第23章 ルミナ、初めての女子寮へ泊まる
翌日の放課後。
「今日は女子寮だから!」
クラリッサが宣言した。
「……何が?」
「ルミナのお泊まり会!」
「いつ決まったの?」
「昨日!」
「聞いてない」
「今聞いたから大丈夫!」
「大丈夫じゃないだろ」
隣にいたルミナが首を傾げる。
「お泊まり会とは何でしょうか」
「友達と同じ部屋に泊まって、ご飯食べて、お菓子食べて、夜まで喋るの!」
「宿泊する必要性は?」
「ない!」
「即答なんだ」
ヴィクトリアが呆れた顔をする。
「親睦を深めるためですわ」
「友人活動に分類されますか?」
ルミナが聞く。
「もちろん!」
「では参加を希望します」
早い。
「レオン様」
「何?」
「行ってまいります」
「ああ。楽しんできて」
そう言うと。
なぜか。
エリシアたち全員が俺を見た。
「……何?」
「いえ」
エリシアが微笑む。
「ずいぶんあっさり送り出すのだと思いまして」
「女子寮だぞ。俺が付いていく方がおかしいだろ」
「それはそうですわね」
何を期待していたんだ。
同じ頃。
学院本館の職員会議室。
「では最後に」
学院長レティシアが書類を一枚めくった。
「ルミナス旧迷宮についてです」
セルジュ先生が腕を組む。
「昨日から地下の魔力値が僅かに上がっている」
「危険性は?」
セレフィア先生が尋ねる。
「現段階では低い」
「魔物の増加もありません」
実技担当教員が答えた。
ミレイユ先生が眠そうな目で資料を見る。
「ルミナさんが目覚めた影響でしょうか」
「可能性はありますね」
学院長は少し考え。
「念のため深部への立ち入りは一時制限しましょう」
「調査は?」
「明日、教師だけで確認を」
セルジュ先生が頷いた。
「生徒には?」
「今は騒がせるほどではありません」
それだけで。
会議は次の議題へ移った。
この時はまだ。
誰も。
地下で起き始めた小さな変化を。
それほど重大なものとは考えていなかった。
その夜。
女子寮。
「ルミナ! こっち座って!」
「はい」
クラリッサに呼ばれ。
ルミナが鏡の前へ座る。
「せっかくだから髪型変えてみようよ」
「髪型の変更による機能向上は?」
「可愛くなる!」
「機能ですか?」
「機能!」
「絶対違いますわ」
ヴィクトリアが突っ込んだ。
エリシアが笑いながら。
「私がやりましょうか」
ルミナの後ろへ回る。
長い栗色の髪が肩からさらりと流れた。
細く綺麗な指が銀白色の髪を丁寧に分け。
編み込んでいく。
指先の動きは妙に繊細で。
料理をしている時と同じくらい手慣れている。
近くでは。
いつもの柔らかな石鹸に。
焼き菓子を思わせる微かな甘い香りが混じっていた。
「できました」
ルミナが鏡を見る。
片側だけを細く編み込んだ髪型。
「形状変更を確認」
「感想!」
クラリッサが迫る。
「……」
ルミナは少し考える。
「好ましいです」
「でしょ!」
カグラも頷く。
「似合う」
「ありがとうございます」
ほんの少し。
ルミナが笑った。
夕食後。
全員が床へ座り。
菓子と果実水を囲んでいた。
エリシア。
ヴィクトリア。
クラリッサ。
カグラ。
リリアーナ。
ソフィア。
そしてルミナ。
「これがお泊まり会ですか」
「まだまだ!」
クラリッサが胸を張る。
「ここから恋愛話!」
「なぜ必須のように言いますの?」
「お泊まり会だから!」
ルミナが反応した。
「恋愛」
「そう!」
「私が現在研究している概念です」
「研究って言い方やめない?」
リリアーナが言う。
「私も興味があります」
「リリアーナが言うと本当に研究になるから!」
「では質問があります」
ルミナが全員を見る。
「どうぞ!」
クラリッサが気軽に答えた。
「皆さんは」
一拍。
「レオン様を好いているのですか?」
沈黙。
「……」
「……」
ソフィアの顔が。
一瞬で赤くなる。
ヴィクトリアが果実水を飲み損ねた。
「なっ……!」
クラリッサまで固まる。
カグラは僅かに視線を逸らした。
エリシアは。
笑顔。
ただし。
少しだけ頬が赤い。
「回答をお願いします」
「待って!」
クラリッサが慌てる。
「何でいきなりレオンなの!?」
「観察結果です」
「どんな観察!?」
ルミナが淡々と答える。
「エリシアはレオン様と会話する際、表情が柔らかくなる頻度が高いです」
「ル、ルミナさん?」
「ヴィクトリアは他の女性がレオン様へ接近すると発声量が増加します」
「増加していませんわ!」
「平均十八パーセント――」
「数値まで出さなくて結構です!」
「クラリッサは接触頻度が高いです」
「友達だから!」
「カグラは無言状態でもレオン様を見ている時間が長いです」
「……そう?」
「はい」
「リリアーナは?」
クラリッサが聞く。
「研究対象として強い関心があります」
「正解です」
「そこだけ平和!」
「ソフィアはレオン様の名前が出ると――」
「言わなくて大丈夫です!」
ソフィアが珍しく大きな声を出した。
しばらくして。
騒ぎが収まった。
ルミナはまだ納得していない。
「恋愛感情は複雑です」
「そうですね」
エリシアが答える。
「数値だけでは分からないと思います」
「では何で判断するのでしょう」
「それも」
少し考え。
「本人にも分からないことがあります」
カグラが小さく言う。
「一緒にいたい、とか」
ソフィアも続ける。
「また話したい、とか」
ヴィクトリアが頬を少し赤くする。
「誰かに取られたくないと思ったり……することもあるでしょう」
「なるほど」
ルミナが考え込む。
「私は」
「?」
「友人と離れることを」
一拍。
「少し寂しいと感じます」
部屋が静かになった。
クラリッサが笑う。
「それでいいんじゃない?」
「恋愛でしょうか」
「それはまだ分かんない!」
エリシアも微笑んだ。
「急いで名前をつけなくてもいいと思いますよ」
「……理解しました」
翌朝。
女子寮の前。
迎えに来た俺を見つけて。
ルミナが歩いてきた。
髪は。
昨夜エリシアが編んだままだった。
「おはよう。楽しかった?」
「はい」
即答。
「それならよかった」
「レオン様」
「何?」
「質問があります」
「朝から?」
「恋愛とは何でしょうか」
「……」
後ろから出てきた女子たちが。
一斉に止まった。
「何で俺に聞くの?」
「男性側の意見も必要です」
「人選を間違えてる!」
「前世を含めた知識量は多いと推測します」
「経験はほぼゼロなんだよ!」
クラリッサが後ろで吹き出した。
ヴィクトリアまで笑いを堪えている。
どうやら。
ルミナの友達作りの次は。
俺が最も答えに困る。
恋愛の勉強が始まるらしい。
そして。
俺たちがそんな朝を過ごしている頃。
学院地下では。
誰にも聞こえないほど小さく。
古い魔導機構が。
一つだけ。
再び動き始めていた。




