第1話「料理人、未知なる異世界の食材」
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「……はぁ、はぁ……」
言いたいことを全部吐き出した私は、肩を上下させながら必死に息を整えた。
……ちょっと、叫びすぎたかも。
そう思いながら、私は改めてゆっくりと周囲を見渡す。
私が飛ばされた場所は、見渡す限り木々に囲まれた深い森だった。
頭上には大きな木々が枝を広げ、幾重にも重なった葉の隙間から、淡い光がこぼれ落ちている。
足元には柔らかな苔と草が広がり、ところどころに見たことのない小さな花が咲いていた。
「綺麗な森だなぁ……」
私は周囲を見渡しながら、小さく呟いた。
でも……。
「思わず勢いで叫んじゃったけど……怖い動物とか、来ないよね……?」
そう自分に言い聞かせるものの、ふと不安になる。
もしかして、ここって……。
小説や漫画でよくある、いわゆる「異世界」なのかもしれない。
まぁ、私はグルメ系異世界の小説や漫画が大好きだし、異世界の食材を使って料理したいなぁ……とは、思ってたよ!
でも、だけど――。
「せっかく自分のお店がオープンした日に召喚しなくてもいいのに〜!」
思わず頭を抱えてしまう。
小さい頃からずっと夢見ていた、自分のお店だったのに……。
そもそも私、巻き込まれただけだったなら、帰してくれてもよかったんじゃないの!?
「……はっ! いけない、いけない!」
私はぶんぶんと頭を振った。今は文句を言ってる場合じゃない。まずは、この場所がどこなのか確かめないと。
今いるこの森が、いったいどんな場所なのかも分からないのに……。
しかも、ここは異世界。
小説や漫画みたいに、危険な魔物がそこら中にいる可能性だってある。
そんな場所で、思いっきり叫んじゃった……。
今さらながら、自分の行動が怖くなってくる。
私はそっと手を離すと、首を左右に動かしながら、キョロキョロと周囲を見渡した。
……大丈夫?
何も出てこないよね? お願いだから、今は何も出てこないでね……!
木々の間。風に揺れる葉の隙間を、私はじっと見つめた。茂みの奥は薄暗く、何かが潜んでいそうで落ち着かないし、少し離れた木の上にも視線を向け、枝や葉の陰を目で追う。
…………何もいないよね?
そう思った、そのとき――。
ぐぅごごごごごぉぉぉーーー!
「――あひゃあっ‼」
静かな森に響き渡った、とんでもなく大きな音に、私は思わず飛び上がった。
「な、なにっ!? 今の音……!」
びくぅっ! と肩を跳ねさせ、私は反射的に両手を胸の前へ構える。
森の中に響いた小さな物音が、やけに大きく聞こえた。
ま、まさか……クマ? イノシシ? そ、それとも……魔物!?
私は慌てて辺りを見回した。木々の隙間。茂みの奥。 少し離れた木の上。
風に揺れる葉の音まで気になって、私は息を潜めながら目を凝らした。
どこから何が飛び出してきてもおかしくない。
ゴクリ、と唾を飲み込む。
けれど――。
「…………」
何も出てこない。
森は、まるで何事もなかったかのように静まり返っている。
「……気のせい、かな?」
恐る恐る構えていた手を下ろす。
その瞬間――。
ぐぅぅぅ~~~~……
「…………」
……え?
今の音……。
私は固まったまま恐る恐る、ゆっくりと視線を下へ向ける。
そこには、何の罪もなさそうに膨らんだ私のお腹。
「…………」
数秒間、私はお腹とにらめっこをした。私は思わずお腹を両手で押さえる。
「えっ……ちょ、ちょっと待って……!」
さっきまで魔物だと思っていた音の正体が、まさか自分のお腹だったなんて。
「……私のお腹だったの!?」
思わず声を上げた瞬間、急に恥ずかしくなって顔が熱くなる。
「もぉ! びっくりさせないでよぉ!」
もちろん、お腹から返事が返ってくるとは思わない――けど! 思わず文句を言わずにはいられない!
こんな何がいるのかも分からない森で、いきなりあんな大きな音を鳴らされたら、魔物が出てきたのかと思っちゃうじゃない!
