第3話:〈魔女〉の日々
それから、平と昴の奇妙な共同生活が始まった。
セーフハウスを転々としながら、〈魔女〉の力の訓練をする日々だ。朝は、昴を相手に組手をするのが日課になっていた。
「魔力による身体強化の基本は、力の上乗せと相殺です。身体強化、とは言いますが、実際は魔力の薄い鎧をまとっているようなものです」
ぱき、と昴はペットボトルの栓を開ける。
「何かを殴ると、殴った手も痛くなりますよね? 作用と反作用です。当然、魔力で上乗せした力の反動に肉体は耐えられません。なので、魔力の鎧に肩代わりさせて相殺します」
水を数口飲むと、ふぅ、と昴は一息吐いた。
「〈星〉や〈世界〉のような〈魔女〉固有の力とは別に、身を守るために必須の技術ですから、しっかり……聞いてますか、平?」
「聞いてない……」
平は地面にうつ伏せに倒れていた。
組手で昴にぶっ飛ばされること数度、魔力で守られた体に痛みこそないが、平は精根尽き果てていた。息が上がって汗もかいているのに、体は寒気がする。
どうにか体を転がして仰向けになると、昴がこちらを見下ろしていた。
「不思議な感覚でしょう? 〈魔女〉は自分の体温――熱エネルギーを媒介に魔力を抽出しています。なので、魔力の使い方が下手糞だと『そう』なります」
「……世の中には褒めて伸ばす、という教育方法があるらしいです、先生」
それはいいですね、と昴はにこりと笑った。
「是非とも諸手を挙げて褒められる生徒に育てましょう。なので休憩は終わりです」
「嘘でしょ」
午前中の訓練が終わると、昴が〈魔女〉の互助会の用事で出かけることがあるので、午後の予定はまちまちだ。
互助会の歴史は古く、正体を隠して人間社会に溶けこみ、資産を築いているらしい。
「……平にも、そのうちお仕事回ってきますよ」
曖昧な笑顔で、昴はそんなことを言っていた。
この共同生活を始めるとき、最初に昴と交わした約束がある。
まだ〈魔女〉として未熟な平が出かけるときは、必ず昴も一緒について行き、昴がいないときは、決してセーフハウスの外に出ないこと。
早く自分も一人前になれば、昴の手伝いができるのだろうか。一人になると、いつもそんなことを考える。
夜になると、買い出しに行って夕飯の準備をする。最初は、すべて昴が作ってくれていたが、「料理はできたほうがいいですよ」と提案され、最近は平も包丁を握るようになった。
「料理なんて簡単ですよ。食材への火の入れ方さえ覚えればいいんですから」
くるくると包丁を手の中で回しながら昴は言う。
「それはできる人の言い分だよ……あとそんな包丁捌き、料理にはいらなくない?」
「〈魔女〉生活が長いと刃物の扱いにも慣れるものでして。それに、料理で火を扱うのは、魔力の扱いに通じるものがありますからね、これも訓練です」
「……はぁい、先生」
昴がふふっと小さく笑った。年相応の女の子のように笑う昴に、そんな可愛い笑い方もできるんだ、と平は少し驚いた。
「家庭科の授業というのは、こんな感じなのでしょうか。同年代の子とお喋りしながら料理するなんて、夢を見ているみたいです」
「んー、昴みたいに料理できる子は少なかったから、授業はもっと阿鼻叫喚って感じだったよ。……気になってたんだけど、昴って誰にでも敬語だよね?」
自分にくらいは、もうタメ口で話してもいいのに、と平は以前から思っていた。
「あぁ、癖になってしまってるんですよ」
「癖?」
「えぇ。私は五歳で〈魔女〉になって、互助会で育てられまして。話す相手を選ばない口調として、敬語を使うように躾けられたんです」
「え、それじゃ学校は?」
「一度も通ったことがないですね。普段着ている制服も、こういう規格品のほうが替えが用意しやすく、世間に溶けこみやすいというのもあるのですが……単に私が着たいから、というのもあります」
昴は恥ずかしそうに言った。
彼女は今までどんな人生を送ってきたんだろう。自分の貧弱な想像力では考えもつかない。
もし、自分の持っていた普通を、この暮らしの中で昴に分けてあげられていたらいいな、と平は思った。




