第105章 再会
北境、魔王軍南方包囲線。
停戦から二日目。
昨日まで剣戟と砲声が響いていた街道を、王国軍の負傷兵を乗せた馬車が進んでいた。
魔王軍は停戦協定に従い、監督兵を配置したうえで通行路を開放している。
王国軍騎士「……本当に通れるのでしょうか」
フィオナ「協定に基づく通行だ。こちらが規律を守れば問題ない」
レオン「……昨日まで戦ってた相手だから、変な感じだけどな」
ルミナ「レオン様。魔王軍側に敵対行動は確認されておりません」
フィオナは負傷した右腕を庇いながら、馬車の誘導を続けていた。
レオン「フィオナ。右腕、まだ痛むんだろ?」
フィオナ「……少しな。だが、このくらいは平気だ」
レオン「いや、無理するなって」
フィオナ「お前も人のことは言えないだろう」
そのとき、アルセリア辺境伯の声が響いた。
アルセリア辺境伯「……全軍、前進。負傷者を優先せよ」
王国軍騎士「はっ!」
隊列が動き始める。
激戦の末にも破れなかった包囲網。
その道が、今は静かに開かれていた。
レオン(……あれだけ戦っても突破できなかった道が、話し合いで開くなんてな)
レオンは複雑な思いで、遠ざかる魔王軍の陣地を見つめた。
王国軍合同陣地。
アルセリア辺境伯軍と王国解囲軍が、ついに正式な合流を果たした。
王国解囲軍指揮官「辺境伯閣下! ご無事で何よりです!」
アルセリア辺境伯「……貴官らもよく戦った」
王国解囲軍指揮官「包囲を突破できず、申し訳ございません!」
アルセリア辺境伯「……貴官らが外から敵を牽制したからこそ、我々も持ちこたえられた」
将兵たちは再会を喜び合った。
だが、その傍らでは戦死した仲間を悼む姿も見られた。
北境戦役は、多くの命を奪った。
アルセリア辺境伯「……戦死者の確認を急げ。負傷者の後送を最優先とする」
その後、王都からの報告が確認された。
アルセリア辺境伯「……レオン。王都の兄たちは無事だ」
レオン「本当ですか、父上?」
アルセリア辺境伯「ああ。二人とも近衛騎士団で任務を果たしている」
レオン「……よかった」
レオンの二人の兄は、ともに王都の近衛騎士団に所属している。
しかし、父の表情は厳しかった。
アルセリア辺境伯「……西方では、まだ戦争が続いている」
王国の危機は、終わっていなかった。
合同陣地の一角。
レオン、フィオナ、ルミナが学院の救援部隊の区画へ入ると、真っ先にエリシアが駆け寄ってきた。
エリシア「レオン様! ルミナさん!」
レオン「……エリシア!」
エリシア「よかった……本当に、ご無事で……!」
エリシアは涙ぐみながら、二人の姿を確かめた。
ルミナ「エリシア様。ご心配をおかけいたしました」
エリシア「ルミナさんまで危険な場所にいると聞いて、ずっと心配していたんですよ!」
ルミナ「……ありがとうございます。私も、皆様に再会できて嬉しく思います」
そこへ、学院の仲間たちが集まってくる。
セシリア「レオン、ルミナ! よく戻ったな!」
アーヴェル「……二人とも無事で何よりだ」
ヴィクトリア「本当ですわ! どれほど心配したと思っておりますの!」
カグラ「……三人とも、生きててよかった」
カグラはレオンたちを順番に見つめた。
それからフィオナの負傷した右腕に目を留める。
カグラ「……フィオナ。その腕、痛そう」
フィオナ「……ああ。少しな」
カグラ「……無理しないで」
フィオナ「……ありがとう。気をつける」
普段は言葉少ないカグラだったが、その声には確かな安堵が滲んでいた。
そこへ、ソフィアが薬箱を抱えて駆け寄ってきた。
ソフィア「レオン様! ルミナさん! フィオナさんも……!」
レオン「……ソフィア!」
ソフィア「本当によかったです……。皆さんが戻られるまで、ずっと心配で……」
ソフィアは胸を押さえ、深く息を吐いた。
しかし、すぐにフィオナの右腕へ目を向ける。
ソフィア「……フィオナさん、そのお怪我、まだ痛むのではありませんか?」
フィオナ「……多少はな」
ソフィア「でしたら、後で傷を診せてください。私も治療薬を用意してありますので」
フィオナ「……助かる」
ソフィア「レオン様とルミナさんも、念のため診察を受けてくださいね」
レオン「……俺たちも?」
ソフィア「はい。無理をされていたのは、お二人とも同じでしょう?」
