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解析

「アイリス。魔法陣を見せてもらってもいいですか?」


「はい。ちょっと待ってくださいね」

アイリスは皮のリュックサックの中から、一冊の古ぼけた書物を取り出す。

年季の入った代物だ。

貴重な物に違いない。


「ずいぶん年季の入った本ですね」


「あぁこれですか? これは買った当初からこうなんです」


「買った当初?」


「はい。これでも新品なんですよ」


「まさか……、古びた加工を施しているとか」


「そうみたいですね。前に魔法学校の同級生が先生に『なんで古本なんですか?』と尋ねたことがあったんです」


「それで?」


「先生は

『それは古書加工という、特別な加工なんですよ。

だって真新しい本を持ってる魔法使いなんて、素人っぽいでしょ。

だから、魔法学校の生徒は、皆魔法書を雑に扱って、ボロボロにする。

これが問題になりましてね。

それから、じゃあ最初から古書加工にしよう。そう決まったのです』

そうおっしゃいました」


「なるほど、一理ありますね。すみません。それで魔法陣は?」


「魔法陣はこちらです。これが今回のファイアボールの魔法陣で、もう少し上の階級のは、こちらの頁です」


「見せてもらっても?」


私は思わず手を伸ばしかけ、物理的な接触ができないことを思い出した。


「どうぞ。私がめくるので」

アイリスが近づき、

本をめくってくれる。


少し緊張するが、集中しよう。


「この魔法陣の意味はわかりますか?」


「いえ。わかりません。学校では、この魔法はこう書いて、詠唱を唱えるという指導でしたから」


「なるほど。神様。この魔法陣の意味とかご存じないですか?」


神様は魔法書に顔を近づけ、じっと見る。


「ここの文字はサラマンドラ。ここは数字ですね。この数字は10」


「神様すごい」

アイリスは顔が紅くなっている。


「なるほど、ではここが契約精霊の名前、ここが魔法の出力量ということでしょうか?」

私は神様の顔を見る。


「そうでしょうね。ほぅ。こういうふうにできているのか……」


「神様もご存じなかったのですか?」


「私が作ったわけじゃないですからね」


「他の文字などは判別できますか?」


「うーん。一応古代文字なのですけどね。悪筆なのでしょう。ちょっと読みにくいですね」


なるほど。では同じ系統の文字を探して、文字の分類をしてみよう。

「あの、アイリス。

紙とペンはありますか?」


「神ならここに……」

神様は言った。


「神様の神ではなく、字を書くのに使う紙のほうです」

と私が言うと、神は舌を出して笑った。


なんだ、ユーモアか。

神様というのは、こういうこともするんだ。

もっとお堅い存在だと思っていた。

しかし、お堅い存在である大学教授も冗談は言うし、

変な先入観だったのかもしれない。


「道具屋に行けば売ってます」


「もしや、高いのですか?」


「ペンが0.3Gくらい。インクが0.2G。紙が10枚で0.1G程度です」


少し高いな。


「アイリス。

同じ系統の文字を探して、文字の分類をしてみたいのです。

文字の分類ができると、この文字が何を表しているかがわかる可能性が出てきます。

すると新しい魔法や、魔法の出力の調整などを行うことができる可能性があります」


「そんなことできるのですか?」


「はい。先ほどのファイアボールの魔法ですが、神様が言われたのが、ここがサラマンドラの名前、これは契約精霊の名を入れる部分です。そしてここが数字。恐らく出力です」


「出力というのは?」


「推測が正しければ、ファイアボールに込めるエネルギー値のことになるかと思います」


「そうだとしたら、どうなのですか?」


「例えば、この数字を10から1に変えると、ファイアボールの強さが一割程度の強さになります。たぶんそうなると、魔力の消費量も一割程度に抑えられます」


「それが何かの役に立つのですか?」


「たとえば、今のスライムが一割の魔力消費で倒せるとわかったら、どうですか?」


「もっとたくさん倒しても、辛くならない」


「そうです。単純計算で一日90匹の討伐が可能です」


「それ、すごいじゃないですか」


「そうです。

ただ、こんな単純なことを教えていない理由も気になります。

それは触ってはいけないものなのかもしれないし、逆に誰も気がついていないのかもしれないし」


「そうですね。少し怖くもありますね」


「ですから、少し研究をして、安全を確認しながら、少しずつ慎重に実験をしていくほうが良いのではないかと」


「わかりました。じゃあ紙とペンとインクを買いに行きましょう」


私たちは道具屋に買い物に出かけ、紙とペンとインクを買った。


「進さん。それで、これからどうしますか?」


「ここに書かれている文字を紙に写してくれませんか。同じ形の文字は省いて」


「はい」


私たちは、魔法書の魔法陣に書かれた文字と、書き抜いた文字を見比べながら、読み進める。

一時間ほどで、十頁ほどの文字を書き抜けた。


なぜか、意識がぼーっとする。


「意識がぼーっとしてきました」

と私が言うと、


「今日は、これでおしまいということです。元の世界に戻りますよ」

そう神様は言った。


アイリスが泣きそうな顔で私を見ている。


大丈夫……、

そう言いかけると、

私はアパートの部屋に戻っていた。


あぁ、夢か……。

私は一瞬そう思ったが、

夢でない可能性も考えた。


とりあえず、大学に向かおう。

私は準備をする。


神様が言っていたが、疲労感はない。

精神的な疲労もないようだ。


むしろ良い休日の翌朝のような爽快感がある。

経験したことはないが、

デートなどをした翌日は、このような感じなのだろうか。


ふと思った。


駄目だ。

駄目だ。

相手は十五歳の少女。

三十八歳にもなる大人が、邪な気持ちを持つべきではない。


私は大学に向かった。


何の変わり映えもない大学。

虫の声だけがやけに浮いていた。


昼休み。

私は食事を済ませ、

図書館を覗く。

言語学の基本的な部分を確認した。


まぁ夢だと思うが、準備を怠ることはできない。

しかし、

先日の池田教授の件もあるし、

やはり現実なのかもしれない。


魔法の解析は、

ウイルスのゲノム解析のようなものなのだろうか。


私はぼんやりと、取り留めのない言葉に支配されていた。


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