プロローグ「夢への第一歩が……」
人にとっての食事には、『美味しい』は外せない。
もちろん体のことを考えるなら、栄養もとっても大事なことだと思う。
けど、やっぱり、美味しいはお腹だけじゃなくて心や気力も満たされる。
美味しいものを食べると、自然と笑顔になれる。疲れているときだって、落ち込んでいるときだって、温かくて美味しい料理を食べれば、少しだけ元気が湧いてくる。
誰かと一緒に食卓を囲めば、「美味しいね」という言葉から会話が弾み、いつの間にか笑顔が広がっていく。
私は、そんな食事の時間が何よりも大切で、だからこそ、私は料理を作ることが大好きだ。
自分が作った料理を誰かが美味しそうに食べてくれる。そして、満面の笑みで「美味しい!」と言ってくれる。
その瞬間が、何よりも嬉しい。
――いつか、自分の料理でたくさんの人を笑顔にしたい。
それが、私の夢だった。
まだまだ見習い料理人の私だけれど、いつかその夢を叶えられるように、今日も料理の腕を磨いていこう。
そう、心に決めていたのに――。
私は、小鳥遊 結衣。二十歳。
小さい頃から食べることも料理を作ることも大好きで、いつか自分の作った料理でたくさんの人を笑顔にしたいと思い、見習い料理人として日々修業に励んでいる。
まだまだ一人前には程遠いけれど、いつか自分の店を持つことを夢見て、毎日頑張っているところだ。
それから、数年後――。
ようやく、自分のお店を持つことができた。
さっそく、自分のお店の厨房で明日の仕込みを始めようとした――そのとき。
突然、目を開けていられないほどの眩い光が、私の視界を覆い尽くした。
思わず腕で顔を覆い、光が収まるのを待つ。
やがて、おそるおそる目を開けると――そこは、見知らぬ場所だった。
煌びやかな装飾が施された広大な部屋。足元には複雑な模様が描かれ、周囲には見慣れない衣装を身にまとった人々が大勢立っていた。
……えっ、ここ、どこ!?
ついさっきまで自分のお店の厨房にいたはずなのに、どうしてこんなところにいるの!?
混乱していると、ふと隣に人の気配を感じた。
顔を向けると、そこには可愛らしい女子高校生くらいの女の子が立っていた。彼女もまた、戸惑ったように周囲を見回している。
……よかった。私だけじゃなかったんだ。
そう思ったのも束の間、そんな私の前に、ひときわ煌びやかな衣装を身にまとった男性が現れた。
男性は隣にいた女子高校生を見るなり、嬉しそうに表情を輝かせ、彼女を聖女と呼んで恭しくエスコートしていった。
……えっと、何がどうなってるの?
私はぽかんと口を開けたまま、その光景を見送った。
すると、ふいに男性が足を止め、こちらへと視線を向けた。
「ふんっ。紛れものか」
……はい?
思わず目をぱちくりさせる。
ま、紛れものって、私のこと!?
「こんな子供など、必要ない! とりあえず適当な場所に飛ばしとけば問題なかろう」
男性は私の事情など知ったことではないとばかりに、あっさりと言い放った。
……えっ、ちょっと待って!?
嫌な予感がした瞬間、足元が再び眩い光に包まれた。
「ちょ、ちょ! ちょっと待ってよ!」
慌てて声を上げるものの、男性は聞く耳を持たない。
私の言い分を聞くこともなく、視界はあっという間に真っ白に染まっていった。
そして――。
またしても私は、抗議する間もなく光の中へと呑み込まれてゆき、挙げ句の果てに私はどこかに放り出されたのである。
「うぅ〜……。腰、思いっきり打ったぁ……」
私はその場にぺたんと座り込み、眉をきゅっと寄せながら涙目で痛む腰をそっとさすった。
……うぅ、ひどい目に遭った。
痛みをこらえながら、私はおそるおそる顔を上げ、周囲を見渡してみた。
気づけば私は、見知らぬ森の中へと放り出されていた。
そこには、見たこともないほど深い森が広がっていた。
「……ここ、どこなの?」
鳥の声。木々の葉が風に揺れる音。そして、森の奥から聞こえてくる、聞き慣れない獣の声。
私は、ごくりと息を呑んだ。
「……もしかして私、本当に異世界に来ちゃったの……?」
ようやく状況を理解した途端。なんだか、だんだんと腹が立ってきた。
「もぉぉぉーーーっ!! 勝手に呼んどいて、勝手に話を進めて、挙げ句の果てには勝手にこんなところに飛ばすなんてーーーっ!! もうっ! 勝手すぎるよぉーーーっ!!」
誰もいない、見知らぬ森の中で、私は思いっきり不満をぶちまけた。
「私の夢をかえせーーー!! あと、私はこう見えて二十歳だーーー!!」
こうして、訳も分からずに異世界に飛ばされてしまったのである。