控えめな口調ながら、譲る気配はなかった。
そこへ、銀紫色の髪を揺らしてセレフィアが現れる。
セレフィア「……皆さん。お帰りなさい」
レオン「セレフィア先生!」
セレフィア「三人とも、本当によく戻ってきてくれましたね」
セレフィアは穏やかに微笑んだ。
セレフィア「報告を読むたびに、皆さんのことが心配でした。こうして顔を見られて、ようやく安心しました」
ルミナ「……先生。ありがとうございます」
セレフィア「ルミナさんも、よく頑張りましたね」
セレフィアはルミナの頭へ、優しく手を添えた。
ルミナは少し驚いたように瞬きをする。
ルミナ「……私は、できることをしただけです」
セレフィア「それでも、無事に帰ってきてくれたことが何より嬉しいのですよ」
続いて、フィオナへ向き直った。
セレフィア「フィオナさんも、レオン君たちを支えてくださったそうですね」
フィオナ「……こちらこそ、二人には随分助けられました」
セレフィア「ならば、三人とも頑張りすぎたということでしょうね」
そう言って微笑む。
その背後から、眠たげな声が聞こえた。
ミレイユ「……はーい。感動の再会中に失礼するねぇ」
レオン「……ミレイユ先生!?」
保健医のミレイユだった。
いつもどおり眠たそうな目をしているが、その視線は三人の身体を素早く観察していた。
ミレイユ「レオン君、ルミナちゃん、フィオナさん。三人とも診察決定ね」
レオン「……えっ、今ですか?」
ミレイユ「当然。戦場から帰ったばかりでしょう?」
レオン「……でも、俺は別に怪我してないですし」
ミレイユ「怪我してない人ほど、後から倒れるのよねぇ」
ミレイユはフィオナの右腕へ目を向けた。
ミレイユ「……それと、フィオナさん。その腕は最優先」
フィオナ「……まだ動けます」
ミレイユ「動けるかどうかじゃなくて、きちんと治すかどうかのお話ね」
フィオナ「…………」
フィオナが言葉に詰まった。
ミレイユ「ルミナちゃんも魔力を随分使ったんでしょう? ちゃんと休まないと駄目よぉ」
ルミナ「……承知いたしました」
最後にレオンへ笑顔を向ける。
ミレイユ「レオン君も強制休憩ねー」
レオン「……またですか!?」
ミレイユ「保健医の診断です。反論禁止だよー」
以前にも聞いた覚えのある言葉だった。
レオン(……戦場を生き延びたのに、先生たちには勝てる気がしない……!)
そこへセルジュも顔を見せた。
セルジュ「……三人とも、よく無事に戻った」
レオン「セルジュ先生!」
セルジュ「まずは休養だ。今はそれが最優先だぞ」
短くそう告げると、セルジュは他の生徒たちの確認へ向かった。
その直後。
クラリッサ「レオーーーン! ルミナちゃーーん!」
レオン「……うわっ!?」
クラリッサが勢いよく駆け寄ってきた。
クラリッサ「二人とも生きてたぁぁ! よかったよぉぉ!」
ルミナ「……クラリッサ様。ご心配をおかけいたしました」
クラリッサ「もう! 心配したんだからねぇ!」
そしてフィオナを見る。
クラリッサ「フィオナさんも無事だったぁ!」
フィオナ「……ああ。何とかな」
クラリッサは満面の笑みを浮かべた。
クラリッサ「三人とも帰ってきてくれて、本当によかったぁ!」
その言葉に、レオンもようやく肩の力を抜いた。
しかし。
クラリッサ「……ところで、レオン」
レオン「……何?」
クラリッサ「いつ婚約したのぉ?」
レオン「…………は?」
感動の再会は、一瞬で妙な方向へ転がり始めた。
クラリッサ「竜族の女将軍さんとぉ!」
レオン「……はあああっ!?」
そこへマリアベルとリリアーナが現れた。
マリアベル「レオン! あなた、あの女将軍の角を斬ったでしょう!」
レオン「……斬ったけど」
リリアーナ「……片方の角の先端ですね?」
レオン「……そうだけど?」
リリアーナ「……興味深いです。非常に」
無表情のリリアーナ。
しかし、その瞳は研究への興奮で輝いていた。
リリアーナ「……角の損傷と求愛行動に関連性がある可能性。ぜひ調査したいです」
レオン「……どうしてそうなる!?」
クラリッサ「求婚の儀式だったんだよぉ!」
マリアベル「未知の文化だからこそ研究する価値があるのよ!」
リリアーナ「……本人への聞き取りを希望します」
レオン「……やめてくれ!」
リリアーナ「……では、角の魔力反応の測定から」
