第122章 勇者を巡る思惑
聖連邦の首都、聖都。
白亜の大神殿に、荘厳な鐘の音が響き渡っていた。
その奥に位置する聖務評議会の議場では、聖連邦の重鎮たちが一堂に会していた。
大神官長を筆頭に、教務院、聖領政務院、異端審問院、聖地管理院の代表評議員。そして聖軍総司令府から派遣された将軍たち。
宗教、行政、軍事を担う者たちが集められた理由は、一つ。
数百年ぶりに現れた勇者フィンレイと、その仲間たちの処遇についてであった。
議場の正面には巨大な聖印が掲げられ、その下に大神官長が座している。
やがて、重厚な鐘の余韻が消えると、審議が始まった。
教務院評議員「大神官長猊下。勇者フィンレイ一行の動向について、現地より看過しがたい報告が届いております」
大神官長「申してみよ」
教務院評議員「勇者一行は現在、セレスティア王国内の聖地へ向かっております。しかし、その道中において、我らの異教徒に対する処置に異議を唱えたとのことでございます」
議場がわずかにざわめいた。
異端審問院評議員「詳細を」
教務院評議員「現地の騎士が王国領内の村落に対する処置を進めようとしたところ、勇者一行がこれを制止。あろうことか、異教徒である王国の住民たちを庇護したとのことです」
聖軍将軍「……勇者自らが、我が軍の行動を妨げたというのか」
教務院評議員「左様でございます」
軍服に身を包んだ将軍が、不快そうに眉を寄せた。
聖軍将軍「現地の騎士からすれば、到底看過できぬ振る舞いであろう」
異端審問院評議員「勇者であろうと、信仰の秩序を軽んじてよいわけではあるまい」
しかし、聖領政務院の評議員は慎重だった。
聖領政務院評議員「とはいえ、現地の騎士が村を焼き払おうとしたという報告もあります。勇者がそれに反発したこと自体は、理解できなくもありません」
聖軍将軍「戦時下の処置に、情を挟まれては困る」
聖領政務院評議員「情だけの問題ではありません。将来、その土地を統治することになれば、生き残った住民の反発も考慮せねばならぬでしょう」
議論は平行線をたどった。
勇者は聖連邦にとって、数百年ぶりに現れた神聖なる存在である。
その行動を軽々しく処罰することはできない。
しかし、現地の軍や聖職者の権威が損なわれることも、看過できなかった。
教務院評議員「勇者には改めて使命を説き、異教徒への過度な同情を慎むよう訓戒を与えるべきではないでしょうか」
異端審問院評議員「私も同意見です。勇者は我らの信仰を象徴する存在。異教徒の擁護者と見なされては困ります」
聖地管理院評議員「ですが、聖地への巡礼はすでに進行しております。今ここで行動を制限すれば、勇者一行の使命にも影響が出ましょう」
再び議場にざわめきが広がった。
そのときだった。
大神官長「静粛に」
低く、よく通る声。
議場はたちまち静まり返った。
大神官長「この件については、すでに教皇聖下へ奏上してある」
その一言で、居並ぶ評議員たちの表情が変わった。
聖連邦教皇。
信仰における最高権威であり、その裁可は聖連邦の根幹に関わる決定に絶対的な重みを持つ。
しかし、教皇が日常の行政や軍務について直接判断を下すことは、ほとんどない。
各機関にはそれぞれの権限が与えられており、教皇が関与するのは、国家と信仰の重大な問題に限られていた。
教務院評議員「……聖下は、いかなる御裁可を?」
大神官長は静かに告げた。
大神官長「勇者一行への訓戒、ならびに行動制限は不要との御意向である」
議場に驚きが広がった。
異端審問院評議員「……何と!」
聖軍将軍「恐れながら、それでは現地の軍規にも影響が及びかねませぬ」
大神官長「聖下は、勇者が異なる信仰を持つ者を救ったことを、咎めるべき行為とはお考えになっておられぬ」
評議員たちが沈黙する。
大神官長「考えてもみよ。数百年ぶりに現れた勇者に、異教徒を追わせ、村を焼かせ、処刑の場に立たせて、いかなる益があるというのだ」
