↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/7

第3話「小さなおにぎりと傷ついた狼」


 あれから私は、お米に似たライシアを取れる分だけ【食材採取】を使ってライシアを集めた。


 穂先に実ったライシアが、次々と手元へ集まっていく。しゃがみ込みながら状態を確かめると、どれもふっくらと実が詰まっているようだった。


 まだ青みの残ったものや傷んだものを避け、十分に熟したものを選んでいく。

 やがて、両手で抱えられるほどのライシアが集まった。

 採りすぎていないことを確認すると、私は集めたライシアを抱えて立ち上がった。

 そして【夢幻厨房】を発動し、森の中に調理場へと続く扉を出現させた。 

 

 簡素な調理台の上へライシアをそっと置いた。【食材採取】は、食材を集めるためのスキル。

 ならば次は、集めたライシアを料理に使える状態へ整える番だ。

 私はライシアに手を添え、【食材下処理】を発動した。

 すると、ライシアの穂から実が一粒ずつ外れ、表面を覆っていた硬い殻がするりと剥がれていく。

 殻が取り除かれると、中から白くつややかな実が現れた。


 私はさっそく、白くなったライシアを水で洗うことにした。

 ボウルにライシアを入れ、水を注ぐ。指先で優しくかき混ぜると、水が白く濁っていく。


 粒を潰さないように力加減に気をつけながら、何度か水を替えていく。

 最初は白く濁っていた水が、少しずつ透明になっていった。


 粒を指先でそっと確かめると、表面はなめらかで、欠けているものもほとんどない。

 粒の大きさも揃っているし、見た目からして炊き上がりが期待できそうだ。


 水を替えるたびに、ライシアの白さがいっそう際立っていく。

 これは、炊き方次第でふっくらとしたご飯になりそう。

 そんなことを考えながら、最後にきれいな水を加えて水加減を整える。

 そしてライシアを炊飯器へ移し、蓋を閉じた。

 炊飯ボタンを押すと、炊飯器が小さく音を立てて動き始める。


 あとは、炊き上がるのを待つだけだ――。

 

 ――ピーッ♪ ピロリロリン♪


【夢幻厨房】の中に、炊飯器から炊き上がりを知らせる可愛らしい音が響いた。


「えっ……もう?」


 私は思わず時計を確認する。やっぱり、炊飯を始めてからまだ一分ほどしか経っていない。


「【夢幻厨房】って、本当にすごい……」


 一分しか経っていないのに、もう炊き上がったなんて。

 私は驚きながらも嬉しくなって、炊飯器の前まで駆け寄った。そして、蓋に手をかけ、ゆっくりと持ち上げる。 


 ふわぁ……。


 蓋を開けた瞬間、白い湯気がふわりと立ちのぼった。


「わぁ……!」


 ふっくらと炊き上がったライシアが、湯気の向こうでつやつやと輝いている。


 ほんのり甘く、香ばしい香りが広がり、思わず深く息を吸い込んだ。

 しゃもじでそっと混ぜてみると、粒が潰れることなく、ふっくらとした柔らかな感触が伝わってくる。


 見た目も香りも、まるで炊きたてのお米そのものだ。

 炊き上がったライシアを見つめながら、ちゃんとご飯になったことが嬉しくて、胸が弾んだ。


「いい匂い……。ちゃんと、ご飯になった……!」


 思わず頬が緩んでしまう。

 異世界に来てから、初めて食べるライシアのご飯。どんな味がするんだろう。この香りを嗅いでいると、なんだか無性におにぎりが食べたくなってくる。


 梅干しを入れた梅おにぎりや、焼いた鮭をほぐして混ぜた鮭おにぎり。

 そんな定番のおにぎりが頭に浮かんだけれど――。

 今の私の手元には、梅も鮭もない。


「仕方ないよね。今あるもので作ろうっと」


 そう呟いて、先ほど採取した岩石塩を取り出した。 

 具材がなくても、炊きたてのご飯なら、その美味しさを十分に味わえるはず。


 両手を水で軽く濡らし、炊きたてのライシアを適量手に取る。

 そこへ岩石塩をほんの少し振りかけ、粒を潰さないように優しく包み込む。

 手のひらでふんわりと形を整えながら、三角形に握っていく。

 ほかほかの湯気とともに、ライシアの甘い香りがふわりと広がった。

 梅も鮭もないけれど――。

 今は、この真っ白な塩おにぎりが楽しみで仕方なかった。

 