レオン「……それも駄目!」
アーヴェル「……そもそも婚約だという根拠がないだろう」
マリアベル「だから調べるのよ!」
アーヴェル「……調べる前から結論を出すな」
フィオナは呆れた表情を浮かべた。
フィオナ「……お前、敵の将軍にまで何をしてきたんだ?」
レオン「……俺が聞きたいよ!」
ルミナ「レオン様。婚約の成立は確認できません」
レオン「……ありがとう!」
ルミナ「ただし、ヴェルセリア将軍の態度には明確な変化がありました」
レオン「……そこは言わなくていい!」
その様子を見ていたミレイユが、小さく笑った。
ミレイユ「……あらあら。戦場から帰った途端、恋愛騒動かなぁ?」
セレフィア「……ふふ。皆さん、本当に元気ですね」
ミレイユ「でも、恋愛研究より先に診察ねぇ」
レオン「……先生、それは賛成です!」
笑い声が響いた。
ようやく取り戻した、学院らしい騒がしさだった。
午後。
両軍の指揮官による停戦会談が開かれた。
魔王軍側から現れたのは、ヴェルセリア・ドラグレイン。
片方の角は、先端が斬られたままだった。
ヴェルセリア「アルセリア辺境伯。負傷者の引き渡しについて確認したいことがある」
アルセリア辺境伯「……聞こう」
ヴェルセリア「我が軍は指定された通行路を開放する。ただし、双方の部隊に監督役を配置したい」
アルセリア辺境伯「……異存はない」
会談は順調に進んだ。
しかし、随行していたレオンが視界に入った瞬間。
ヴェルセリア「…………!」
ヴェルセリア(……レオン様……!)
女将軍は慌てて平静を装った。
ヴェルセリア「……ところで、レオン様のご意見は?」
レオン「……えっ?」
アルセリア辺境伯「…………」
ヴェルセリア「…………」
ヴェルセリア「……失礼。王国側のご意見を伺いたい、という意味だ」
レオン(……また様がついてる!?)
本人は取り繕えたつもりだった。
しかし、会談に同席した将校たちには、彼女の変化が明らかだった。
アルセリア辺境伯も、何も言わずに息子へ視線を向ける。
レオン(……父上、その目は何ですか!?)
会談終了後。
レオン「……ヴェルセリア将軍」
ヴェルセリア「…………!」
レオン「……角、その後は大丈夫か?」
ヴェルセリア「……っ!」
ヴェルセリア(……私の傷を気遣ってくださるとは……!)
女将軍は懸命に平静を保った。
ヴェルセリア「……問題ない。戦場で受けた傷だ」
レオン「……そうか。よかった」
その一言で、彼女の頬が赤くなる。
ヴェルセリア「……レオン様は、お怪我など……?」
レオン「……俺は大丈夫だけど」
ヴェルセリア「……そうか。それは何よりだ」
声が柔らかくなった。
ヴェルセリア「……その、またお会いできればと思う」
レオン「……え?」
ヴェルセリア「剣術の話だ!」
レオン「……いや、何も聞いてないけど」
ヴェルセリア「…………!」
女将軍は真っ赤になった。
ヴェルセリア「……また、会おう」
レオン「……ああ。またな」
嬉しそうに微笑むヴェルセリア。
しかし、レオンはその恋心に気づかない。
その光景を、三人の少女たちが見ていた。
クラリッサ「……見たぁ!?」
マリアベル「見たわ!!」
リリアーナ「……頬の紅潮、視線の変化、声の柔化。記録しました」
クラリッサ「女将軍さん、レオンが大好きなんだよぉ!」
マリアベル「もう間違いないわ!」
リリアーナ「……恋愛感情の可能性は極めて高いです」
マリアベル「本人に確認しましょう!」
レオン「……やめろ!」
リリアーナ「……質問項目は用意済みです」
レオン「……用意するな!」
クラリッサ「恋愛研究会、結成だねぇ!」
リリアーナ「……賛成です」
レオン「……勝手に結成するな!」
そこへカグラが通りかかった。
カグラ「……三人とも、楽しそう」
レオン「……楽しそうで済ませないでくれ!」
カグラ「レオン、頑張って」
レオン「助けてくれよ!」
久しぶりに、戦火の消えた北境へ明るい声が響いた。
一方、セレスティア王国王宮。
西方諸国連合の侵攻は続いていた。
王国伝令「陛下! 西方諸国連合軍が進撃を継続しております!」
国王「……防衛線の状況は?」
王国軍務高官「各地の守備軍が抵抗しております。しかし、敵は複数の経路から圧力を強めています」
