討伐と解析
仕事を終え、私は部屋に帰る。
最低限の栄養補給と睡眠をとるためだけの場所だったはずの、
アパートの部屋は、
なにか大切な物のように思えた。
私は窓を開け放ち、
百円ショップで買った箒で、
掃き清めた。
(ざっざっざっ)
箒の音が、
部屋に響く。
なんという事のない雑音。
これが生活というものなのか。
そんな風に思った。
物が少ないから、掃除もろくにしなかった。
たまに部屋の隅に溜まる埃をティッシュペーパーで、
取り除くぐらい。
それで十分だと思っていた。
部屋の埃は、
風に舞って、
外に消えていった。
私は、
再び眠りにつく。
この掃除という行為に、
何の意味があるのかわからない。
なぜ掃除したのか?
説明をしようと思えば、
いくらでも思いつく。
ハウスダスト対策とか……。
でも、
今まで掃除しなかった男が、
なぜ掃除したかを説明するのは難しい。
ただ、
汚い部屋は、恥ずかしい。
そう思ったのかもしれない。
気が付くと、
私は、
アイリスの寝顔を見ていた。
とてもキレイな寝顔。
私はしばし見とれていた。
アイリスの目が開く。
私はとっさに目を逸らす。
「おはようございます。進さん」
眠たそうなアイリス。
「あぁ、おはようございます」
私は笑顔を作る。
今日の私は、
自然に笑えているだろうか。
「準備しなくちゃですね」
「すみません。早かったですか」
「いえ。今日は少し寝坊したみたいです」
「昨日は眠れなかったのですか?」
「あんなにスライムを倒して……、
それにいっぱいお話しして、興奮して」
「そうですか。体調は悪くはないですか?」
「大丈夫です。進さんこそ、平気ですか? お仕事だったのでしょ」
「それが不思議と元気です。アイリスに元気を貰っているのかもしれませんね」
「それだと嬉しいです」
アイリスは優しく微笑んだ。
肩の辺りの緊張が解けるのを感じた。
あぁ。
そうか、
ずいぶん緊張が続いていたのかもしれない。
こんなに、ほぐされるような感覚は、初めてかもしれない。
温泉に入っているような。
眠たくなるような。
「私、準備します」
「はい」
「あの……、着替えるのですけど」
「すみません。部屋から出ましょう」
私は扉を開けてもらい、
廊下に出る事にした。
気にはならなかったが、
宿屋は質素な作りだった。
なんの飾り気もなく、
睡眠をとるためだけの場所。
「私のアパートと同じだな」
そう呟いた。
ふと窓のほうから視線を感じる。
猫だ。
猫は私をじっと見つめている。
猫には見えるのか。
そういえば、動物には見えると……。
私は猫に近づく。
そして、
猫の前で、
手を動かしてみた。
エノコログサに、
興奮する猫のように、
猫はあっちこっちと跳びはねる。
(ぎしぎしぎし)
階段を上がってくる音がする。
あの姿は昨日見た店主だろう。
「あらクロ。なに一人で遊んでいるんだい。そこに何かあるのか?」
店主はそう言った。
そうか、
やはり見えていないのか。
(ぎーっ)
ドアの音がする。
アイリスだ。
「おはよう。お客さん。もうお出かけかい?」
店主は言った。
「はい」
「今日も泊まるかい?」
「そのつもりです」
「そうかそうか。じゃあ、その部屋は予約しておくよ」
「ありがとうございます。お金は?」
「宿に入る時でいいよ。冒険者だろ。安全にね」
「はい」
アイリスは私に目配せをする。
私たちは宿屋を出た。
アイリスはパンと飲み物を買い、
スライム討伐に向かう。
昨日と同じ要領で、
私が探し、
アイリスが魔法を使い、スライムを倒す。
目標討伐数を午前中に達成し、
ギルドに戻る。
報酬を受け取り、
宿に戻る。
そしてまた解析を始めた。
一週間。
その生活を続けた。
その頃には、
私の合図が言葉なしでも、
通じるようになっていた。
そして、
ようやく、
初めての実験を行う時が来た。
今日は、
スライム討伐をやめにして、
実験だけにしようという話になった。
実験の為、
周囲に燃え移る物のない、石の多い場所を選んだ。
「昨日説明したように、ここの数字をこれに置き換えてみてください」
「はい。これが出力1ですね」
アイリスは魔法陣を描き、詠唱を唱える。
「火の精霊サラマンドラよ。古の契約により、我に力を与えたまえ。ファイアボール!」
(ぽん)
小さな炎が出て、まっすぐに進んでいく。
そして近くの草にあたり、
一瞬のうちに燃え尽きた。
「小さいのでは?」
「はい。小さい炎が出ました」
「疲れ方は?」
「よくわかりません。でも、あまり変わっていないような」
「次は出力5でやってみましょう」
「はい」
アイリスは魔法陣を描き、詠唱を唱える。
「火の精霊サラマンドラよ。古の契約により、我に力を与えたまえ。ファイアボール!」
(ぼん)
少し大きめの炎が出て、まっすぐに進んでいく。
そして近くの小さな木にあたり、
一瞬のうちに燃え尽きた。
「今度は少し大きいのが出ましたね」
「はい」
「身体は変だったりしませんか?」
「別に……、異変はなさそうです」
それから、
私たちは、全ての数字を試し、
あの数字が出力を意味するという確信を強めた。
その日は、
討伐は行わず、
宿に戻った。
「思った通りの成果が出ましたね」
「はい。魔法を作り変えられるなんて、感激です」
「そうですね。あとはスライムを倒せる出力が、いくらかを調べる事ですね」
「どうやりますか?」
「まずは出力5から始めてみましょう。
そして4、3、2、1という風に徐々に下げていく」
「わかりました」
「疲れ方はどうですか?」
「いつもの半分くらいの疲れな気がします」
「やはり。出力量=魔力消費量なのですかね。一応、基礎の魔力消費があるのかなとも思ったのですが」
「基礎の魔力消費?」
「はい。どんな魔法にも一定量の消費魔力があり、それに出力が足される計算なのかなと」
「そんな風に思っておられたのですね。進さんの考える事は難しいですね」
アイリスは言った。
考える事が難しい。
その言葉が、やけに引っかかった。
「アイリス。その私の考えることが難しいというのは、どんなところからそう思ったのですか?」
「嫌な気分にさせちゃいましたか。ごめんなさい」
「いや。
良いのです。
基本的に私は学者なので、複雑に考えがちなのかもしれません。
しかし、同時に簡素に考える事の重要性もわかっています。
つまり、どう説明していいのか……。
こうです。そのアイリスの気付きが、私の仕事に役に立つかもという事です」
「私がお役に立てるのですか。それは嬉しいです。
でも難しいというのは、印象ですので……」
アイリスは考え込んでいる。