誰も答えなかった。
大神官長「勇者とは、単なる軍事力ではない。人々が苦難の中で救いを求めるとき、その希望となるべき存在だ」
教務院評議員「……しかし、異教徒を救うことで、教化政策の妨げとなる可能性も」
大神官長「むしろ逆であろう」
その言葉に、評議員たちが顔を上げた。
大神官長「この戦争の先に、我らが新たな領土を得たとしよう。そこに暮らす民が、直ちに聖連邦の統治を受け入れると思うか?」
聖領政務院評議員「……容易ではありますまい」
大神官長「そのとおり。たとえ改宗したとしても、長年の信仰や故郷への思いは、そう簡単に消えるものではない」
大神官長は言葉を続けた。
大神官長「だが、かつて自分たちを救った勇者が、聖連邦の象徴として立っていたならばどうだ?」
聖領政務院評議員「……勇者への敬愛が、我らへの警戒を和らげると」
大神官長「そういうことだ」
議場の空気が変わった。
大神官長「剣によって領土を得ることはできよう。しかし、人の心まで剣で手に入れることはできぬ」
教務院評議員「……なるほど。勇者の慈悲深い振る舞いは、将来の布教にも役立つわけですな」
大神官長「新領土の統治にも、改宗した民との融和にもな」
異端審問院の評議員が、慎重に口を開いた。
異端審問院評議員「では、異教徒への取り締まりについては、従来の方針を維持するものと理解してよろしいのでしょうか」
大神官長「それは各機関が、定められた権限と責務に従って判断すべきことだ。聖下が個々の行政に御裁可を下されることはない」
そして、重々しく続けた。
大神官長「ただし、勇者一行をその実務に関わらせる必要もない」
居並ぶ者たちが、深く頭を垂れた。
大神官長「勇者には、清廉なる信仰の象徴として、その名を高めてもらう。汚れた仕事は、それを担う責務を負った者たちが引き受ければよい」
教務院評議員「……教皇聖下の深慮、恐れ入りました」
大神官長「なお、勇者一行の動向については、引き続き報告を怠らぬようにとの仰せだ」
聖地管理院評議員「承知いたしました。聖地までの行程についても、引き続き把握いたします」
大神官長「若き勇者が理想を抱くことは妨げぬ。しかし、その理想が国家と信仰の根幹に関わるものとなれば、話は別だ」
大神官長は居並ぶ評議員たちを見渡した。
大神官長「そのときは、改めて教皇聖下の御判断を仰ぐことになる」
議場の全員が深く頭を下げた。
評議員一同「謹んで、御意を奉じます」
こうして、勇者フィンレイ一行への処分は見送られた。
その裁可が何を意味するのか。
聖連邦の重鎮たちは、それぞれの立場から理解したつもりでいた。
だが、教皇が何をどこまで見据えているのかを、確かに知る者はいなかった。
一方、魔界の奥深く。
現在の魔王の支配が十分に及ばない古い領域に、崩れかけた城があった。
黒ずんだ石壁。
朽ちかけた柱。
その広間では、数百年以上を生きてきた古参の魔族たちが、密かに集まっていた。
古参魔族「……北境では、人間どもと停戦したそうだな」
別の古参魔族「そればかりか、王国へ物資まで供与しているという」
古参魔族「まったく。いつから魔王とは、人間どもの世話をする者になったのだ?」
低い笑いが響いた。
彼らは、現在の魔王が推し進める和平政策を快く思っていなかった。
もっとも、魔王の力を侮っているわけではない。
正面から反旗を翻したところで、勝算がないことは理解していた。
だからこそ、別の手段を探していたのである。
そこへ、一人の魔族が現れた。
伝令の魔族「ご報告いたします。人間の世界に、新たな勇者が現れたとのことです」
古参魔族「……勇者だと?」
伝令の魔族「はい。聖連邦に属する、若い少年だと」
数百年ぶりの勇者。
その言葉には、古参魔族たちですら無視できない重みがあった。
別の古参魔族「数百年も姿を見せなかったというのに、今になって現れるとはな」
古参魔族「……面白い」
別の古参魔族「何がおかしい?」
