地味な魔法使いは覚醒できるのか?
少し暗くなってきたので、
アイリスは宿屋を取った。
四畳半くらいの大きさの質素な部屋だ。
宿の隣の食堂で食事を摂り、
部屋に戻る。
「もう良いでしょ。進さん。お話ししてください」
アイリスは言った。
十五歳の少女と、三十八歳の男が同じ宿にいる。
倫理上問題があるような気がした。
「神様、出てこれますか?」
「はい。何か?」
「いえ。打ち合わせをするので、途中で何かアドバイスとかあれば、参加していただきたいと思って」
「わかりました。アイリス。今日は大活躍でしたね。かっこよかったですよ」
「神様。ありがとうございます」
アイリスはとても嬉しそうだ。
「それで、進さん。覚醒のような現象は起こり得るというのを詳しく」
アイリスの目は真剣だ。
しかし、この概念をどう説明しよう。
フィードバックループを理解できるか?
指数関数的に動くというのを理解できるか?
謎だ。
アイリスの経験、知識。
まるでわからない。
「アイリスは、魔法を含めた技術の成長って、毎日少しずつ、同じ分だけ、上達すると思いますか?」
「魔法を学ぶまでは、そう思っていましたが、実際には違いますよね」
「そうですね。ではどんな成長具合でした?」
「初めの一週間くらいは、魔法が使えず、私には才能がないのかもと思ってました。
でも一週間経ったある時、急に魔法が使えました」
「その後は、毎日少しずつ、同じ分だけ上達しましたか?」
「いえ。魔法は使えるようにはなりましたが、上達はしませんでした」
「その後に上達したのは?」
「一月後くらいですかね。急に魔法の操作が楽になりました」
「今アイリスが言ったのが、覚醒のような現象は起こり得るということの答えなのです」
「今言ったのが……、
つまり、ずっと停滞していたのが、急に動き出す瞬間ということですか?」
「そうです」
「そう言われると、たしかに覚醒のような現象とも言えますね」
「そうでしょ。ですから、アイリスも覚醒はしているのですよ。ただ華々しい印象がないだけで」
「そっか。すごい華々しさを想像していたから、印象が違ったのか……」
「そうです。そして、この覚醒にはいくつかの形式があると思います」
「いくつかの形式?」
「はい。以前に魔法学校でアイリスが経験したのが、技術の定着による覚醒。
そして、今回、アイリスが経験したのが、手法や知識による覚醒です」
「技術の定着による覚醒というのは、冒険者として依頼をこなしていく上での成長で、手法や知識による覚醒は、やり方を覚えたことでの覚醒ということですね」
「そうなりますね」
「そうか……、今回の物陰に隠れる方法でも、火力さえ強ければ、大型の魔物も倒せたりするんですよね」
「理論上はそうなるでしょうね」
「そうですか」
「でも、物陰に隠れ攻撃するのは狡いですよね」
「狡くはないでしょう。私の世界でも、戦争では、多くの兵士が物陰に隠れて攻撃しますよ。狩猟でも、獲物に気づかれない距離から弓を使います。正面から殴り合うことだけが正しい戦い方ではありません」
「えっ。
じゃあ物陰に隠れて、狡いなと思っていましたけど、そんなこともないのかもですね。
でも他のパーティ所属の魔法使いよりは狡いのでは?」
「前衛の影に隠れて、魔法を撃つのと、木陰に隠れて魔法を撃つのと、やってることは大差ないのでは?」
「そ、そう言われてみれば、そうですね」
アイリスは少し考え込んでいる。
しばらく放置しておこうか。
「進さん。私、自信が持てました」
「そうか。それは良かった」
「実はパーティを組めないのが、ちょっと気になっていたのです。
教えてもらった方法。
いいなとは思ったけど、狡いんじゃないかなって思って。
でも他の魔法使いと、やってることは同じだと思うと、スッキリしました」
そんなことを考えていたのか……。
まぁしかし、無理もないかもしれないな。
「ところで、この世界の魔法とは、あのファイアボールだけなのですか?」
「いえ。そんなことないですよ。私が契約しているのは、火の精霊なので、火系の魔法を使うだけです。風とか水とか、土とか光とか、色々あります」
「そうなんですか。その契約というのは、どうやってするのですか?」
「精霊の神殿に行き、契約をします。神殿に契約金を支払い、供物を出せば、魔法は使えます」
サブスクリプション契約のようなものか……。
「複数の精霊と契約することとかは?」
「できますよ。ただお金がかかるので、する人は少ないです」
「その供物というのは、一度出せば、ずっと使えるのでしょ」
「まさか。年間でいくらと決まっています」
「ちなみに火の精霊で」
「契約金は10G。年間の供物で10Gです」
「結構するのですね」
「そうですね。でも供物は冒険者ギルド経由で支払うこともできますから」
「冒険者ギルドはそんな機能も」
「はい。遠くの知り合いに送金もできますし、お金も預かってもらえます」
「なるほど。便利ですね。ちなみに魔法というのは、そもそもどうやって使うのですか?」
「まず精霊の神殿に行き、契約し、契約金を支払い、供物を出します。ここで魔法を使う資格が得られます」
パソコンを買って、プロバイダー契約をするようなものか……。
「それで?」
「そして魔法学校に通い、その精霊の魔法を学びます」
コンピューターの専門学校に行き、プログラミング言語を学ぶみたいなものだろうな。
つまり、神殿と契約すると魔法を使う資格が得られる。
ただし、実際に発動させる方法は学校で学ぶと。
「それで魔法の使い方を学び、使えるようになったら、冒険者などの仕事で報酬を得て、それを神殿に戻すと」
「そういうことです」
なるほど。
「たしか……火の精霊サラマンドラよ。古の契約により、我に力を与えたまえ。でしたっけ」
「はい、そうです」
「あの古の契約というのは?」
「あれは神殿側と、火の精霊サラマンドラが結んだ契約です。毎年供物を提供する代わりに、神殿の信者に力を貸してください。そういう類いの契約です」
「なるほど。神殿側が一括で火の精霊サラマンドラと契約を結んだわけですね」
「そうです」
「火の魔法はファイアボールだけなのですか?」
「いえ。他にもいろいろありますよ」
「それは使わないのですか?」
「使用する魔力量が多くて……」
「なるほど。今の容量だと使えないというわけですね」
「そうなります」




