですね」
振り返る。
セシリア先輩がいた。
ものすごく嬉しそうだった。
「レオン」
「はい」
「今度こそ」
彼女が剣の柄へ手を置く。
「途中で止める人はいません」
「……ですよね」
学院最強。
セシリア・ヴァルシュタイン。
俺が学院へ入ってから。
何度も再戦を求めてきた先輩との。
初めての正式試合。
どうやら明日は。
本気で剣を振るうことになりそうだった。




