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DOOR ――道を開く者――  作者: うわの空
第二章 金の亡者
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3

「あーあ、疲れた。カフェオレ飲みたい」

「あーあ、じゃない! 引き返せと言っているだろう!!」


 娘に「帰ってくれ」と言われた若者は、ぶつぶつと文句を言いつつも屋敷から離れ始めた。どんどん遠くなっていく、見慣れた屋敷。わしは屋敷と若者の間で、叫び続けた。


「引き返せ! お前の交渉の仕方が悪かったんだ! 一千万くらい、子供たちはすぐに出す! 出せるはずだ!」

「――俺の交渉の仕方が悪かった、ね」


 若者はぴたりと足を止めると、マジックテープのついた折り畳み式財布を取り出し、近くにあった自動販売機に千円札を突っ込んだ。が、しわのついた千円札を、自動販売機は受け入れなかった。


「……あんた、死んだ後もずーっと空腹状態が続いてるのは、なんでだと思う?」


 千円札の皺を必死に伸ばしながら、若者。わしは眉根を寄せた。その質問は、さっき聞いた覚えがある。

 若者はもう一度、千円札を自動販売機に投入した。今度は成功したらしく、商品選択ボタンが点灯する。クリーム感たっぷりと書かれたカフェオレのボタンを、若者は押した。

 何故、空腹が続いているのか。先ほどと同じ質問に、先ほどと同じ回答をする。


「死後、何も食べてないからだろう」

「――死んだ人間、幽霊ってのは、『食べ物』じゃなくて『気持ち』を喰らう。供え物じゃなくて、供えてくれた人の気持ちを喰らうのさ」


 若者は自販機からおつりと缶コーヒーを取り出すと、プルタブに手をかけた。

 ――先刻通り過ぎた、自分の屋敷を思いだす。若者こいつは知らないだろうが、


「お前、わしの仏壇を見たことがないだろう? 高級な果物や菓子折が、数えきれないくらい置いてあるんだ。供え物なんて、いくらでも……」

「けど、あんたの空腹感は満たされていない。――つまり」


 そこで言葉を切ると、カフェオレを一口飲んだ。赤茶色の髪が、少しだけ揺れる。


「その供え物には、『気持ち』なんてこもってないのさ。ただのハリボテみたいなもん。高級だろうが希少品だろうが、『気持ち』がこもってなければあんたの腹は満たされないんだよ」


 目を見開くわしと、目を細める若者。若者の笑みの意味は、分からない。


「あんたの息子達が心配してるのは、あんたの残した金のこと。あんたのことなんか、どうでもいい。供え物も、見栄えがいいものを適当に置いてるだけ。俺の交渉が下手とか、それ以前の問題。――そういうことだ」

「なっ……」

「あんたと一緒で、息子さん達もお金が大好きなんだねえ」


 悠々とカフェオレを飲んでいる若者に、わしは必死に抗議する。


「だ、だが! わしはずっと、子供達を育てるために今まで必死に働いてきた! 金がなければ、子供を育てることだってできない! だからっ……」

「問題。息子さん達の好きな食べ物はなんでしょう?」

「……なんだって?」

「あんたの息子達の好物。言える?」

「そんなもの、……」


 わしは口を開きかけて、――つぐんだ。

 ……息子達の、あいつらの好物?


 わしの様子を見ていた若者は、目を細めた。


「一緒に飯食ってたらさあ、好き嫌いって自然と分かってくるじゃん?」

「……それは」

「あれれ? もしかして言えない? 一緒に飯食ってなかったの?」

「それはっ……」

「それじゃあ逆に、息子達はあんたの好物を知ってるかな?」


 わしはまたもや言い淀む。そういえば。

 ――子供達五人と、最後に会話したのは、いつだ?


 若者はカフェオレを一気に飲み干すと、青色の空き缶入れに缶を放り込んだ。


 ――ガラン


 缶と缶がぶつかる音は、「タイムアップ」を告げているようだった。


「須藤さん。今、あんたの空腹を満たすのに必要なのは、金じゃなくて気持ちだ。――それじゃあ子供達はどうだったのかな? 成長するのに必要なのは、金だけだったのかな」

「…………」

「子供達の他に、あんたのことを想ってくれそうな人間は? 友達とか、さ」


 力なく首を振ると、若者は肩をすくめた。


「金さえあれば、なんでもできる」


 若者が口にしたそれは、わしがファミレスで若者に向かって吐いた言葉だった。


「――本当かな? 人間が生きていくために必要なのは、……金だけ?」


 わしは無言で俯いた。小奇麗な自分の靴と、若者の安っぽいスニーカーが視界に入る。日が暮れて伸び始めた影は、若者の分しかなかった。

 ――死んでから。死んでから、そんなことに気付いたって、もう。


 その時だった。


「あのう……」


 視界に入る、もうひとつの足。それは先ほど見た、今にも分解しそうなボロボロの運動靴だった。


「――……?」


 顔をあげるとそこにはやはり、先ほどの中年男性が背中を丸めて立っていた。若者の顔をまっすぐ見れないらしく、目線は定まっていない。


「もしかして、だい、……いや、須藤さんのお知り合いですか」


 おどおどと自信のなさそうな声を出す中年男性に、若者は首を傾げた。


「まあ、知り合いといえば知り合いだけど。――あんたは?」

「あの、僕……」


 中年男性がポリポリと頭を掻くと、白いフケがまるで雪のように肩に降ってきた。それを気にしているのかいないのか、彼は頭を掻くのを辞め、その代わりに言葉を続けた。



「僕、須藤さんと……大ちゃんと、友達なんです」




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