第109章 折れた剣
セレスティア王国、王都。
北境戦役から帰還して間もないレオンは、王国軍からの正式な出頭命令に従い、王宮の軍務関係施設を訪れていた。
ようやく平穏な学園生活に戻れると思っていたのに、魔王の特使ラプソディアとの再会で妙な噂を立てられ、今度は王国軍からの呼び出しである。
レオン(……俺の平穏な学園生活、一体いつになったら始まるんだ?)
案内された会議室には、王国軍の高官や参謀たちが集まっていた。
壁には西方戦線の地図が掲げられ、いくつもの防衛拠点に赤い印が付けられている。
王国軍高官「レオン・アルセリア。よく来てくれた」
レオン「はい」
王国軍高官「西方戦線の状況について説明する」
高官が地図を指し示した。
王国軍高官「西方諸国連合軍は侵攻を続けている。複数の防衛拠点が失われ、戦況は厳しい」
王国軍参謀「特に問題となっているのが、敵軍に所属する一人の剣士です」
卓上に、一枚の報告書が置かれる。
――推定年齢、十三歳。
――性別、男性。
――少女と見間違えるほど可憐な容姿。
――剣聖級と評される戦闘能力。
レオン「……十三歳?」
王国軍高官「そうだ。だが、年齢で判断してはならん」
王国軍参謀「少年が投入された戦線では、我が軍の前衛が幾度も突破されています」
王国軍高官「前衛騎士隊が壊滅的な損害を受けた戦闘もある。すでに複数の砦や陣地を失い、多くの死傷者が出ている」
王国軍参謀「少年が防衛線を突破し、後続の連合軍が侵入する。その繰り返しです」
レオン「つまり、その少年一人が全部倒しているわけじゃないんですね」
王国軍参謀「そのとおりです。しかし、少年がいなければ維持できたはずの陣地まで失っています」
レオンは報告書を見つめた。
レオン(……たった一人で、戦場の流れを変えてしまうのか)
王国軍高官「レオン・アルセリア」
レオン「はい」
王国軍高官「貴殿に、西方戦線への出撃を命じる。少年剣士の動きを抑え、我が軍の防衛線を守ってもらいたい」
レオン「分かりました」
王国軍高官「ただし、敵の力量は未知数だ。無理な決戦は避けろ」
レオン「承知しました」
こうしてレオンは、新たな戦場へ向かうことになった。
セレスティア学園。
出撃の準備を整えたレオンのもとに、アーヴェルたちが集まっていた。
アーヴェル「もう西方へ向かうのか」
レオン「ああ。王国軍からの命令だからな」
クラリッサ「えええっ!? 帰ってきたばっかりなのにぃ!?」
ヴィクトリア「少しは休ませて差し上げるべきですわ!」
エリシア「レオン様。どうか、お気をつけください」
ソフィア「負傷されたら、すぐに治療を受けてくださいね」
カグラ「無茶は、しないで」
レオン「大丈夫だよ。一人で戦争を終わらせろって言われたわけじゃないし」
マリアベル「でも、相手も剣聖と呼ばれているんでしょう?」
リリアーナ「年齢と戦闘能力は必ずしも比例しません。警戒が必要です」
セシリア「レオン。相手を過小評価するなよ」
レオン「はい。気をつけます」
アーヴェル「お前が倒れたら、王国軍も困るだろうからな」
レオン「……そういう言い方、やめてくれない?」
そこでクラリッサが勢いよく手を上げた。
クラリッサ「もし剣が折れちゃったら、マリアベル先輩に新しいの作ってもらおうよ!」
レオン「何で出発前から剣が折れる前提なんだよ!?」
マリアベル「古代金属製の剣というのも研究してみたいわね!」
リリアーナ「先輩。現状では加工が困難です」
マリアベル「だから研究する価値があるんじゃない!」
いつもの調子に、レオンも思わず笑った。
ルミナ「レオン様。私も同行いたしましょうか?」
レオン「いや。今回は王国軍の任務だし、まずは俺が行ってくるよ」
ルミナ「承知しました」
レオン「危なくなったらちゃんと退くから」
ルミナ「はい。どうかご無事で」
銀色の瞳にわずかな心配を残しながら、ルミナは静かに見送った。
西方戦線。