 やがて――。


「できあがり♪」


 大皿の上には、真っ白な塩おにぎりが十個。形を整えてきれいに並べると、思わず嬉しくなってしまう。


「うん、いい感じ!」


 私は大皿を眺めながら、期待に胸を膨らませた。

梅も鮭もない。


 それでも――。


 今は、この炊きたての塩おにぎりが楽しみで仕方ない。


「せっかくだし、景色のいいところで食べたいなぁ」


 どうせなら、綺麗な景色を眺めながら、ゆっくり味わいたい。

 そんなことを考えながら、私は【夢幻厨房】の出入り口へと向かった。


 扉の前に立ち、ドアノブに手をかける。


「どこか、いい場所があるといいな……」


 そう呟きながら、ゆっくりと扉を開いた。


 すると――。


「……えっ?」


 目の前に広がっていたのは、先ほどまでいた森とは少し違う景色だった。


 透き通った小川が、さらさらと心地よい音を立てながら流れている。


 川底には丸みを帯びた石が並び、水面には木々の間から差し込む陽の光がきらきらと反射していた。


 岸辺には鮮やかな緑の草花が生い茂り、そよ風に揺れている。


「……ここ、どこ?」


 私は思わず首を傾げた。

 確かに、景色のいい場所で食べたいとは思った。

 でも、まさか扉を開けたら、こんな場所になっているなんて。


「えっ、私……移動したの?」


 慌てて周囲を見回していると――。


 ピコンッ♪


「うひゃっ!?」


 突然、目の前に淡い光を放つ半透明のパネルが現れた。

 そこには、見慣れない文字が表示されている。

 私は恐る恐る、パネルへと目を向けた。


 =============

【スキル:夢幻厨房】


《基本機能》

・場所を選ばず、任意の場所に調理場への出入り口を召喚できます。


《空間移動》

現在の移動可能距離:半径500m以内

移動条件:【夢幻厨房】の内部にいること

移動方法:移動先を指定すると、出入り口が指定地点に接続される

距離制限:スキルレベルに応じて拡張

注意事項:移動先の位置を把握している必要がある。

 =============


「……ええっ!?」


 私は思わず声を上げた。


「ちょ、ちょっと待って! これって……好きな場所に行けるってこと!?」


 もう一度、パネルの説明を読み返す。

 どうやら【夢幻厨房】は、ただ調理場を呼び出せるだけのスキルではないらしい。


 厨房の中から、行きたい場所へと出入り口をつなげられるのだ。


 つまり――。


「好きな場所で、ご飯が食べられるってことだよね!?」


 思わず頬が緩んだ。

 森の中でも、湖のほとりでも、景色のいい丘の上でも。

 行きたい場所に厨房の扉をつなげて、そこで料理を楽しめるなんて。

 料理好きの私にとって、夢のような機能だった。


「【夢幻厨房】って、すごすぎる……!」


 私は目を輝かせながら、もう一度、小川の景色を眺めた。


 さらさらと流れる水の音が、なんとも心地いい。


「うん! 今日はここで食べよう!」


 私は嬉しくなって厨房の中へ戻ると、大皿に並んだ塩おにぎりを両手で抱えた。

 そして、小川のほとりにつながる扉をくぐった。

 すぐそばに平らな岩を見つけ、大皿をそっと置く。

 小川のせせらぎを聞きながら、私はその場に腰を下ろした。


 目の前には、透き通った水と緑豊かな景色。

 そして、手元には炊きたてのライシアで作った塩おにぎり。


「ふふっ……最高の組み合わせかも!」


 私は塩おにぎりを一つ手に取った。


 まだほんのりと温かいおにぎりから、炊きたてのライシアの甘い香りがふわりと漂ってきた。


「それじゃあ……いただきます!」


 私は期待に胸を膨らませながら、おにぎりをひと口頬張った。


「ん〜っ! やっぱり、炊きたてのおにぎりは最高!」


 ふっくらとしたライシアの甘みと、ほんのり効いた塩味。シンプルだからこそ、お米のおいしさがよく分かる。


 ひと口頬張れば、炊きたてならではの温かな甘みが口いっぱいに広がった。

 空っぽだったお腹に、じんわりと染み渡っていくような感覚。空腹で疲れた身体まで、ほっと温められていく気がした。

 噛むたびに広がるライシアの優しい甘みと、絶妙な塩加減がたまらない。


「はぁ〜……おいしい……!」

 

