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DOOR ――道を開く者――  作者: うわの空
第五章 忘却される者
28/35

3

 私は唖然としたまま、赤茶髪の安物臭い男を見た。男はハンバーグを食べ終え、シュークリームを食べ始めている。

 ――この男に貢がせたプレゼントを全部持ってこい? 私は男の言葉を内心で復唱した。はっきり言う。まず不可能だ。だって、


「ほとんど質に売ってるんだろ、男からもらったブランドもん」


 ホイップクリームを口の端につけた男が笑った。


「……って、お顔の潰れた男性が嘆いてますけど?」


 私は再度、自分の背後を見る。左半面は無表情のままで、なんの特徴もない男が立っている。こんな、どこにでもいそうなしょうもない男のことなんて、いちいち覚えていない。

 けれど確かに、男に貢がせたもののほとんどは、質に売り飛ばした。自分の気に入っているものや、流行っているものは手元に残しても、ブームが過ぎ去ったものだったり趣味じゃないものだったり他の男からの貢物と被った商品なんかは、すべて売り払っている。恐らくこの男からのプレゼントも、ほとんど売り飛ばしたはずだ。それを、全部渡せって?

 赤茶髪の男はトナカイパフェとかいうしょうもないパフェをつつきながら、どこか挑発的な声を出した。


「無理なんだろ、この男から貰ったもの全部ってのは」


 分かっているのなら、なんでそんな注文をしたのか。私がそう思っていると、赤茶髪の男は私の背後を見ながら言った。


「――そちらの男性があんたにあげたもの。ほぼ全部売り飛ばされてるってさ。悲しいよねえ。『お金がなくてファッションにも気を使えない優しい女性』のためにとプレゼントしてきたもの全部、質に持っていかれちゃったんだから。そりゃ、恨みたくもなるよな」

「……そこまで『聞こえてる』のなら分かると思うけど、この幽霊から貰ったものを全部あなたに渡すのは無理よ」

「だろうね。ただ、あんたの手元に一つだけ、その男からのプレゼントが残ってるはずだ」


 この幽霊からの貢物? 覚えてない。この幽霊の正体すら分からないのに、貰ったものなんて覚えているはずもない。

 赤茶髪の男は、パフェに刺さっていたウエハースを食べながら笑った。


「あんたの手元に唯一残ってる、男からのプレゼント。俺にくれるのは、そのひとつだけでいいよ。特別サービス、これ以上は安くしないからね」

「そんな、」

「とりあえず忠告しといてやるけど。その男の人、だいぶチカラがついてきてるから」


 かぼちゃのタルトに突入した男は、かたいタルト生地に苦戦しながらもそんなことを言った。


「……チカラ?」

「悪霊になってるってことだよ。悪霊になればなるほど、一般人も認知しやすくなる。だから、霊感がほとんどないあんたにも、その男の姿が視えるようになってるんだ。……急いだ方がいいんじゃない? このままだとあんたも、その悪霊のチカラに巻き込まれて死ぬから」


 天気予報のような能天気っぷりで、男は笑う。俺の話を信じるも信じないも、あんた次第だけどね。そう付け加えて。


「その男からのプレゼントがどれか分かったら、ここに連絡ちょうだい。……その男の事、よーく思い出すんだね。万が一間違えた商品を選んだら、その男、何しでかすか分かんないからさ」


 一枚の名刺を私に差し出し、男は今度こそかぼちゃタルトに専念した。

 ――道尾開人。

 私は伝票を掴んで、安っぽいその男を置いてきぼりにしたままレジに向かった。



 プラドのバッグ。ファラガモの香水。チャネルのコート。ロレークスの腕時計。

 私は家にあるブランド物を、思いつく限り床に並べた。まるで、窃盗犯の家から押収された商品を並べているような光景だ。

 どれをいつ、どんな男に貰ったか。そんなの覚えているはずがない。大体、私がいつから詐欺師をやっていると思ってるんだろう。少なくとも、十年はやっている。援助交際していた時期も含めれば、十五年以上になるはずだ。現金を頂いて、自分の欲しい物を買った時だってあった。どれを自分で購入したかすら、覚えていない。

 私は、横で立ちすくんでいる男の幽霊を睨んだ。


「この中にあるんでしょ? あんたから貰ったもの。どれよ。チャネル? プラド? ロレークス?」


 答えはない。もしかしたら言葉を発したのかもしれないけれど、私には聞こえなかった。


「あんたの声は私には聞こえないから、指さしてくれる? それくらいできるでしょ」


 反応なし。けれど私の声は聞こえているらしく、またもや男はにたりと笑った。


「その気持ち悪い笑顔やめてくれる!? ねえ、あんたもう死んでるのよ! 理解しなさいよ! 騙された方が悪いの! 自己破産するまで女に貢いだあんたが馬鹿だったのよ、分かる!?」


 ――男の顔が無表情になった。かと思えば、スマホがぴしっと小さな音を立てた。


「え……」


 テーブルの上に置いていたスマホを見る。淡いピンク色のカバーを付けたそれは、画面にひびが入っていた。もちろん、先ほどまでは無傷だったものだ。

 私は、隣の男を見る。にたり。骨を露出させ、笑う男。


『その男の人、だいぶチカラがついてきてるから』

「うそでしょ……」


 ポルターガイスト、とはまた違うのだろうけど、どう考えてもこの男の仕業だ。真っ二つに割れたスマホの画面。私は一拍の間をあけて、悲鳴を上げた。

 男は左半面で笑う。ぐちゃり、と肉の潰れる音が聞こえた気がした。


 次に壊されるのは、私の骨? 肉? 内臓? 

 それとも、心臓だろうか。

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