王国軍の後方拠点へ到着したレオンは、戦場の現実を目の当たりにした。
傷ついた兵士たち。
破損した荷馬車。
応急処置を受ける騎士。
撤退してきた部隊の疲れ切った表情。
レオン(……思っていた以上にひどいな)
王国軍西方指揮官「レオン・アルセリア殿。よく来てくださった」
レオン「戦況はどうですか?」
王国軍西方指揮官「芳しくありません。特に敵の少年剣士が現れた戦場では、防御が持たないのです」
レオン「そんなに強いんですか?」
王国軍西方指揮官「生き残った者の話では、まるでこちらの動きがすべて読まれているようだった、と」
レオン「…………」
嫌な予感がした。
そのとき、伝令が駆け込んできた。
王国軍伝令「報告! 敵軍が前進を開始しました!」
王国軍西方指揮官「来たか!」
王国軍伝令「敵の先頭に、例の少年剣士を確認!」
王国軍西方指揮官「レオン殿。お願いします」
レオン「分かりました」
レオンは愛剣の柄に手を添え、戦場へ向かった。
王国軍の前衛陣地。
西方諸国連合軍が迫る中、一人の少年がゆっくりと歩いてきた。
少女と見間違えるほど可憐な顔立ち。
華奢な体格。
優雅な騎士服に身を包み、腰には一本の剣を帯びている。
その姿は、血なまぐさい戦場にはあまりにも似つかわしくなかった。
王国軍騎士「あれが、少年剣聖か?」
王国軍騎士「まるで女の子じゃないか」
しかし、誰も油断していなかった。
すでに多くの仲間が、少年の剣に倒されている。
そこへレオンが姿を現した。
少年剣聖「もしかして、あなたがレオン・アルセリア様ですか?」
レオン「そうだけど。君が、西方諸国連合の剣士?」
少年剣聖「はい。初めまして」
少年は優雅に一礼した。
少年剣聖「お会いできて光栄です、レオン様」
レオン「……どうも」
レオン(……なんて可愛い子なんだ)
外見だけなら、貴族の令嬢と言われても疑わないだろう。
だが、その腰にある剣が、ただの少年ではないことを物語っていた。
少年剣聖「ですが、私はあなたを退けるよう命じられております」
少年は静かに剣を抜いた。
少年剣聖「申し訳ありませんが、お相手をお願いいたします」
その瞬間、レオンの表情が変わった。
レオン(……何だ、この構え!?)
無駄がない。
隙がない。
自然体に見えるのに、どこから攻めても迎撃されるような圧迫感があった。
レオンも剣を抜く。
レオン「分かった。俺も手加減はできないからな」
少年剣聖「はい。どうぞ、全力でお願いします」
二人の剣士が、静かに向かい合った。
先に動いたのはレオンだった。
鋭い踏み込み。
相手の間合いを測りながら、最短の軌道で剣を振るう。
――キィン!
少年はあまりにも自然な動作で、その一撃を受け流した。
少年剣聖「素晴らしい剣ですね」
レオン「そっちこそ!」
次の瞬間、少年の剣が迫る。
速い。
いや、速いだけではない。
最初からレオンの回避先を知っているかのように、剣先が正確に追ってくる。
レオン(……まずい!)
レオンは体勢を崩しながらも攻撃を弾いた。
しかし、少年の追撃は止まらない。
右からの斬撃。
左への切り返し。
さらに間髪入れずに放たれる鋭い突き。
すべてが無駄なくつながっている。
レオン「……くっ!」
少年剣聖「すごいですね。ここまで受けられた方は、初めてです」
レオン「……そりゃどうも!」
少年剣聖「ですが、その動きはもう見切りました」
レオン「なっ!?」
直後、少年の剣がレオンの防御をすり抜けた。
レオンは辛うじて身を捻る。
剣先が肩口を裂き、浅い傷を残した。
レオン(……嘘だろ!?)
北境では、竜族の女将軍ヴェルセリアと剣を交えた。
あの戦いも凄まじかった。
しかし、目の前の少年の剣は、まるで別種の恐ろしさを持っていた。
純粋な剣技。
極限まで削ぎ落とされた動作。
相手の反応を正確に捉え、最も嫌な場所へ剣を置いてくる。
レオン(……まるで、何度も俺と戦ったことがあるみたいだ!)
