第34章 久しぶりの辺境領と、俺の過去を知る幼馴染
シオン・アルトゥスと別れてから二日。
大型魔導馬車はようやくアルセリア辺境領へ入った。
「見えてきた!」
クラリッサが窓へ身を乗り出す。
「レオン! あれが領都?」
「ああ」
遠くには高い石造りの城壁。
その向こうには赤茶色の屋根が並び。
さらに北には険しい山脈が連なっている。
記憶の中では何度も見た景色。
なのに。
俺自身がこうして見るのは初めてだった。
「……変な感じだな」
「故郷なのに?」
アーヴェルが聞く。
「まあ色々あるんだよ」
前世の俺。
そしてレオンとしての記憶。
懐かしいのに初めて見る。
そんな妙な感覚だった。
領都へ入ると。
王都との違いがすぐ分かった。
「騎士が多い!」
クラリッサが楽しそうに周囲を見る。
武装した騎士。
冒険者。
魔獣素材を満載した荷車。
防具を店先へ並べる職人。
「国境に近いからな」
「いいところ」
カグラが言った。
「何が?」
「強そうな人が多い」
「観光の感想としておかしくない?」
「普通」
「カグラの中ではな」
リリアーナは窓の外ではなく測定器を見ている。
「王都より平均魔力濃度が約九パーセント高いです」
「到着して最初に確認することがそれ?」
「重要です」
ルミナだけは遠くの山々を見ていた。
「外部信号推定地点は北部山岳地帯のさらに奥です」
「今日は行かないぞ」
「理解しています」
後ろの馬車にはセレフィア先生とミレイユ先生。
明日から辺境伯家と正式に調査内容を確認する予定だった。
だから今日は。
普通の帰省。
普通に家族へ挨拶して。
ゆっくり休む。
そのはずだった。
アルセリア家の屋敷へ到着した。
正門が開き。
馬車が中庭へ入る。
「三男様がお戻りになりました!」
「お帰りなさいませ!」
使用人たちがずらりと並んでいた。
「……大げさじゃない?」
「辺境伯家ですもの」
ヴィクトリアが当然のように答える。
「あなたは自分の立場を忘れすぎですわ」
「学院だと普通の生徒だからな」
「普通……?」
「そこ疑問形にしないで」
俺が馬車を降りる。
続いて。
エリシア。
ヴィクトリア。
クラリッサ。
カグラ。
リリアーナ。
ソフィア。
ルミナ。
アーヴェル。
そして。
セレフィア先生。
ミレイユ先生。
一人降りるたびに。
使用人たちの顔が少しずつ変わっていく。
「……三男様がご友人を?」
「こんなに大勢……?」
「女性の方が多くないか?」
「先生方まで……」
「銀髪の少女は古代魔導人形だと聞いたぞ」
「全部聞こえてるから!」
俺が叫ぶ。
使用人たちが一斉に頭を下げた。
「失礼いたしました!」
「絶対あとで噂するだろ……」
「するだろうな」
アーヴェルが笑う。
「他人事だと思って」
「随分と騒がしいと思ったら」
屋敷の玄関から一人の青年が出てきた。
銀髪。
青い瞳。
長身。
軍用外套の腰には魔導騎兵用の細身剣。
記憶がすぐに名前を教えてくれる。
「兄上」
「久しぶりだな レオン」
アルセリア家次男。
ディートリヒ・アルセリア。
王国魔導騎兵隊所属。
兄上は俺を見る。
次に。
俺の後ろを見る。
長い沈黙。
「……ルーカス兄上から聞いてはいたが」
「何をです?」
「学院で随分変わったと」
「それだけならいいんですけど」
「女性の友人をこれだけ連れて帰るとは聞いていない」
「そこを強調しないでください!」
クラリッサが吹き出した。
「レオンって昔も女友達多かったの?」
「その質問はやめろ」
兄上が答える。
「逆だ」
「兄上!」
「女の子が遊びに来ると自室へ逃げていた」
「本当?」
カグラが真顔で聞く。
「子供の頃だから!」
「意外ですね」
エリシアまで楽しそうに笑っている。
「やめてくれ……」
「レオン?」
その時。
後ろから少女の声がした。
知らないはずなのに。
レオンの記憶だけはすぐに反応する。
振り返る。
そこには一人の少女が立っていた。
淡い金茶色の髪を高い位置で束ね。
琥珀色の大きな瞳。
腰には細身の剣。
騎士家の娘らしい動きやすい服装で。
膝上まであるブーツから伸びる脚はすらりとしているのに。
立ち姿には剣士らしい芯の強さがあった。
風が吹くと高く結んだ髪が軽く揺れ。
近づいてきた彼女からは。
爽やかな柑橘と革の鞘を思わせる淡い香りがした。
少女は。
俺の顔をじっと見る。
「……誰?」
「最初の一言それ!?」
「え?」
一歩近づく。
さらに顔を覗き込まれる。
「その声……」
「何?」
「嘘」
「何が?」
「本当にレオン!?」
「そうだよ!」
ようやく記憶から名前が浮かぶ。
フィオナ・レーヴェン。
アルセリア家に仕える騎士家の長女。
そして。
本来のレオンの幼馴染。
「全然違う!」
「成長したんだよ!」
「そういう意味じゃない!」
俺の周囲を一周する。
「ちゃんと人の目を見てる!」
「そこから!?」
「知らない人が大勢いるのに逃げてない!」
「俺を何だと思ってたの?」
「昔なんて私の後ろから離れなかったじゃない」
「……待って」
嫌な予感。
「魔犬の子供が出た時なんて」
「待て」
「『フィオナ助けて』って泣きながら――」
「待てええええ!」
遅かった。
後ろで。
クラリッサの笑い声が爆発した。
「レオン可愛い!」
「忘れろ!」
カグラまで小さく言う。
「聞いておいてよかった」
「何で!?」
フィオナはそんな俺たちを見回し。
少し驚いたように笑った。
「でも……」
「?」
「本当に変わったんだね」
その声だけは少し優しかった。
そして。
何の遠慮もなく俺の腕を取る。
「ほら 中に入ろう」
「ちょっと近いって」
「昔は普通だったでしょ?」
「昔は昔!」
その瞬間。
背後が。
妙に静かになった。
「……?」
エリシア。
ヴィクトリア。
ソフィア。
そしてルミナ。
なぜか全員こっちを見ている。
「どうしたの?」
「何でもありません」
エリシアが笑う。
でも。
なぜだろう。
その笑顔がほんの少しだけ固く見えた。
ルミナが静かに呟く。
「興味深い生体反応変化を複数確認」
「ルミナ」
「はい」
「今は絶対に分析結果を言うな」
「承知しました」
こうして。
俺の久しぶりの帰郷は。
実家へ到着した瞬間から。
昔の俺を知る幼馴染によって。
予想以上に騒がしくなり始めた。




