第16章 ご主人様呼びはやめてほしい
「ご命令を。ご主人様」
銀髪の魔導人形がもう一度言った。
「まずそれをやめて」
「承知いたしました。ご主人様」
「やめてない!」
「命令内容に不明瞭な点を検出しました」
「俺をご主人様って呼ぶのをやめて!」
「承知いたしました」
少女が立ち上がる。
これでいい。
そう思った。
「マスター」
「変わってないだろ!」
クラリッサが吹き出した。
「あははは! いいじゃんレオン!」
「何がいいんだよ!」
「似合ってる!」
「どこが!」
ヴィクトリアは頭を抱えている。
「迷宮へ入っただけなのに、どうしてあなたは毎回こういうことになりますの……」
「俺が聞きたい」
カグラが少女を見る。
「では名前で呼べばいい」
「名称登録が必要です」
少女が答えた。
「現在の管理者名称はレオン・アルセリア。個体識別名は未設定です」
「つまり」
アーヴェルが俺を見る。
「お前が名前を付けるのか」
「俺?」
「管理者ですから」
リリアーナが当然のように答えた。
「その管理者っていうのもまだ納得してないんだけど」
少女の胸にある青い結晶が淡く光る。
「再確認しますか?」
「何を?」
「管理者適性」
「嫌な予感しかしない」
「魂魄由来世界――照合」
「やめて!」
慌てて止めた。
危ない。
これ以上みんなの前で前世情報を読み上げられたら終わる。
しかし。
遅かった。
「魂魄由来世界?」
エリシアが静かに言った。
「レオン様」
「はい」
「あとでお話する約束でしたよね?」
「……覚えてた?」
「もちろんです」
笑顔だった。
逃げられない。
「とりあえず先生を呼ぼう」
俺は連絡用魔導具を取り出した。
さすがに。
古代迷宮の隠し部屋で謎の魔導人形を発見しました。
しかも俺をご主人様認定しました。
これを黙って持ち帰る勇気はない。
「セルジュ先生に怒られるかな」
「怒られるでしょうね」
エリシアが即答する。
「俺まだ何もしてないよ?」
「隠し部屋を開けました」
「触っただけ」
「それで開くのが問題なんですわ!」
ヴィクトリアの指摘が痛い。
通信魔導具へ魔力を流す。
だが。
反応しない。
「あれ?」
もう一度。
やはり繋がらない。
「妨害?」
リリアーナが調べる。
「違います」
「じゃあ何?」
「この部屋自体が外部通信を遮断しています」
「出れば使える?」
「おそらく」
なら。
「戻ろう」
そう言って入口へ向かった。
銀髪の少女もついてくる。
一歩。
一歩。
正確に俺の後ろ。
「……ついてくるの?」
「はい」
「ここで待つという選択肢は」
「ありません」
「即答だな」
「管理者護衛は最優先命令です」
クラリッサが俺の横へ来る。
「レオン専属護衛だって!」
「嬉しそうだな」
「だって面白いもん」
「俺は面白くない」
そう言いながら隠し部屋を出ようとした。
その瞬間。
『警告』
部屋全体へ声が響いた。
「今度は何!?」
『管理機構再起動』
床に魔法陣が広がる。
銀髪の少女の表情が初めて変わった。
「伏せてください」
「え?」
次の瞬間。
床が光った。
「うわっ!」
視界が白く染まる。
身体が浮く。
胃が持ち上がるような感覚。
そして。
ドサッ。
「痛っ!」
俺は石床へ尻から落ちた。
「レオン様!」
エリシアの声。
「みんな無事?」
「いますわ!」
「俺もいる」
「大丈夫」
「問題ありません」
全員いる。
銀髪の少女も俺の横に立っていた。
ただし。
場所が違う。
「……どこだここ」
さっきの隠し部屋ではない。
巨大な円形空間。
天井が見えないほど高い。
壁には無数の青い魔導文字が浮かび。
中央には巨大な石造りの扉があった。
「地図にない」
リリアーナが呟く。
「当たり前だろうな……」
俺は額を押さえた。
転移させられたらしい。
「戻れる?」
少女へ聞く。
「現在確認中です」
「……嫌な予感がするな」
数秒。
「帰還経路は封鎖されています」
「最悪だ」
ヴィクトリアが俺を見る。
「レオン」
「何?」
「あなた先ほど、先生を呼ぶと言いましたわね?」
「言った」
「成長したと思いましたのに……」
「俺のせいじゃない!」
「本当に?」
「今回は本当に!」
クラリッサが巨大な扉を見上げる。
「でもさ」
「何」
「ちょっとワクワクしない?」
「……」
否定しようとして。
やめた。
正直。
少しする。
知らない場所。
古代迷宮の隠された区画。
巨大な扉。
そして謎の魔導人形。
「……少しだけな」
「やっぱり!」
エリシアが笑った。
「レオン様らしいですね」
「最近それ便利に使ってない?」
俺たちは扉の前へ立った。
中央には掌ほどの窪みがある。
嫌な予感がする。
「これ」
アーヴェルが言う。
「お前が触れば開くんじゃないか?」
「絶対そうだよな」
触りたくない。
だが帰り道もない。
「……やるしかないか」
手を置く。
青い光が広がった。
『管理者認証』
まただ。
『外界魂魄適合』
扉がゆっくり開いていく。
その奥。
真っ暗な空間に。
一つだけ。
黄金色の光が浮かんでいた。
「何だ?」
銀髪の魔導人形が初めて。
俺の前へ出た。
「我が主」
「レオンでいい」
一瞬。
彼女がこちらを見る。
「……レオン様」
「様もいらないけど、まあいい」
少女は黄金の光を見つめた。
「警戒してください」
「何がある?」
青銀色の瞳が細くなる。
「この先に」
短い沈黙。
「私より上位の魔導機構が存在します」
「……」
俺は扉の奥を見る。
初めての迷宮実習。
まだ第一階層だったはずなのに。
「どうしてこうなるんだよ……」
俺の平穏な学園生活は。
とうとう地図の外側まで飛び出してしまった。