レオンは魔力制御を高めた。
剣へ正確に魔力を流し込み、踏み込みを加速させる。
渾身の一撃。
しかし、少年はそれすら受け止めた。
少年剣聖「本当にお強いですね」
――キィィン!
剣と剣が激突する。
さらに一合。
二合。
三合。
レオンは徐々に押され始めた。
レオン(……まずい! このままじゃ……!)
少年の剣が、レオンの愛剣を強烈に打ち据えた。
そして。
――バキィィィン!!
レオン「……えっ!?」
甲高い音とともに、刀身が折れた。
使い慣れた愛剣が根元近くから砕け散り、その刀身が地面へ突き刺さる。
レオン「……嘘だろ!?」
少年は静かに剣を構え直した。
少年剣聖「申し訳ありません。剣を折ってしまいましたね」
レオン「…………!」
少年剣聖「ですが、まだ任務は終わっておりませんので」
その声は、あくまで丁寧だった。
勝ち誇った様子も、相手を侮辱する態度もない。
ただ、命じられた任務を遂行しようとしている。
少年剣聖「降伏していただけますか?」
レオン「……くっ!」
レオンは折れた剣を握り直した。
逃げたい。
しかし、ここで退けば、後方の王国軍が危険にさらされる。
レオン(……どうする!?)
少年剣聖「そうですか」
少年が一歩踏み込む。
少年剣聖「では、失礼します」
剣が振り下ろされた。
――キィィィン!!
澄んだ金属音が響いた。
少年剣聖「……!」
振り下ろされた少年の剣が、一本の剣によって受け止められていた。
そこに、一人の男が立っていた。
銀髪の端正な青年。
落ち着いた表情。
まるで散歩の途中に立ち寄ったかのような、自然な立ち姿。
レオン「……シオンさん!?」
シオン・アルトゥス。
以前、一度だけ短い会話を交わしたことのある、底知れない雰囲気を持つ人物だった。
まさか、この戦場で再会するとは思ってもいなかった。
シオン「また会ったな、レオン」
シオンは少年の剣を軽く押し返した。
シオン「ずいぶん危ないところだったようだ」
レオン「どうしてシオンさんがここに!?」
シオン「話は後だ。まずは君を無事に帰さないとな」
そのときだった。
少年剣聖が、シオンの顔をじっと見つめた。
先ほどまでの柔らかな微笑みが、わずかに変わる。
少年剣聖「……ああ、あなたでしたか」
シオンは黙って少年を見返した。
少年剣聖「また来ましたね」
レオン「……え?」
思いがけない言葉だった。
初対面のはずの二人が、まるで以前から知り合いだったかのように言葉を交わしている。
シオンは少しだけ目を細めた。
シオン「ああ。また来たよ」
その口調は穏やかだった。
だが、どこか底知れない決意が込められていた。
シオン「何度だって来るさ。今度こそ、守り抜くためにな」
少年剣聖は、不思議そうに首を傾げた。
少年剣聖「そうですか」
それ以上、何も尋ねない。
レオンだけが、二人のやり取りについていけなかった。
レオン(……何だ? この二人、知り合いなのか!?)
シオンは剣を構え直した。
シオン「レオン。少し下がっていてくれ」
レオン「は、はい!」
少年剣聖も静かに剣を構える。
少年剣聖「私はレオン様を退けるよう命じられています」
シオン「それは困るな」
少年剣聖「では、あなたとも戦わなければなりませんね」
シオン「そうなるだろうね」
少年が踏み込んだ。
先ほどまでレオンを圧倒していた、恐るべき速さの斬撃。
しかし。
――キン!
シオンはその一撃を、何事もなかったかのように受け止めた。
少年剣聖「……!」
続く連撃。
右。
左。
鋭い突き。
シオンは最小限の動きで、すべてをいなした。
レオン(……嘘だろ!?)