王国外交高官「連合諸国の要求にも違いが見られます」
国王「……そうか」
北境での停戦によって兵力再編の余地は生まれた。
しかし、北境の将兵は疲弊している。
国王「北境の軍を直ちに西方へ移すことはできぬ。まずは西方の防衛線を維持せよ」
王国軍務高官「はっ!」
国王「同時に、連合内部の事情を調べよ。すべての国が同じ目的で動いているとは限らぬ」
王国外交高官「承知いたしました」
王国は軍事と外交の両面から、西方諸国連合への対応を進めることとなった。
王宮の外交会議室。
ラプソディアは王国側の外交担当者と、和平交渉を続けていた。
ラプソディア「北境での停戦が守られていることを、魔王陛下も喜ばしく思われております」
王国外交高官「しかし、正式な和平条約には、なお協議が必要です」
ラプソディア「もちろん、承知しております」
王国外交高官「古代遺跡の共同調査については検討できます。しかし、魔力の再配分となれば別問題です」
ラプソディア「ご懸念はもっともでございます」
王国外交高官「王国の土地や民に危険が及ぶ可能性を無視することはできません」
ラプソディア「ですからこそ、まずは共同調査によって事実を明らかにしたいのです」
王国外交高官「……調査への協力と、魔力再配分への同意は別問題です」
ラプソディア「ええ。その点に異論はございません」
双方は慎重に言葉を交わした。
古代遺跡の共同調査と魔力環境についての協議は継続される。
しかし、魔力再配分の実施は、まだ何も決まっていなかった。
北境、王国軍合同陣地。
アルセリア辺境伯は主要指揮官を集め、今後の方針を伝えた。
アルセリア辺境伯「……北境の停戦は維持する」
フィオナ「はい」
アルセリア辺境伯「だが、西方では戦争が続いている」
レオン「……西方諸国連合、ですか」
アルセリア辺境伯「そうだ。王都から追加の指示が届く可能性もある」
アーヴェル「まずは兵力の再編と負傷者の後送を優先すべきでしょう」
アルセリア辺境伯「……そのとおりだ」
アルセリア辺境伯はレオンへ視線を向けた。
アルセリア辺境伯「レオン。学院の者たちも、よく戦ってくれた」
レオン「……はい」
アルセリア辺境伯「まずは身体を休めよ」
レオン「……分かりました、父上」
その言葉に、レオンはようやく肩の力を抜いた。
夕刻。
レオンが宿営地で休んでいると、伝令が一通の手紙を届けてきた。
王国軍伝令「レオン様。魔王軍側からお手紙が届いております」
レオン「……俺に?」
差出人は、ヴェルセリア・ドラグレイン。
封を開くと、美しく整った文字が並んでいた。
――レオン様。
先の戦闘で拝見した貴殿の剣技には、深く感銘を受けた。
停戦が実現したことを、武人として喜ばしく思う。
今後、両軍の相互理解のため、剣術について意見を交わす機会があれば幸いだ。
なお、この申し出に私的な意図は一切ない。
貴殿の健康と今後の活躍を、心より願っている。
ヴェルセリア・ドラグレイン。
レオン「…………」
レオン(……何でわざわざ『私的な意図は一切ない』って書くんだ?)
その背後から声が響いた。
クラリッサ「……あっ! 女将軍さんから恋文だぁぁ!!」
レオン「……うわっ!?」
マリアベル「見せて! 貴重な研究資料よ!」
リリアーナ「……全文の確認を希望します。筆跡の分析も行いたいです」
レオン「……絶対に渡さないから!」
クラリッサ「えええっ!? 大切にしてるのぉ!?」
マリアベル「怪しいわ!」
リリアーナ「……では、内容を口頭で説明してください。質問は二十項目です」
レオン「……多すぎるだろ!」
クラリッサ「恋愛研究会、活動開始だねぇ!」
リリアーナ「……記録を始めます」
レオン「……だから結成してないって!」
その騒ぎを聞きつけ、ミレイユが顔を出した。
ミレイユ「……あら。まだ騒いでるのー?」
レオン「先生! 助けてください!」
ミレイユ「はいはい。恋愛相談は診察の後ねぇ」
レオン「……恋愛相談じゃないです!」
少し離れた場所で、ソフィアが困ったように微笑んだ。
ソフィア「……レオン様、お疲れさまです」
カグラ「……大変そう」
セレフィアも苦笑する。
セレフィア「……皆さん、ほどほどにしてくださいね」
笑い声が、久しぶりに戦火の消えた北境の夕空へ響いた。