 思わず頬が緩み、自然とため息がこぼれた。


 もう一個食べようとした、そのときだった。


「……ん?」


 ふと、少し離れた茂みの向こうから、何かが聞こえた気がした。

 耳を澄ませてみる。


 ――グゥ……ッ。


 苦しげな、低い唸り声。

 私はおにぎりを持ったまま、そっと顔を上げた。


「……何の音だろう?」


 気になって声のした方へ歩いていくと、木々の陰に、大きな黒い影が横たわっているのが見えた。


「わっ! い、犬……? にしては、大きすぎる」


 何しろ、その身体は普通の犬とは比べものにならないほど大きい。太い四肢に、艶やかな黒い毛並み。木々の隙間から差し込む光を受けて、その毛並みは美しく輝いていた。


「ひょっとして、おおかみ……? ん?」


 私は思わず首を傾げた。

 狼の身体には、何やら黒い霧がまとわりついていたのだ。


 まるで生き物のようにうごめく霧は、狼の身体を覆い尽くそうとするかのように、ゆらゆらと不気味に揺れている。


「な、何……あれ?」


 狼は地面に伏せたまま、苦しそうに荒い息を吐いていた。

 時折漏れる低い唸り声が、静かな森に響く。

 苦しんでいる……?


 そう思った私は、恐る恐る狼に近づいた。


「だ、大丈夫……?」


 少しでも助けになればと、そっと手を伸ばした、その瞬間――。


「グルルル……ガァウッ‼」


 突然、狼が鋭い声で吠えた。

 耳をつんざくような咆哮が、静かな森に響き渡る。


「ひゃあっ!?」


 私はびくりと肩を跳ねさせ、驚いて慌てて手を引っ込めた。思わず一歩後ずさり、胸元のおにぎりをぎゅっと握りしめる。


 狼は牙を剥き出しにし、金色の瞳でこちらを睨みつけている。

 まるで、これ以上近づくなと言っているかのようだった。


「ご、ごめんね……! 何もしないから、落ち着いて……?」


 私は両手を胸の前に上げ、敵意がないことを示すように、ゆっくりと後ずさった。

 狼の金色の瞳は、相変わらず私を鋭く睨みつけている。

 

 その瞳には、警戒心と敵意が入り混じっていた。

 近づくな。

 そう、全身で訴えているようだった。


「……うぅ。やっぱり、怖いよ……」


 普通の犬でさえ、怒っているときに近づくのは危険だ。それなのに、目の前にいるのは私の身長をはるかに超えるほど大きな狼。

 もし本気で襲いかかられたら、ひとたまりもないだろう。


 それでも――。


 苦しそうに息を吐く狼の姿を見ていると、どうしても放っておくことができなかった。

 身体にまとわりつく黒い霧は、まるで生き物のようにうごめいている。狼は私を警戒しているけれど、その呼吸は荒く、ひどく苦しそうだった。


「……何とかしてあげられないかな」


 私は狼の様子を窺いながら、ふと足元に置いた大皿へと視線を落とした。


 そこには、先ほど作ったばかりの塩おにぎりが九個、きれいに並んでいる。


 そのときだった。


 ぽうっ……。


「……えっ?」


 大皿の上のおにぎりが、淡い光を放ち始めた。


「な、何これ……?」


 私は思わず目を見開いた。

 真っ白なおにぎりを包み込むように、銀白色の光がふんわりと広がっている。まるで月明かりを閉じ込めたかのような、優しく不思議な輝きだった。


 光はおにぎりの表面を淡く照らし、周囲に小さな光の粒を漂わせている。

 どうして、急に光り始めたんだろう?

 私は不思議に思いながら、おにぎりと狼を交互に見つめた。


すると――。


 狼の身体を覆っていた黒い霧が、ざわりと大きく揺らいだ。


「……もしかして?」


 私は黒い霧に目を凝らした。

 霧はおにぎりから放たれる銀白色の光を避けるように、わずかに後退している。

 まるで、あの光を嫌がっているみたいだ。


「……やっぱり、何かあるんだ」


 私は目を凝らした。

 あの黒い霧は、狼を苦しめているように見える。もし、あれが原因なのだとしたら……。

 少し考えたあと、私はそっと頷いた。


「……試してみる価値はあるよね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。