自分はあの剣を受け止めるだけで精いっぱいだった。
それをシオンは、まるで稽古でもしているかのように捌いている。
シオン「相変わらず、見事な剣だ」
少年剣聖「ありがとうございます」
シオンが一歩踏み込んだ。
その瞬間、少年の身体が後方へ押し戻された。
少年は数歩後退し、姿勢を立て直す。
少年剣聖「お強いですね」
シオン「君もな」
シオンは追撃しなかった。
レオンを守る位置を崩さず、静かに剣を構える。
そのとき、王国軍の騎士たちが駆け寄ってきた。
王国軍騎士「レオン殿! 退路を確保しました!」
王国軍騎士「後方へお下がりください!」
シオンは振り返らずに言った。
シオン「レオン。行くんだ」
レオン「でも、シオンさんは!?」
シオン「心配はいらない。君は今、退くべきだ」
レオン「…………!」
シオン「生きていれば、次の機会はある」
レオンは折れた剣を握りしめた。
レオン「……分かりました!」
王国軍の援護を受け、レオンは後方へ退いていく。
少年剣聖が、その背中を見つめた。
少年剣聖「逃がしてしまいますね」
シオン「今日は、そうさせてもらう」
少年剣聖「ですが、私の任務はまだ終わっておりません」
シオン「なら、私が相手になろう」
少年は再び剣を振るった。
――キィィィン!!
激しい衝撃が戦場へ響く。
だが、シオンは一歩も退かなかった。
鋭い反撃によって、少年を再び後退させた。
王国軍の弓兵たちが援護射撃を開始する。
少年は軽やかに身をかわし、距離を取った。
その間に、レオンを乗せた部隊は退路へ入っていた。
連合軍の騎士が少年へ駆け寄る。
連合軍騎士「剣聖殿! 追撃いたしますか!?」
少年剣聖「いいえ」
連合軍騎士「ですが!」
少年剣聖「私は前衛を突破するよう命じられています。追撃については将軍のご判断を仰いでください」
少年は静かに剣を納めた。
そして、シオンへ目を向ける。
少年剣聖「また、お会いするのでしょうか?」
シオンは穏やかに答えた。
シオン「ああ」
少年剣聖は、可憐な微笑みを浮かべた。
少年剣聖「そうですか。では、そのときはよろしくお願いいたします」
少年は一礼し、連合軍の陣地へ戻っていった。
シオンは、その背中を静かに見送った。
シオン「……今度こそ」
それは、誰に聞かせるでもない小さな呟きだった。
王国軍後方拠点。
辛うじて戦場を離脱したレオンは、椅子に腰を下ろしていた。
肩には応急処置が施されている。
大きな負傷ではない。
しかし、その表情は暗かった。
手元には、折れてしまった愛剣がある。
しばらく、何も言えなかった。
やがて、部屋の扉が開く。
シオン「無事だったようだな」
レオン「シオンさん!」
シオンが静かに入ってきた。
レオン「本当に助かりました。ありがとうございます」
シオン「礼には及ばない。間に合ってよかったよ」
レオン「あの少年は、どうなったんですか?」
シオン「ひとまず引き下がった。もっとも、戦い自体が終わったわけではないがね」
シオンは折れた剣へ視線を落とした。
シオン「ずいぶん手ひどくやられたようだ」
レオン「……はい」
レオンは小さく息を吐いた。
レオン「完全に負けました」
北境で幾度も死線を越えてきた。
ヴェルセリアとも剣を交えた。
自分の剣技には、それなりの自信があった。
しかし、今日の戦いは違った。
あの少年の剣は、レオンの攻撃を正確に読み、防御を崩し、最後には愛剣まで折ってしまった。
レオン「……剣聖、か」
シオン「どうした?」
レオン「学園に入ってから、剣聖だの何だのって呼んでくれる人がいるんです」
レオンは折れた刀身を見つめた。
レオン「でも、今日の戦いでよく分かりました」
乾いた笑いが漏れる。
レオン「俺なんか、まだまだ剣聖なんて立派な名前には程遠いんだなって」
シオンは黙って聞いていた。
レオン「ちょっとは強くなったつもりでいたんですけど……剣を折られて、シオンさんが来てくれなかったら、今頃どうなっていたか分かりません」
シオン「なるほど」
シオンは近くの椅子に腰を下ろした。
シオン「一度の敗北で、自分のすべてを否定する必要はないさ」
レオン「……でも」
シオン「君は北境で、多くの人間を救った。それは事実だろう?」
レオン「……はい」
シオン「今日の敗北で、その事実が消えるわけではない」
シオンは穏やかに続けた。
シオン「それに、剣聖と呼ばれることと、誰にも負けないことは別の話だ」
レオン「…………」
シオン「本当に強い者ほど、自分より上の存在がいることを知っているものだよ」
レオン「……そうなんですか?」
シオン「ああ。私も、まだまだ未熟だからね」
レオン(……いや、シオンさんが未熟だったら、俺は何なんだよ!?)
