地味な魔法使い
「進さんは、お優しいのですね」
「優しい?
合理的に考えただけです。
アイリスさんが倒れれば、全ては終わります。
ですから私は、
アイリスさんが倒れない安全域を作るだけです」
「そうですか。そうですよね。
でも……、
泣くな。
努力で根性で、
やれと言われると思っていました」
「そんなブラック企業みたいなこと言いませんよ。
安全に任務を遂行しましょう」
「はい」
心なしか、アイリスは嬉しそうだった。
口角の上がり方が自然だった。
私が作り笑顔をする時のような不自然さはない。
この子はいったい……、
どんな人生を送ってきたのだろうか。
いけない。いけない。
個人情報だ。
詮索するのは、
セクハラになってしまうかもしれない。
それから、私がスライムを探し、
アイリスがファイアボールを撃つという作業を繰り返した。
九匹目のスライムを倒した後、
アイリスの顔色が急に悪くなった。
「どうしました?顔色が悪い。
顔色は魔力切れのサインだという事でしょうか?」
「えへ。そうなんですかね。大体、もうダメってなると、身体が急に重く、だるくなるのです」
「スライムのコアを回収して街に帰りましょう」
「はい」
私たちは、
スライムの多発地域から抜け出し、
街から五分くらいの距離の高台で休憩をとることにした。
ビルも、アスファルトも、車もない世界。
この世界が異世界である事は、
明白に思えた。
「進さん、今日はありがとうございます」
アイリスは私の方を向き、笑った。
夕日に照らされて、
ピンク色の髪の毛も、
アイリスの頬も、
少し紅く見えた。
(どきん)
また動悸だ。
「どうしました」
アイリスは私の顔を覗き込む。
近くで見ると、
とても整った顔をしている。
(どきん)
また動悸だ。
「普段は、こんな事は起きないのですが、あなたと会ってから、何度か急に動悸がするのです。心拍が急に跳ね上がるとか……」
アイリスの瞳が少し大きくなった。
「それ、私もなのです。何かの病気でしょうか?」
「私も、その可能性を疑いました。そしておそらく、脱水症状と思われます」
「脱水症状?」
「はい。適切な水分が補給されていない事で、身体の中に水分が足りていないのでしょう」
「そういえば私、お水飲んでいませんでした。水を飲んでみます」
「どうぞ」
アイリスは皮の水筒のようなものから、水を飲みだす。
「あぁ。美味しい。進さんもどうぞ」
水筒を差し出す。
女性と水筒を共有するなんて、
初めての経験だ。
なんだか、とても恥ずかしい。
(どくん)
心拍が跳ね上がる。
いや。
恥ずかしがっていては、
私は三十八歳。
年長者だ。
しっかりしなくては。
私は表情を変えず、
水筒を受け取っ……。
受け取れない。
「取れないですね」
「そうだ。進さんは霊体でしたものね。本当に触れないのですか?」
アイリスは私の頬に手を伸ばす。
(どくん)
心拍が跳ね上がる。
(すーっ)
アイリスの手は、私の身体をすり抜ける。
「やっぱり触れませんね」
アイリスは残念そうに言った。
「触れませんが、私は元々戦闘要員ではありません。頭脳要員です。問題はありません」
沈黙が走る。
何か拙い事を言ってしまったのか。
「そ、そうですね。問題はないですよね」
アイリスは笑った。
その笑顔は、私がいつもするような、ぎこちない笑顔だった。
何か、無理をさせてしまったのか。
私はそう感じた。
私たちはギルドに戻る。
ちょうど依頼を終えて帰って来る時間なのか、ギルドにはたくさんの冒険者たちがいた。
冒険者達は、皆パーティを組んでいるようだ。
アイリスのように、一人で行動している者は少ない。
冒険者ギルドを歩くアイリスは、どことなく頼りなく感じられた。
たったの半月だ。
しかもソロなのだから、
無理もない。
「ここで話をすると拙いので、
私のアドバイスなどに返事をする時は、
はいなら頷き、いいえなら首を振って、合図してください」
アイリスは頷いた。
アイリスは受付に行く。
「お疲れ様です」
受付嬢は言った。
「今日はこれだけです」
アイリスは九つのコアを見せた。
受付嬢は、
なにかの表を見ている。
スライムの単価と討伐数による価格が書かれてあった。
なるほど、計算が苦手な者でも、間違いのないようにという配慮か。
「2.7Gですね。
えっ、アイリスさんですよね。
どうしたんですか? 急にこんなに討伐して」
受付嬢は驚いている。
アイリスは戸惑っている。
「急に討伐の方法を思いついて、やったらできたんです」
と私は耳元で囁く。
「急に討伐の方法を思いついて、やったらできたんです」
アイリスは答えた。
「どんな方法を思いついたんですか?」
受付嬢は前のめりになった。
アイリスは戸惑っている。
「あ、あの……」
「スライムに気付かれないように、遠くから撃つようにしました」
と私は耳元で囁く。
「スライムに気付かれないように、遠くから撃つようにしました」
アイリスは答えた。
「あぁ、なるほど」
受付嬢の勢いは一気に下がった。
受付嬢はどんな想像をしていたのだろうか。
「この受付嬢は、どんな想像をしていたのでしょうね」
私は呟く。
「どんな想像をされていたのですか?」
アイリスは受付嬢に尋ねた。
「いえ。急に能力に覚醒して、強くなる人っているんですよ。その類かと」
受付嬢は笑った。
「すみません。地味な方法で」
アイリスの表情は曇った。
「いえいえ。魔法使いのソロでしたら、最高に良い方法だと思います。安全第一ですからね。
2.7Gです。
成長しましたね。アイリスさん」
受付嬢は報酬を差し出した。
「ありがとうございます」
報酬を受け取るアイリスの手は、微かに震えていた。
私たちは、
ギルドを後にする。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。私、褒められちゃいました」
アイリスは笑った。
その笑顔には、
嬉しい気持ちと、なにか言いようのない感情が表れている気がした。
「覚醒とか、気になりました?」
「いえ。そんな事はありえませんもの」
その顔には、期待を持ちたい気持ちと期待への諦めが同居しているように感じられた。
「覚醒って、大げさに考えると、ないように思えますけど、実際は覚醒のような現象は起こりえるんですよ」
私は答えた。
アイリスは、
私をじっと見つめた。
彼女は透き通るようなキレイな瞳をしていた。
この瞳が、穢されないように保護したい。
なぜだか……、
そんな気持ちになった。
「進さん……、詳しく教えてください」




