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旅立ちの準備

「これはアイリス、答えられますね」


「はい。塔に行き、お掃除をして、捧げ物をして、祈りの聖句を唱えます」


沈黙。


「それだけですか?」


「それだけです」


「なぜ、それだけなのに機能していないのですか?」


「アイリス。それは私が答えましょう。

十年ほど前までは、

邪神扱いされているとはいえ、

塔の世話をする者がいました。

ですが、高齢のため、旅立ちました。

子孫もいましたが、辺境の地のため、街に出る者が多く、

今は草や木に覆われた廃墟同然になっています」


「なるほど。過疎化ですね」


「あなた方の世界だと、そうでしょうね」


「それと、こちらでの身体的な影響について伺いたい。怪我や疲労は、本体にも反映されるのでしょうか」


「それは問題ありません。アイリス。彼に触れてごらんなさい」


「えっ。そんな。神様。恥ずかしいですよ」

アイリスは真っ赤になっている。


「では教授。あなたがアイリスに触れてみなさい」


「さすがに、私が触れるのは倫理的に問題でしょ」


「もう……、面倒ですね。

教授。

あなたは霊体ですから、こちらの人や物に触れることはできないのですよ。

そしてアイリス、

あなたも彼には触れることができないのです」


「えっ、そうなんですか……。

わかりました。では触れてみます」

アイリスは真っ赤な顔をして、

恐る恐る私に指を近づける。


私も心なしか、

鼓動が激しくなる。


(すーっ)

アイリスの指先は、

私の腕をすり抜けた。


「えっ」

私とアイリスは、同じ声を上げた。


「すごい」

私は呟いた。


これが霊体か……。


「幽霊のようなものですか?」

私は尋ねる。


「そうですよ」

神は答えた。


「しかし、アイリスといたら、気持ち悪がられるのでは?」


「大丈夫。アイリスと私以外には見えませんから」


「そうなんですか? 霊感がある者には見えるとか」


「あぁ、霊感の強い者と動物とかには、見えるかもしれませんね。

ただその場合は、人として認識するくらいでしょう」


「あの、私には影が出ますか?」


「影は出ませんね。霊体ですから」


「では影が出ていないことに気が付かれると、霊だと認識されるのでは」


「ほう。それは気が付きませんでした。

そこまで勘のいい方がいると、霊だとバレるでしょうね」


「科学者という立場で、質問があれですが、除霊とかされませんか?」


「除霊ですか……。

大丈夫じゃないでしょうか。

基本的に除霊というのは、説得を主としますから」


「説得されたら?」


「このhryutqqの旅より魅力的な提案があると?」


「いや……、ありえないでしょうね」


では、戦闘もしない。物も持てない。傷も負わない。死亡もしないということか……。


「あの、同期されるのは記憶だけですか? 疲労や感情も含みますか?」


「疲労は含みません。感情は同期しますが、感情疲労は抑えられます」


「なるほど」


「では旅立ちの準備をしようと思いますが、この世界の移動手段は何ですか?」


「ここからはアイリス」

神はアイリスを見る。


「はい。徒歩、馬車、馬です」


「その塔から塔までの距離は?」


「徒歩で一月。馬車や馬で二週間かかります。

四つすべてを巡るなら、徒歩で四か月ほどです」


「馬はお持ちですか?」


「いえ。それに乗れません」


「馬車はお持ちですか?」


「いえ。それに、操作もできません」


「馬は高いのですか?」


「はい。こちらの金額で30Gほど」


私は神の顔を見る。


「あなたの貨幣では30万円ほどです」


「手持ちは?」


「10Gです」

アイリスは申し訳なさそうに答えた。


「神様。お金は出せないのですか?」


「無理です」


「では財宝のありかなどの情報は?」


「無理です」


「ではどうやって稼ぐのですか?

10Gで全部の塔を回るのは、物理的に不可能でしょう」


「私、冒険者登録しているので、そのお金で……」

アイリスは嬉しそうに答えた。


「冒険者……、そのお金で……。

神様……。

あまりにも、このアイリスに、負担をかけ過ぎなのでは?」


「それは、わかっています」

神は目を伏せた。


「進さん。

私のことを心配してくださるのは嬉しいですけど、神様を責めないでください」

アイリスは言った。


この子。

こんな状況なのに、

庇うのか?


「アイリス。君はわかっているのか? この旅の過酷さを」


「はい。わかっているつもりです。

でも、進さんがいなくたって、一人でも……」

アイリスは目を伏せた。

アイリスの身体が、小刻みに震えているのがわかった。


「神よ。あなたは卑怯だ。こんな少女に、重い荷物を背負わせて……。

そんな話を聞いたら、断れないじゃないか」


「申し訳ございません」


「わかりました。でも最大限、協力してもらいますよ」


私は考えた。

神にできることと、できないことを。

もしかして……。


「神様。あなたは人の認識に介入できると、言われましたよね」


「はい」


「宗教上のことに他者を参加させられないとしても、

認識操作で、多少の誤魔化しなどならできるのでは?」


「うん……、

話が読めないですね。

具体的には?」


「例えば通行に許可書がいる場所に入る際、

許可を得た者であるように、衛兵の認識に介入するとか」


「なるほど。

それならできるかもしれないですね。

うんうん。それはできそうだ。

おぉ、私もアイリスをサポートできますね」

神は嬉しそうに答えた。


「よかったですね。神様」

神の喜ぶ顔を見て、アイリスも嬉しそうにしている。


ホント、この人たちは……。

私は、

この神と少女が、少し愛おしく思えた。

才能がありながら、気付いていない生徒のように見えたのだろうか。


「それで、冒険者というのは、どういう仕事があるのですか?」


「薬草の採取と、魔物討伐、ダンジョン攻略、護衛などです」

アイリスは答えた。


「それぞれ、どの程度の収入なのですか?」



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