古参魔族「勇者が魔族に殺されたなら、人間どもはどう考える?」
その問いに、周囲が沈黙した。
古参魔族「新しい魔王がいくら和平を唱えようと、魔族が勇者を殺せば、人間どもは黙っておるまい」
別の古参魔族「……なるほど。勇者の死を利用し、和平そのものを崩すわけか」
古参魔族「そういうことだ」
彼らが望むのは、単なる勇者の死ではない。
人間と魔族の関係を再び悪化させ、現在の魔王の威信を揺るがすことだった。
古参魔族「まずは、その勇者とやらの実力を確かめよ」
広間の一角から、細身の魔族が進み出た。
魔族「……承知した」
古参魔族「まだ殺す必要はない。もっとも、あまりにも弱いようなら、その場で始末しても構わぬ」
魔族「ふっ。久しぶりに、人間の勇者とやらを見物してこよう」
男は薄く笑い、闇の中へ姿を消した。
セレスティア王国領内。
聖地へ向かう街道を、フィンレイたちは進んでいた。
前日に避難民を助けたこともあり、一行の空気は以前より明るくなっている。
特にリゼットは、朝から妙に機嫌がよかった。
リゼット「ねえ、みんな! 今日はいいことがあります!」
エマ「……お菓子?」
リゼット「何でわかったの!?」
エマ「だって、朝からずっと鞄を嬉しそうに眺めてるじゃない」
リゼットは得意げに小さな包みを取り出した。
リゼット「じゃーん! 蜂蜜入りの焼き菓子!」
フィンレイ「あれ? 昨日、もうほとんど残ってないって言ってなかった?」
リゼット「ふふん! 実はね、昨日助けた人たちが、お礼に分けてくれたんだよ!」
前日に荷車の修理を手伝った避難民の家族から、渡されたものだった。
決して裕福そうな一家ではなかったため、一度は遠慮した。
しかし、子供たちがどうしても受け取ってほしいと言ってくれたのだ。
リゼット「それでね、あの子たちが『魔法使いのお姉ちゃん、ありがとう!』って!」
リゼットは嬉しそうに笑った。
リゼット「いやあ、天才魔術師って、やっぱり人助けに向いてるんだね!」
エマ「……お菓子をもらえたから喜んでるんじゃないの?」
リゼット「それもあるけど! お礼を言ってもらえたのが嬉しかったんだよ!」
フィンレイ「そっか。よかったな、リゼット」
リゼット「うん!」
そこでガレスが真面目な顔で口を開いた。
ガレス「しかし、食糧の配分は慎重に行うべきだ。聖地へ近づくほど補給も難しくなる」
リゼット「もちろん! だから、このお菓子は計画的に食べることにしました!」
エマ「……具体的には?」
リゼット「朝に一枚、お昼に一枚、夕方に一枚!」
エマ「全部今日食べる気じゃない!」
リゼット「だって、魔術師は頭を使うんだよ!?」
フィンレイ「ははっ。またその話か」
リゼット「またって何!? 昨日頭を使ったからって、今日使わなくていいわけじゃないでしょ!」
オリヴィアが楽しそうに微笑んだ。
オリヴィア「ふふっ。でも、リゼットさんが嬉しそうで何よりです」
リゼット「えへへ。じゃあ、あとでみんなにも分けてあげるね!」
エマ「その計画だと、分ける分が残らないんじゃない?」
リゼット「……あっ」
四人が思わず笑った。
リゼットは少し頬を赤らめながら、焼き菓子の包みを大事そうに鞄へしまった。
しかし、その穏やかな時間は長く続かなかった。
リゼット「……あれ?」
フィンレイ「どうした?」
少女の表情から、笑みが消えた。
リゼット「……変な魔力がある」
森の奥から、異質な魔力が流れ込んできていた。
ガレス「全員、警戒しろ」
ガレスが剣へ手を伸ばす。
街道の先に、黒い靄が漂い始めた。
靄の中から、一人の男が現れた。
人間に似た顔立ち。
しかし、額から伸びる角と、異様な魔力が、その正体を物語っていた。
魔族だった。
魔族「……ほう。これが数百年ぶりに現れた勇者か」
フィンレイ「……俺を知っているのか?」
魔族「当然だ。魔界でも、なかなか興味深い噂になっているぞ」
ガレス「貴様、何者だ!」
