第29章 学院祭の結果と、地下から届いた呼び出し
学院祭の翌朝。
教室へ入ると、いつも以上に静かだった。
「……みんな死んでる」
「疲れているだけだ」
アーヴェルが、机へ突っ伏したまま答える。
前を見ると、クラリッサまで椅子に座って動かない。
「昨日あれだけ元気だったのに」
「声出しすぎた……」
「自業自得だろ」
「レオンもずっと走ってたじゃん」
「俺は筋肉痛」
「同じようなもの!」
ヴィクトリアも、普段より少し大人しく。
リリアーナですら、記録用紙を開いていない。
学院祭というのは、一日でここまで人を消耗させるものらしい。
「皆さん、お疲れ様でした」
セレフィア先生が教室へ入ってくる。
「まず、学院祭の結果を発表します」
その一言で、全員の顔が少し上がった。
「来場者投票による一年生部門――」
一拍。
「第一位。このクラスの《東西交流喫茶》です」
「やったあ!」
さっきまで死んでいたクラリッサが復活した。
「元気になるの早すぎない?」
「一位だよ!」
教室中から拍手が起きる。
「売上も一年生では一位です」
「本当に?」
会計担当の女生徒が、嬉しそうに立ち上がる。
「やっぱり三倍売れてたから!」
「お前らの衣装効果だな」
アーヴェルが言う。
「俺を巻き込むな」
「銀髪の接客係目当てが多かったぞ」
「聞きたくなかった」
クラス中が笑った。
まあ、結果が良かったならいい。
前世では、行事が終わっても何も残らなかった。
今回は、疲れているのに少しだけ嬉しかった。
「レオン様」
隣を見る。
ルミナが座っていた。
学院祭のメイド服から、いつもの紺色の制服へ戻っている。
でも昨日一日、あの衣装を見ていたせいか。
普通の制服姿が妙に新鮮に見えた。
腰まで流れる銀白色の髪。
椅子へ座ると、その毛先が背もたれからさらりと落ちる。
机の下では細い脚をきちんと揃え、白いハイソックスから覗く膝の線まで整いすぎていた。
魔導人形だから当然なのかもしれないけど、姿勢までほとんど崩れない。
近くにいると、雨上がりの花に似た澄んだ香りがほんのわずかにする。
人間の香水ほど強くなく、意識しなければ気づかないくらいだった。
「レオン様」
「……何?」
「本日二回目の呼びかけです」
「ごめん」
「私の脚部を観察していましたか」
「なんで分かるの!?」
「視線角度から推測しました」
「忘れて」
「記録済みです」
「消して!」
朝からひどい。
昼休み。
俺たちは、学院祭の余った菓子を囲んでいた。
「一位のお祝い!」
クラリッサが勝手に宣言する。
「昨日の残りでしょう」
ヴィクトリアが言う。
「気分が大事!」
カグラは東方菓子を食べ、ソフィアは薬草茶を淹れている。
エリシアも笑いながら、焼き菓子を配っていた。
「来年も同じのやる?」
クラリッサが聞く。
「来年の話、もうするの?」
「だって楽しかったし」
少し考える。
「……またやってもいいな」
言った瞬間。
何人かがこっちを見た。
「何?」
「いえ」
エリシアが笑う。
「本当に変わりましたね」
「そんなに?」
「最初の頃なら、絶対に断っていましたわ」
ヴィクトリアまで頷く。
否定できない。
その時。
教室の扉が開いた。
「レオン・アルセリア」
セルジュ先生だった。
「はい」
「ルミナも来い」
嫌な予感。
「……何かありました?」
「あった」
「即答ですか」
「地下迷宮だ」
一気に眠気が消えた。
ルミナも立ち上がる。
「異常値が上昇しましたか」
「今朝までは微弱だった」
「今は?」
セルジュ先生の顔が、少しだけ険しくなる。
「封鎖した入口の向こうで――」
一拍。
「新しい扉が出現した」
「……扉?」
「昨日までは壁だった場所だ」
教室が静かになる。
クラリッサが立ち上がりかける。
「私も――」
「生徒は来るな」
「まだ何も言ってない!」
「顔で分かる」
カグラも、何となく残念そうだった。
「レオンとルミナだけですか」
エリシアが尋ねる。
「ああ」
「なぜ?」
「古代文字が出ている」
セルジュ先生が俺を見る。
「内容がな」
「何て?」
嫌な予感しかしない。
「《現管理者の到着を待つ》」
「……」
全員の視線が俺へ向いた。
「俺?」
「他にいるか」
「帰っていいですか」
「駄目だ」
「ですよね」
地下へ向かう階段。
俺の隣を、ルミナが歩く。
「レオン様」
「何?」
「緊張していますか」
「かなり」
「私が同行します」
「それは心強いけど」
「はい」
「大規模殲滅とかはしないでね」
「必要性を確認後に判断します」
「そこは即答で、しないって言って!」
階段の先。
重い鉄扉が見えてくる。
その向こうから。
今まで感じたことのない、低く震えるような魔力が伝わってきた。
学院祭が終わった翌日。
ようやく静かな日常が戻ると思っていたのに。
どうやら地下迷宮は。
俺を休ませてくれる気がないらしかった。




