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コンビニの店員が明らかに嫌そうな目で、良照君のことを見ている。
店員は良照君からこちらへと目線を移し、やはり嫌そうな顔をした。腕を組み、入口付近に設置されているATMに堂々ともたれかかっていた若者は店員の視線に気付くと、皇后陛下のごとく微笑み、恭しく手を振った。
一方、レジ前では良照君が、必死になって小銭を数えていた。何を買おうとしているのかは知らないが、見えるのは一円玉と五円玉ばかりだ。小銭しか出さず、おまけに計算の遅い良照君に対して、店員が嫌な顔をする気持ちも分かる。――が、
「もうちょっと愛想良くしたっていいじゃないか……」
「お? おっさんにしては殊勝なこと言うね。数時間前のあんたなら、『あの年にもなって、千円札も持っていないとは情けない』……なーんて言ってたと思うんだけど?」
「――お前、それが年長者に対する口のきき方か!」
「それはそれは! 大変失礼しまくりましたー」
若者の『独り言』に気付いた店員が、不気味そうにこちらを見る。それに気付いた若者は、笑顔で恭しく、そしてわざとらしく手を振った。
事は数十分前に遡る。
「……須藤さんに渡したいもの?」
若者が首を傾げると、良照君は上着のポケットに手を突っこんだまま、
「お金、足りるかどうか分かんないですけど……」
ははは……と、困ったように笑った。若者は更に首を傾げる。
「わざわざ屋敷にまで行ってたのに、その渡したいもの、まだ買ってなかったのか?」
「いや、一度買ってたんですけど……。落としちゃったみたいで。ポケットに穴あいてるの、知らなくて……」
良照君はそう言うと、ポケットに開いた大きな穴から自分の手を出し、小さく振った。
それからわしと若者は、良照君に連れられ近所のコンビニへと向かった。良照君は入店するやいなや、早足で奥へと進んでいく。そして何かを掴むと、急いでレジへ向かった。……が、彼が持っているのは小銭ばかりだったのである。
「えーっと。にい、しい、ろく、これで八十円で、きゅう、じゅう、えーっと……」
「五円足りてませんね」
店員がうんざりしたような顔で言うと、良照君は慌ててズボンのポケットを探り始めた。だが、見つかりそうにない。――もしも足りなかったら。
「……おい、五円貸してやってくれないか」
見かねたわしが若者に言うと、若者は口元を歪めた。
「あんたが貸してやればいいじゃん。オカネモチだったんだろ?」
――こいつ、本当に性格悪いな。親の顔を見てみたいもんだ。
わしが若者を睨むのと、
「あったあった、五円玉ありました! すみませんでした!」
良照君が店員に向かって叫んだのは、ほぼ同じタイミングだった。良照君は愛想の悪い店員に丁重に礼を言い、更には深々とお辞儀をすると、こちらにやってきた。それを見ていた若者が、さっさと自動扉をくぐりぬけて外へと出る。五月の終わりを告げるような風が、上空でひゅうっと音を立てた。
「いやあ、本当にお待たせしました。お金が足りてよかったです。……百二十六円が僕の全財産だなんて、大ちゃんが知ったら笑うだろうなあ。いやあ、情けない」
「――んで? あんたはその全財産で何を買ったんだ?」
待ちくたびれたとも情けないとも言わず、若者は問うた。良照君は慌てて右手を、その上に乗っている物を、こちらに見せる。それは、
「……キャラメル?」
思わず呟いたのは、わしだった。彼がわしのためにわざわざ買いにいったのは何の変哲もない、昔から売られている黄色い箱のキャラメルだったのだ。
良照君ははにかんだように笑うと、鼻の頭のほくろを掻いた。
「昔、新聞配達をしてる時にポカをやっちゃいまして。その時、大ちゃんにこれを貰ってすごく元気が出たんです。だからいつか、僕も大ちゃんにこれを渡したいと思って。……でももう、渡せないから」
良照君はキャラメルを少しだけ握り締めると、若者の方へと手を伸ばした。
「だからあなたが、大ちゃんのお墓か仏壇に、これを供えてくれませんか。安物で申し訳ないけれども、僕はどうしても大ちゃんにこれを渡したかったんです。お金がなくて、一箱しか買えなかったけど。それでも……」
言葉を詰まらせた良照君に、赤茶髪の青年はどこか嬉しそうに笑いかけた。
「――別にわざわざ、仏壇や墓に行く必要はないんだよ」
「え?」
「気持ちさえこもってれば、それは届く。……なあ? 須藤さん」
――いつの間にか満たされた空腹感。確かに、味は分からなかった。けれども確かに伝わってきたのは、自分のことを想ってくれる人の心。その大切さ。
「……ああ」
金がなければ手に入れられないもの。金があっても、手に入らないもの。
――もう少し早く、気付いていればよかった。
「ありがとう、美味かったと、良照君に伝えてくれ」
けれど今、気付けて良かった。