「うぅ〜……。心臓止まるかと思った〜」
びっくりした衝撃で、張りつめていた力が一気に抜けていく。
「はぁ〜……」
私は大きく息を吐きながら、ふらりとその場に座り込んだ。
足に力が入らない。
さっきまで周囲を警戒していたせいか、それともお腹が空いていることに気づいたからなのか、急にどっと疲れが押し寄せてきた。
「はぁ〜……」
私はその場に座り込んだまま、大きく息を吐いた。
地面には柔らかな草が生えていて、背中を預けた木の幹からは、ひんやりとした感触が伝わってくる。
……落ち着いてきたら、今度はお腹が空いてきた。
「そういえば……朝から何も食べてないんだった」
ぐぅぅ……。
「……う〜。やっぱり」
私は自分のお腹を押さえながら、苦笑した。異世界に来てしまったことに驚いて、それどころじゃなかったけれど――。
私は、ふとあることを思い出した。
「……そういえば、私にもステータスってあるのかな?」
異世界といえば、やっぱりステータス! という小説や漫画ではよく見るけど、まさか自分が実際に使うことになるなんて……。
「ちょっと見てみよう!」
私は期待に胸を膨らませながら、そっと手を前にかざした。
「えーと、よく小説や漫画のキャラたちが言ってたのは――」
私は少しだけ緊張しながら、定番の言葉を口にした。
「【ステータス・オープン】!」
すると――。
ピコン♪
目の前に、淡い光を放つ半透明の画面が浮かび上がった。
============
【名前】小鳥遊 結衣20歳
【種族】人族/女
【職業】料理人
【レベル】1
【HP】80
【MP】160
スキル
【食材鑑定】【熟成】【食材採取】
【夢幻厨房】【食材下処理】【発酵促進】【付与創造】
魔法
【生活魔法】【作物魔法】
============
私は目をぱちぱちと瞬かせる。
「……出た」
まさか、本当に出るとは思わなかった。思わず身を乗り出して、画面を覗き込む。
「うわぁ……! 本物のステータス画面だ!」
画面に並んだ項目を、私は上から順番に目で追っていく。
「えっと……名前は小鳥遊結衣。年齢は二十六歳。種族は人族……女。うん、全部合ってる」
そこまでは普通だった。
けれど――。
「職業……料理人!」
思わず声が弾む。
「やったぁ! ちゃんと料理人になってる!」
異世界に来てしまったことには、まだまだ文句がある。でも、自分の職業欄に『料理人』と書かれているのを見ると、なんだか少し嬉しくなってしまう。
「レベルは……一。HP八十、MP百六十……」
数字を見ても、これが高いのか低いのかはさっぱり分からない。
「うーん……まあ、今は気にしなくてもいっか」
そして、私はその下にある『スキル』の項目へ視線を移した。
「【食材鑑定】、【熟成】、【食材採取】……それから、【夢幻厨房】……?」
私は思わず、画面を二度見した。
「……夢幻厨房?」
なんだろう、この名前。なんとなく――ものすごく料理人向けのスキルに聞こえる。
「もしかして……厨房を出せたりするのかな?」
そんな都合のいいスキルがあるとは思えない。でも、異世界なのだ。
「……ちょっと使ってみたいかも」
好奇心に負けて、私は【夢幻厨房】の文字にそっと指を伸ばした。
すると――。
ピコン♪
『【夢幻厨房】を使用しますか?』
「えっ、使えるの!?」
思わず声が弾む。
「はい!」
私が答えた瞬間、目の前に淡い光が集まり始めた。
「わぁ……!」
光が少しずつ形を変えていく。
そして――。
私の目の前に、ひとつの扉が現れた。
「……扉?」
突然のことに、私は目をぱちぱちと瞬かせる。木々に囲まれた森の中。そんな場所に、ぽつんと一枚の扉だけが立っている。
周囲の景色から明らかに浮いていて、なんだか不思議な感じがした。
「なんで扉が……?」
私は警戒しながら、ゆっくりと近づいていく。そして、扉をじっと見つめる。
すると――。
「……あれ?」
私は首を傾げた。どこか見覚えがある。木目の感じも。取っ手の位置も。扉の大きさも……。
「これ……」
私は思わず息を呑んだ。
「私のお店の厨房にある扉に、似てる……?」
胸の奥が、どくんと鳴った。まさか、そんなはずはない。
そう思いながらも、確かめずにはいられなかった。私はゆっくりと手を伸ばす。
けれど、取っ手に触れる直前で、ぴたりと手が止まった。
「……大丈夫、だよね?」