思わず心の中で突っ込む。
しかし、シオンの言葉には不思議な説得力があった。
レオンは、戦場で聞いた会話を思い出した。
レオン「……あの、シオンさん」
シオン「何だい?」
レオン「あの少年、シオンさんを見て『また来ましたね』って言ってましたよね?」
シオンは一瞬だけ黙った。
レオン「以前にも戦ったことがあるんですか?」
シオン「さて、どうだったかな」
レオン「でも、明らかに知り合いみたいな話し方でしたよね?」
シオンは小さく笑った。
シオン「世の中には、不思議な縁というものがあるんだよ」
レオン「……それ、答えになっていない気がするんですけど」
シオン「今は、君自身のことを考えた方がいい」
あっさり話を逸らされた。
レオン(……絶対、何か隠してるよな)
しかし、それ以上問い詰めても、答えてくれそうにはなかった。
レオン「……次に戦ったら、勝てるでしょうか?」
シオン「今のままでは難しいだろうな」
容赦のない答えだった。
レオン「……ですよね」
シオン「だが、勝てないと決まったわけでもない」
レオンが顔を上げる。
シオン「君には、まだ伸ばせるところがある」
レオン「……本当ですか?」
シオン「ああ。今日の戦いで、自分に足りないものが見えただろう?」
レオンは折れた剣を見つめた。
レオン「……確かに、そうですね」
シオン「なら、そこから始めればいい」
シオンは立ち上がった。
シオン「さて。私もそろそろ行こう」
レオン「……もう帰られるんですか?」
シオン「ああ。やるべきことがあるのでね」
シオンは扉の前で、一度だけ振り返った。
シオン「レオン」
レオン「はい?」
シオン「次に会うときは、もう少し自信のある顔を見せてくれ」
レオン「……努力します」
シオン「それでいい」
そう言い残し、シオンは部屋を後にした。
レオンは再び、折れた愛剣を見つめた。
少年剣聖。
あの可憐な少年の剣は、恐ろしいほど強かった。
だが、それ以上に衝撃だったのは、シオンの実力である。
自分を圧倒した少年の剣を、シオンはほとんど危なげなく受け止めていた。
レオン(……上には上がいるんだな)
まだまだ、自分は未熟だ。
剣聖などという呼び名には、とても届かない。
それでも。
レオン(……だからって、ここで終わるわけにはいかない)
王国軍は、今も西方戦線で戦っている。
仲間たちも、自分の帰りを待っている。
次に戦うときには、少しでも強くなっていたい。
レオン「……まずは、新しい剣を何とかしないとな」
ふと、学園でのクラリッサの言葉を思い出す。
クラリッサ『もし剣が折れちゃったら、マリアベル先輩に新しいの作ってもらおうよ!』
レオン「……まさか、本当に折れるとはな」
思わず苦笑した。
しかし、レオンの胸には、もう一つの疑問が残っていた。
少年剣聖がシオンに向けた言葉。
そして、シオンの答え。
――何度だって来るさ。今度こそ、守り抜くためにな。
レオン(……あれって、どういう意味だったんだ?)
以前に言葉を交わしたのは、ほんの一度だけ。
シオンという人物について、レオンはほとんど何も知らない。
それなのに、今日の彼の姿には、どこか不思議な懐かしさと、説明できない重みがあった。
夕暮れの西方戦線で、レオンは折れた剣を握りしめた。
レオン(……次は、そう簡単には負けない)
敗北を知ったレオンの剣は、新たな境地へ向かおうとしていた。
そして、シオンと少年剣聖が交わした謎めいた言葉は、誰にも知られない過去と、まだ訪れていない未来を静かにつないでいた。




