夜の授業
「では受けていただけますか?」
「お受けしたいのは山々なのですが、大学側にどう説明するかですね」
「大学側への説明?」
「はい。今している研究がありますし、新たな調査という形になると、時間も予算も必要になりますし」
「いえいえ。そんなのいりませんよ」
「いや。時間はいるでしょ。予算も」
「来てもらうのは、夢の中だけです。予算もこちらが用意します」
「夢の中……、少しシステムが理解できませんが、私が寝ている間に、そちらの仕事をすると?」
「そうなります」
「あの、ご存じですか?
人は寝ないと、動けなくなります。
特に我々のような研究職は寝ている間に、脳の整理をしますので、あなたの提案は不可能です」
「それは大丈夫です」
「どのようなシステムですか?」
「あなたのデータ上の複製をこちらに作り、そしてあなたが寝ている間に、同期を行います」
「それであれば、負荷は低そうですが……、可能なのですか?」
「数値を提供したところで、その数値が改ざんされている可能性も考えられるでしょう。
でしたらサンプル的に、一週間お試しされませんか?」
「しかし、試すのもね……」
「わかりました。では一週間分の報酬として、良い事を教えましょう。あなたと仲の悪い池田という教授がいるでしょう。なにかと邪魔してきませんか?」
「いったい、どこまで私の事を調べているのですか?」
「一応これでも神なのですよ」
「なるほど、そういうお立場の方なのですね」
「それで、その池田教授と明日の朝、給湯室でばったりと出会います。
気まずい雰囲気になりますから、その時、学生時代に好きだった映画の話をしてみなさい。話が盛り上がり、対立構造が解けますから」
「学生の頃……、まぁありますが、池田教授は堅物で有名です。話が盛り上がりますかね」
「大丈夫です。それで私の実力がわかりますから」
「わかりました。やってみましょう。効果があるようなら、お手伝いします」
「じゃあ。今日はこの辺で」
そう言うと、夢は終わった。
翌朝、目が覚めても、夢の事は覚えていた。
日課の運動をし、
大学に向かう。
給湯室に行くと、池田教授とばったり会った。
「池田教授おはようございます」
「竹下教授おはようございます」
そこで会話が途切れた。
明らかに嫌そうな顔をしている。
映画の話か……。
「私、学生時代。愛と電車と機関銃という映画が好きだったんですよ」
私は言った。
「あの映画をご覧になったのですか?」
池田教授の目が少し大きくなった気がする。
「はい。金もないのに、映画館に三回通いました」
「五回」
「は……」
「私は五回通いました」
「すごいな」
「亡くなった妻との思い出の作品なんですよ」
「そうでしたか」
「妻が亡くなってからDVDを買いまして、辛くなった時、よく見ました」
「そうでしたか」
「妻とよく作品の解釈論を交わしてね。楽しかった」
「そうでしたか。そういえば私、最後の主人公の台詞
”もう見限ったのか……”あれがよく理解できなかったのですよ」
「それは、私たちも同じでした。
いつもその話題だった。
しかし、完全な正解にはたどり着けなかった。
妻が亡くなって、DVDを買い、何度も見て、先週ようやく答えにたどり着きました」
「そうですか」
「言ってもいいですか?」
「奥さんには?」
「墓前では言いました。でも彼女はもう応えてくれないのですよ……」
池田教授は強く手を握りしめていた。
「私で良ければ、お聞かせください」
「はい。
主人公の相棒のミゲルが、最後に言ったセリフ。
覚えていますか?」
「たしか、今夜限りにしよう。でしたか」
「近いです。
正確には、今宵限りにしようじゃないかです。
あれが、冒頭の生きるというのは……。
苦痛なのか絶望なのか、それとも快楽なのか……につながって、わかるかな」
「もちろん。だから、もう見限ったのか……。につながるんですね。
そう考えると、すべての布石を回収していますね。あのパラシュートパンツも、アンティークの時計も」
「そう。どうでしたか?」
「スッキリしました。二十年ため込んだ疑問でしたから。ありがとうございます」
「こちらもありがとうございます。
ようやく言えた。そして応じてもらえた。
こんなに嬉しい事はありません」
「奥さん。素敵な方だったんでしょうね」
「えぇ、平凡な女性でしたが、私にとっては、かけがえのない存在でした。
私は彼女に出会えた幸運に感謝したい」
「羨ましいですね」
「なにがですか?」
「私には、そんな出会いがありませんでした」
「ははは、大丈夫ですよ。私も同じような事を思っていましたから、
でも出会えた。
学術を志す人間が運命論者になってはいけないと思いますが、
運命というのは、きっとあるのだと私は思います」
「そうですか」
「そうですよ。ではまたお話しましょう」
池田教授はそう言って、その場を去った。
別れぎわの笑顔は、今までに見た事のない表情だった。
あんな堅物を、あそこまでの笑顔にした女性。
本当に素敵な女性だったのだろう。
私は思った。
……
そうして、
私は神との約束に応じ、魔法使いの少女と会うことになった。
「この子がアイリス」
神は少女を紹介する。
「はじめまして、アイリスです。不束者ですが、よろしくお願いします」
肌の色は白く、髪の色はピンク。手足は細く長い。緊張しており少し虚弱そうにも見える。
「はじめまして、竹下進と申します。
ウイルスの研究者をしております。
私にも苦手な事はあります。お互いに補い合えれば幸いです」
私は頭を深く下げた。
深く頭を下げる男性に驚いたのか。
アイリスもペコペコ頭を下げた。
その姿が少し可愛らしく見え、ふと笑ってしまった。
「なにか変でしたか?」
「いえ。少し可愛らしく見えて」
「可愛らしく……」
アイリスは真っ赤になった。
「すみません。失礼でしたね」
私は頭をかく。
「いえ。褒められるのウレシイです」
アイリスの表情は真剣だ。
「では可愛らしくとかは、問題ないと」
「もちろんです。もっと褒めてください」
「はは。そうします」
変わった子だな。
でも……、
嫌じゃない。
私はそう思った。




