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「はあ」
私の顔を見るなり、赤茶髪の男は露骨に嫌そうな顔をして、そんな声を出した。私は向かいの席に座る。さくらという女子高生が紹介してくれた――除霊師だかなんだかに指定されたのは、安っぽいファミレスだった。
ていうか、こいつが除霊師? こんな、馬鹿みたいな男が?
男のファッションを素早くチェックする。英字がプリントされた安物の黒いインナー。安物の黒いダウンジャケット。座っているので下半身は見えないが、どうせ安物のジーンズか何か履いているのだろう。つまりは全身安物。身に着けている物、全部あわせて一万五千円といったところか。安いにもほどがある。私なら絶対、こんな男選ばない。
「とりあえず話は聞くけどね」
そこで、男は言葉を切った。何か、考えているようだ。何かと思えば、
「ところでここの飯代って、あんた持ちってことでいいの?」
――安い男の安い言葉。最悪。なんで私がこんなガキに奢らなければならない。けれど、それで機嫌を損ねても困る。私が払いますと宣言すると、男は嬉しそうにウェイトレスを呼んだ。
「ドリンクバーと、目玉焼きのせハンバーグ、ライス大盛で。……あとこの商品、クリスマス限定?」
「はい、そうです」
「あ、じゃあ注文しないと損だな。サンタさんのシュークリームとトナカイパフェ。あと、ハワイアンパンケーキ……チョコバナナで。それからかぼちゃのタルトと、それからー」
まだ注文するつもりかこの馬鹿男。
「――で、パンナコッタ。あんたは?」
ようやく注文し終えたらしい男にいきなり話を振られ、私は顔をあげる。
「え? ああ。それじゃあ、ドリンクバーひとつ。以上で」
「え、あんた食わないの?」
「ダイエット中なので」
「ふーん。ダイエットなんて必要ない体型に見えるけどね。……男をたぶらかすには、体型の維持が重要なのかな?」
ウェイトレスが明らかにぎょっとした顔でこちらを見る。私もぎょっとした。何この男。
注文の確認を適当に聞き流し(注文が多すぎて、あっているのか間違えているのかもわからなかった)、ウェイトレスが厨房へ戻るのを見計らって、私は声を出した。
「人聞きの悪いこと言わないでください」
「なんで? 事実だろ?」
「事実って……」
「――吉本蒔絵。まあまず偽名だろうな。二十七歳。これも多分嘘だろ。実際あんた、三十超えてるんじゃないの? 老人介護施設でヘルパーの仕事をしてる。これも嘘だろうね。男性とのお付き合い経験はほとんどなくて、男性不信な部分がある。これは大嘘。――実際は、何人の男と付き合ったんだか。いや、何人の男を『ターゲット』にしたんだい?」
私は絶句した。吉本蒔絵という偽名をいつ使ったかは覚えていない。けれど、二十七歳というのはよく使う嘘だ。実際は三十四歳。ヘルパーをしているというのもよく使う。そう言ったら、「優しそうな女」と見られるからだ。
そしてこの男は、最後に何と言った? ――何人の男を、ターゲットにしたんだ。そう言った。確かに、そう言った。
赤茶髪の男は私の方をまじまじと見ながら、ふふんと鼻で笑った。
「それなりに上手くやってきた詐欺師なんだねえ。コツを教えてもらいたいもんだ」
――どうして? だって私はこの男と、今会ったばかりだ。私のことなんて何一つ話していない。なのにどうして、私の事情まで知ってるんだ?
私の様子を見ていた男は、「ああなるほど」と勝手に頷いた。
「あんた、『視えるだけ』のタイプか」
「え……?」
「聞こえてないんだろ? そこの男の言葉は」
指をさされ、私は後ろに目をやる。半面の潰れた男が、こちらに向かってにたりと笑いかけた。私はすぐに、赤茶髪の男に視線を戻す。目玉焼きの乗ったハンバーグが手元に届いた男は、フォークでそれを食べ始めていた。
「――あんたの偽名も年齢も職業も、全部その男が俺に教えてくれた事だよ」
私の疑問を見透かしたかのように、男は言った。私は首を振る。
「詐欺師だなんて、そんな、」
「否定するのかい? あんたのせいで犠牲者が出てるのに?」
半熟卵をつつくと、どろりとした黄身がハンバーグに流れ落ちた。それがどこか、右半面の潰れた男の顔を彷彿させて、私は目を背けた。男はハンバーグを口に含んだまま、行儀悪く話を続ける。
「そちらのお顔がぐちゃぐちゃの方は、あんたに騙されて金をむしり取られ、自己破産にまで追い込まれて自殺した男だ。そして死後、あんたに憑りつくようになった。そこまで悪霊になってたら、塩なんかじゃ効果もないだろ。はっきり言うけど自業自得だよ、あんた」
私はもう一度、顔面の潰れた男を見る。――知らない、こんな男。私は知らない。
「……その様子だと、覚えてないんだろ。その男のこと」
呆れたように男はそう言って、ハンバーグに添えられていたポテトをつまんだ。
「――どうすればいいんですか」
「何が?」
「除霊よ。いくら払えばいいの?」
私が敬語をやめると、男は声をあげて笑った。ポテトのくずがこちらに飛んでくる。汚い。
「あんた、本当に金が好きなんだね。なるほど。いい詐欺師だ」
そう言って、それから私の背後に立っている男を見つめた。
「――七百八十三万、六千円」
「え?」
除霊の金額? 私がそう訊ねると、男は微笑んだ。
「――あんたが、その男に貢がせた金額だよ。それも覚えてないんだろ」
知らない。私に引っかかった男が馬鹿なんじゃないか。なのになんで私が、そんな金を払わなければならない。
ハンバーグを食べ終えた男は、いつの間にやらドリンクバーから持ってきていたらしいカフェオレを飲んだ。
「あんたの言う除霊。俺の言い方をすると『道を開く』って言うんだけどね。……その男の通行料は、さっき言った七百八十三万と六千円だ。ただし、現金は欲しくない」
「じゃあなに……」
「貢がせたと言っても、現金だけじゃないんだろ。ブランドもののバッグだのアクセだの、そういうのをプレゼントに買ってもらってたらしいじゃん? ――その男に、あんたが今までもらったプレゼント全部。それを俺にくれたら、『除霊』してやってもいいよ」