ここは見知らぬ異世界。扉の向こうに何があるのかも分からない。私はごくりと唾を飲み込む。
「……よし」
小さく息を吸ってから、そっと取っ手を握った。
指先が取っ手に触れた瞬間――。
カチャッ。
「……!」
小さな音が、静かな森の中に響いた。
「開いた……」
私は一瞬ためらってから、ゆっくりと扉を押し開ける。
すると、その向こうには――。
「…………え?」
見慣れた厨房があった。
調理台。シンク。棚。そして、いつも使っていた調理器具。
鼻をくすぐる、どこか懐かしい厨房の空気。
「う、嘘……」
私は思わず一歩、後ずさる。
「これ……私のお店の厨房……?」
ついさっきまで自分がいたはずの場所が、まるでそのまま再現されている。
夢なのかと思って、頬をつねってみる。
「……痛い」
じんわりと頬が痛む。夢じゃない。
「じゃあ……本当に【夢幻厨房】のスキルで、私の厨房が出てきたってこと!?」
そう思った瞬間、胸が一気に高鳴った。
「すごい……!」
さっきまで不安でいっぱいだったのに、今はもう厨房から目が離せない。
「異世界でも……私の厨房で料理できるんだ!」
思わず笑みがこぼれる。大切な夢だった自分のお店。その厨房が、異世界に来た私のために残っていてくれたような気がした。
「よーし……!」
私は嬉しくなって、思わず扉の中へ駆け込んだ。
「はぁ〜……。私の厨房ちゃ〜ん、会いたかったよ〜!」
私は嬉しさのあまり、シンク横の作業台に両手をつく。そして、そのまま頬をぴたっと作業台に押しつけた。
「はぁ〜……このひんやりした感じ……落ち着く〜!」
懐かしい厨房の感触に、私は嬉しそうに頬を何度も擦りつける。
しばらく頬擦りを堪能してから、私は名残惜しそうに顔を上げた。
私は改めて、厨房の中を見回した。
中央には、広々としたステンレス製の作業台。その上には、包丁やまな板、ボウルなど、すぐに調理を始められる道具がきれいに並んでいる。
壁際には大きなシンクがあり、蛇口も元の厨房にあったものとそっくりだ。
その隣にはコンロが並び、鍋やフライパンを置くためのスペースまでしっかり用意されている。
さらに、その奥には冷蔵庫と冷凍庫。
調味料や食材をしまっておける棚や収納スペースもあり、必要なものをすぐ取り出せるようになっていた。
「……すごい」
私は一つ一つの設備を眺めながら、目を輝かせる。
作業台の広さも、シンクの位置も、コンロの数も、冷蔵庫の大きさも――。
どれも、私が元の世界で使っていた厨房と変わらない。
「これなら、いつも通り料理できそう!」
私は改めて、夢幻厨房をぐるりと見渡した。
大きなオーブンに、冷蔵庫や冷凍庫。電子レンジに鍋、フライパン、包丁まで揃っている。
「こんなの、料理人の私からしたら夢みたいな場所だよ……!」
思わず頬が緩む。
これなら、毎日美味しい料理が作れる!
そう胸を弾ませた私は、さっそく美味しいご飯を作ろうと、食材を探し始めた。
しかし、それから一、二分後――。
「食材がどこにもない……」
ふと我に返り、結衣は冷蔵庫の扉を開けた。中を覗き込んでみても、そこに並んでいるのは空っぽの棚ばかり。
「……本当に、何もない」
野菜も、お肉も、卵もない。調味料らしきものさえ見当たらず、冷蔵庫の中にはひんやりとした空気だけが残っていた。
思わず肩を落とす。
「どんなに立派な厨房があっても、食べるものがなきゃ料理できないよ〜……」
その瞬間――。
ぐぅぅぅ~~~……
「 あぁーっ! ただでさえお腹が空いてるのに、余計にお腹が減っちゃったよ~!」
私は、やり場のない怒りをぶつけるように両手で頭を抱え、シンクの台にがっくりと項垂れた。
……うぅ。お腹空いたぁ。
「この世界のお金もない。それに森の奥にお店なんてないし……」
いや、待って!
こんなところで落ち込んでいても、お腹はいっぱいにならない!
私はぱんっと両手で頬を軽く叩き、気合を入れ直した。
「よしっ! まずは食べられるものを探そう!」
幸い、私は料理人だ。料理人としての意地もある。食材の扱いには慣れているし、食べられるものを見分ける知識だってある。
……もちろん、知らない植物をむやみに口にするつもりはないけれど。
まずは周囲を調べて、安全に食べられそうなものを探すところから始めよう。
そう決意した私は、厨房を出ると、見知らぬ森へと足を踏み出したのだった。




