第28章 学院祭の午後と、思わぬお客様
昼を過ぎても、行列はほとんど減らなかった。
「まだ並んでる……」
俺は注文票を持ったまま、廊下を見る。
「午前より増えてない?」
「増えています」
ルミナが即答する。
「現在、待機人数は四十七名です」
「数えなくていい」
「記録として有用です」
「学院祭まで研究対象にしなくていいよ」
そんな会話をしている間にも。
「レオン!」
クラリッサが入口から手を振る。
「二名案内するよ!」
「了解!」
休む暇がない。
午後からは交代制になり、ヴィクトリアも本格的に接客へ入った。
「いらっしゃいませ」
普段なら命令口調が多いのに、今日は驚くほど丁寧だ。
濃紺のメイド服。
白いエプロン。
白いニーソックス。
豊かな金髪の縦巻きが、歩くたび肩の横で揺れる。
姿勢がいいせいか、きゅっと締まった腰から伸びる脚の線まで綺麗に見えた。
白いニーソックスに包まれた脚も、普段の制服姿よりずっと華やかに見える。
上品な仕立ての胸元も、派手に露出しているわけではないのに、女性らしい柔らかな輪郭を自然に引き立てていた。
しかも近くを通るたび、薔薇を落とした紅茶みたいな淡い香りが一瞬だけ残る。
(本当にメイドというより、貴族のお嬢様だな……)
「レオン」
「え?」
「ぼんやりしていないでくださいな」
「してない」
「今、していましたわ」
「気のせい」
ヴィクトリアが、じっと俺を見る。
「……怪しいですわね」
そしてルミナを見る。
「ルミナ」
「はい」
「何も分析しなくていいですわよ」
「まだ何も発言していません」
「あなたの場合、先に止める必要がありますの」
「それは俺も分かる」
「次のお客様です!」
クラスメイトの声。
扉を見る。
「……あ」
入ってきたのは、セシリア先輩だった。
「こんにちは」
「先輩まで来たんですか」
「学院祭ですので」
「今日は模擬戦しませんよ」
「分かっています」
少し安心する。
「ただ、午後から剣術部の公開試合があります」
「分かってない!」
セシリア先輩は普通に席へ座った。
「注文をお願いします」
「何にします?」
「レオンが選んだものを」
「そういう店じゃないんですけど」
「おすすめという意味です」
「ああ……」
東方茶と焼き菓子を選ぶ。
「では、それで」
そこへカグラが東方茶を運んできた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「先輩」
「はい」
「食べ終わったら、普通に帰ってくださいね」
「努力します」
「帰るだけなのに努力が必要なんですか!?」
その次に来たのは。
「まあ」
聞き覚えのある声だった。
「学院長?」
レティシア学院長。
その後ろにはセレフィア先生。
さらにミレイユ先生までいる。
クラス全体が、一瞬だけ静かになる。
「そんなに緊張しなくて構いませんよ」
学院長が微笑む。
「今日は客として来ましたから」
「本当に?」
クラリッサが小声で聞く。
「クラリッサ」
エリシアが止める。
「でも緊張するよ!」
分かる。
「三名様です」
俺が席へ案内する。
「大繁盛ですね」
セレフィア先生が周囲を見る。
「想像以上です」
「原因は理解しています」
ルミナが言う。
「主な集客要因は――」
「説明しなくていい」
「まだ途中です」
学院長が、くすりと笑った。
「楽しそうで何よりです」
注文を運んでいる時。
教師たちの会話が、少しだけ耳に入った。
「地下の方は?」
ミレイユ先生が尋ねる。
「数値は安定しています」
セレフィア先生が小声で答える。
「今夜、もう一度確認を」
「迷宮?」
思わず振り返った。
学院長と目が合う。
「気にしなくて大丈夫ですよ」
「でも……」
「現状は、ごく小さな魔力変動です」
学院長が穏やかに言う。
「今日は学院祭を楽しんでください」
「……分かりました」
そう言われれば、これ以上は聞けない。
ルミナを見ると、胸元の青い結晶はいつも通りだった。
夕方。
「最後のお客様です!」
その言葉に、教室中から小さな歓声が上がった。
「終わったー!」
クラリッサが机へ突っ伏す。
「行儀が悪いですわよ」
ヴィクトリアもそう言いながら、さすがに疲れた顔だった。
「売上集計、終わりました!」
会計担当の女生徒が紙を掲げる。
「どうだった?」
「予定の三倍以上!」
「三倍!?」
教室中が騒がしくなる。
「一位いけるんじゃない?」
「まだ他クラスがあるだろ」
アーヴェルが笑う。
ソフィアは残った菓子を片付け。
エリシアは皿を重ね。
カグラも茶器を洗っている。
リリアーナだけは。
「客数と滞在時間の相関を――」
「今日は研究終わり!」
みんなに止められていた。
片付けが終わる頃。
窓の外は、もう橙色だった。
「レオン様」
「何?」
ルミナが教室を見回す。
「学院祭について再評価しました」
「前は非効率って言ってたな」
「はい」
「今は?」
少し考える。
「非効率です」
「そこは変わらないのか」
「しかし――」
ルミナが笑う。
「非常に好ましいです」
「……俺も」
散らかった教室。
疲れているのに笑っているみんな。
前世なら。
こんな行事には二度と参加したくないと思っていたはずなのに。
「またやってもいいかな」
「来年も?」
エリシアが聞く。
「うん」
自然に答えられた。
「来年も、みんなで」
その言葉に、教室の何人かが笑った。
俺も少し笑う。
その夜。
学院地下。
教師たちが再び旧迷宮へ向かう少し前。
誰もいない最深部で。
古びた壁の一部に、淡い青の文字が浮かび上がった。
《管理補助個体 活動確認》
《管理者権限 継続監視》
そして最後に。
今までなかった一文が現れる。
《第二系統 再起動準備開始》
数秒後。
すべての文字は消えた。
地上ではまだ。
学院祭の余韻が残っていた。




