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DOOR ――道を開く者――  作者: うわの空
第二章 金の亡者
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4

 ――……友達。

 見覚えのない男性の口から飛び出した言葉に、わしは耳を疑った。


「友達? この、やりにくいおっさんと?」


 若者はわしの姿と、男性の姿を交互に見比べ、妙に楽しそうな顔で笑った。男性は恥ずかしそうに、自分の服についていた汚れを手で払う。が、べっとりと付着しているシミはとれそうになかった。


「昔、……もう本当に大昔なんですけどね。僕、子供のころは大ちゃんと仲良くしてもらってたんです。僕、要領が悪くて。それで、大ちゃんがかばってくれてたというか……」


 照れ臭そうに、鼻の頭を掻く男性。そこにある、大きなほくろ。


「……あ」


 たれ目で、温和そうに見える顔。そして柔らかい話口調。


「――良照よしてる君」


 わしは頭の中に浮かんだ名前を、そのまま口にした。




 彼と出会ったのは小学生のころ。わしが、新聞配達をしていた時のことだった。同じく新聞配達をしていた彼は、『貧弱』という言葉をそのまま表現しているような少年だった。体力もなく、仕事は人一倍できない。雇ってもらえているのが奇跡なんじゃないかと思えるくらいに、彼は働けていなかった。そのせいもあって、大人からも仲間からもいじめられていた。

 後で知った事実だが、彼は仕事ができないのを理由に、かなり安い賃金で働かされていたらしい。


 それはある日のこと。仕事を終えたわしが日陰で休んでいると、ずぶ濡れになった彼が、濡れて波打っている新聞の束とともに帰ってきた。


「どうしたんだよ」


 見かねたわしが尋ねると、彼は泣きそうな顔で答えた。


「――転んで、池に落ちたんだ。そのせいで、新聞もぐちゃぐちゃになっちゃった」


 ……嘘だな、と思った。彼の担当地区には池もなければ、湖も海もない。そしてその日は晴天で、雨が降る兆しもなかった。

 いじめか、と思ったものの、面倒なので問いただすのをやめた。

 なんとなく。そう、本当になんとなくだ。

 これから大人にみっちり叱られるであろう彼に、わしは自分の食べかけのお菓子を差し出した。


「やるよ」

「え、でも……」

「いいよ。また買うから」


 当時の子供にとって、お菓子というのはとても貴重なものだった。だがその日、わしはなぜか彼にそれを渡した。食べかけとはいえ、半分以上残っていたはずだ。

 彼は大切そうにそれを両手で握りしめると、やはり泣きだしそうな顔で笑った。


「……ありがとう」


 その日から、わしは彼とつるむようになった。運動についてはからっきしだった彼だが、絵を描くのはとてもうまかった。地面に木の枝で、わしの似顔絵を描いてもらったりした覚えがある。


「いつか、絵描きになりたいなあ」


 絵を褒める度、彼はいつもそう言って鼻のほくろを掻いた。照れるとほくろを掻くのが、彼の癖らしかった。

 しかしやがて、彼と会うことはなくなった。彼の両親が事故で死に、遠方の親戚に引き取られたのだと、風のうわさで聞いた。




「えーっと、ヨシテルくん?」


 若者がそう言うと、良照君は目を見開いた。


「え、なんで僕の名前……」

「いや、おっさんが今、そう呟いたから。後ろで」

「今、後ろで……?」


 若者の後ろを見ながら、首をかしげる彼。良照君にはわしの姿は見えていないし、声も聞こえていないはずだ。なのにこの若者ときたら、わしがここにいるのが当たり前のように振る舞う。わしは若者を睨んだが、彼は悪びれた様子もなく肩をすくめただけだった。


「ま、信じるも信じないもあんた次第だよ。――んで? おっさんに、なんか用?」

「あ、はあ……」


 彼は遠慮がちに、若者を見た。


「あの、僕、子供のころはここら辺に住んでたんですけど、両親が死んで、引っ越しちゃって。でも、大人になってから地元こっちに帰ってきたんです。あの、でも、仕事ができなくてクビにされちゃって。こんな感じになっちゃって」


 良照君は自分の姿を見下ろすと、照れ臭そうに笑った。要領を得ない喋り方も相変わらずだと思ったが、苛ついたりすることはなかった。若者は「早く用件を言え」と急かすこともなく、良照君の話に耳を傾けている。


「それで、こんな感じになってしばらくしてから、大ちゃんを見つけたんです。すごくお金持ちになってて、すごいなあって思いました。でもなんていうか、距離を感じちゃって。僕がこっちに帰ってきたって、挨拶にも行けなかったんです。そうこうしてるうちに……」

「須藤さんが死んじゃったってわけ?」


 若者が声を出すと、良照君は一瞬言葉を詰まらせてから、どこか自虐的な声を出した。


「大ちゃんが死んだって聞いてから、僕、大ちゃんの家に行ったんです。でもこんな恰好じゃ、大ちゃんの屋敷に入れてもらえなくて。そりゃそうですよね、はは……」

「――須藤さんの家に行った理由は? お金を恵んでほしかったとか?」


 若者がわざとらしく、こちらに目をやりながら言う。


『わしがあんな浮浪者と、知り合いだと思うか?』

『……大方、『少しでもいいのでお金を恵んでください』とか、そんなところだろ』


――先ほどわしが言ったことを、いちいち覚えていたらしい。まったくもって、嫌味なガキだ。

 わしと若者が睨み合っていることを知らない良照君は、ぶんぶんと音が鳴りそうなくらいに勢い良く首を振った。


「違う、そんなんじゃないんです、ただ……」

「ただ?」

「渡したいものがあるんです、大ちゃんに」


 彼はそう言って、上着のポケットに手を入れた。




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