魔族「名乗るほどの用事でもない。少し、その少年の腕を確かめに来ただけだ」
魔族はゆっくりと片手を上げた。
魔族「さあ、見せてみろ。勇者の力とやらを」
瞬間。
黒い魔力が凄まじい勢いで放たれた。
ガレス「下がれ!」
ガレスが前へ飛び出し、剣で迎え撃つ。
激しい衝撃。
足元の土が弾け、街道に深い亀裂が走った。
ガレス「……くっ!」
ガレスの身体が数歩後退する。
フィンレイ「ガレス!」
ガレス「問題ない! 油断するな!」
エマが矢を放つ。
魔族は軽く身をひねり、それをかわした。
魔族「ほう。なかなか速いな」
エマ「余裕ぶってんじゃないわよ!」
続けて放たれた矢も、魔力の障壁に阻まれる。
フィンレイ「みんな、連携していこう!」
五人が戦闘態勢を整えた。
だが、魔族の攻撃は、単純に強力なだけではなかった。
黒い魔力が刃となって襲いかかる。
しかも、その軌道は途中で変化した。
フィンレイ「……っ!」
フィンレイが辛うじてかわす。
しかし、背後から別の刃が迫っていた。
オリヴィア「危ない!」
オリヴィアの防御術が展開され、魔力の刃を受け止める。
光の障壁に亀裂が走った。
オリヴィア「皆さん、お気をつけください! かなり強力な術です!」
その間、リゼットは敵の魔術を観察していた。
リゼット「……おかしいな」
エマ「何が!?」
リゼット「あの魔術、放ったあとも術式が変化してる!」
敵の魔力は、一度放出されて終わりではなかった。
内部で循環し、途中から攻撃方向を変えている。
リゼット「……でも、完全に自由に動いてるわけじゃない」
一度目の攻撃。
二度目の攻撃。
そして、三度目。
リゼット「……わかった!」
エマ「何がわかったの!?」
リゼット「あの術、方向を変える直前に魔力が一度内側へ戻るの! そこを見れば次の攻撃が読める!」
リゼットが鋭く叫ぶ。
リゼット「フィンレイ! 次は右から来る!」
フィンレイ「わかった!」
直後、黒い刃が右側へ弧を描いた。
フィンレイは身をひねって回避する。
そのまま踏み込み、魔族へ斬りかかった。
魔族「……ほう?」
男の表情がわずかに変わった。
魔族「小娘。今の術を見切ったのか」
リゼット「小娘じゃないよ!」
リゼットは得意げに叫んだ。
リゼット「天才魔術師リゼットです!」
エマ「自己紹介はあとにしなさい!」
リゼット「こういうのは大事なんだから!」
魔族は愉快そうに笑った。
魔族「なるほど。少しは楽しめそうだ」
次の瞬間。
男の周囲に、さらに濃密な魔力が渦巻いた。
リゼット「……まずい。まだ本気じゃない!」
魔族の攻撃が激しさを増した。
黒い刃が幾重にも展開され、森の木々を切り裂いていく。
ガレスが前へ出て攻撃を受け止め、フィンレイが隙を狙う。
エマは距離を取りながら矢を放ち、オリヴィアは防御と治療に集中した。
しかし、敵の魔力量は桁違いだった。
ガレス「……このままでは押し切られる!」
フィンレイも息を荒らげていた。
これほど強い魔族と戦うのは、初めてだった。
だが、五人でなら。
フィンレイ「……リゼット!」
リゼット「何!?」
フィンレイ「次の攻撃、読めるか!?」
リゼットは敵の魔力を見つめた。
リゼット「……読める!」
その声には、自信があった。
リゼット「次に大きな術を使うとき、右側の魔力が一瞬薄くなる! そこなら障壁を抜けるはず!」
フィンレイ「わかった!」
フィンレイが剣を構える。
ガレスが前へ出て、敵の注意を引きつけた。
ガレス「私が道を開く!」
エマの矢が、立て続けに魔族へ向かう。
敵がそれらを払う。
その一瞬。
リゼット「……今!」
フィンレイが踏み込んだ。
剣に光が宿る。
勇者として覚醒した力が、刀身を包み込んだ。
眩い斬撃が、黒い魔力の障壁を切り裂く。
魔族「……っ!」
魔族が初めて大きく後退した。
外套の一部が裂け、肩から血が流れる。
男は自分の傷を見下ろした。
そして、ゆっくりと笑った。
魔族「……なるほど。確かに勇者らしい力だ」
フィンレイ「まだ戦うつもりか!」
魔族は肩をすくめた。
魔族「いや。今日は十分だ」
黒い靄が、男の周囲へ広がり始める。
魔族「勇者よ。せいぜい強くなるがいい」
フィンレイ「待て!」
魔族「いずれ、また会うこともあろう」
次の瞬間。
男の姿は、靄とともに消えていた。
戦闘が終わると、フィンレイたちはその場へ座り込んだ。
エマ「……何だったのよ、あいつ」
ガレス「わからん。だが、並の魔族ではないことは確かだ」
オリヴィア「皆さん、お怪我はありませんか?」
幸い、深刻な負傷者はいなかった。
しかし、五人とも相当に消耗していた。
フィンレイ「……俺のことを知ってた」
ガレス「勇者の出現は、魔界にも伝わっているようだな」
エマ「でも、どうして途中で帰っちゃったの?」
リゼットが顔を上げた。
リゼット「……たぶん、最初から私たちの実力を調べるつもりだったんだと思う」
フィンレイ「実力を?」
リゼット「うん。途中から、私たちが攻撃にどう対応するのか、観察してた気がする」
リゼットは少し眉を寄せた。
リゼット「それに、あの魔族……魔王の命令だとは一度も言わなかったよね」
エマ「それがどうしたの?」
リゼット「魔族だからって、全員が同じ考えで動いてるとは限らないんじゃないかなって」
ガレスが頷く。
ガレス「……可能性はある。だが、今は判断できん」
フィンレイは静かに息を吐いた。
魔族はなぜ、自分を狙ったのか。
その背後には、いったい誰がいるのか。
答えは何一つわからなかった。
そんな中、リゼットが鞄を開いた。
リゼット「……よし!」
エマ「……何?」
リゼット「お菓子を食べよう!」
四人が一斉に彼女を見た。
エマ「今!?」
リゼット「今だからだよ! あんなに頭を使ったんだから、補給しなきゃ!」
ガレス「……確かに、先ほどの分析は見事だった」
リゼット「でしょ!?」
フィンレイ「ははっ。リゼットのおかげで助かったよ」
リゼット「えへへ。もっと褒めてもいいんだよ!」
エマ「調子に乗らないの」
そのやり取りに、フィンレイも少し肩の力を抜いた。
そのころ、魔界の古城。
勇者を襲撃した魔族が、古参魔族たちの前に姿を現していた。
古参魔族「……どうだった?」
魔族「本物だ。勇者の力を持っていた」
別の古参魔族「……そうか。数百年ぶりの勇者が、再び現れたか」
古参魔族「力は?」
魔族「まだ未熟だ。今なら討つこともできるだろう」
男は肩の傷へ目をやった。
魔族「だが、仲間には少々面白い者がいた」
古参魔族「ほう?」
魔族「こちらの術式を見切った魔術師がいる。それに、勇者自身も成長する余地は大きい」
古参魔族は、しばらく考え込んだ。
そして、静かに笑った。
古参魔族「……ならば、急ぐ必要はあるまい」
別の古参魔族「勇者を放置するのか?」
古参魔族「勇者が名声を高めれば、その存在は人間どもにとってますます重要になる」
低い声が広間に響いた。
古参魔族「そして、その勇者が魔族に討たれれば……人間どもは、果たして和平などと言っていられるかな?」
広間に、低い笑い声が響いた。
現在の魔王が進める人間との和平。
それを快く思わない古参魔族たちは、勇者を利用して魔界の勢力図を変えようとしていた。
聖連邦では、勇者を清廉な信仰の象徴として扱う方針が示された。
魔界では、勇者の存在を利用して和平を崩そうとする者たちが動き始めていた。
その両者に共通していたのは、勇者フィンレイを一人の少年としてではなく、自らの目的を果たすための存在として見ていることだった。
しかし、当のフィンレイは、そのことを知らない。
彼はただ、仲間たちとともに聖地を目指していた。
自分たちが何を守るために戦うのか。
その答えを見つけるために。
そして、数百年ぶりに現れた勇者を巡って、人間世界と魔界の双方で、新たな思惑が動き始めていた。




