第27話 子どもだんじり
乙羽神社の例大祭の前夜、海人の家で、翔と二人飲んでいる。
「試験、お疲れ」
「マジで疲れた。もう今年いっぱいは残業したくない」
「明日神さまにお願いすれば、もしかしたら……」
「やらないよりはましか」
網戸にすれば、夜はかなり涼しくなった。畳に座り、なんとなく畑を見る。
「田舎の縁側で、スイカ食べるとか、お月見しながらお酒とか、あこがれてたんだけど」
「そんな都合のいい田舎はない」
「網戸から外に出たくない。蚊に刺されるのいやだ」
リーリーと秋の虫の音がして、ゆっくりと時間が流れる。
「少し前まではさ、今日はだんじりの日だったんだ」
「お祭りの行事?」
「法被を着た子どもが提灯持って、だんじり引いて、町内を周るんだ。『こちゃえ、こちゃえ』って歌いながら」
網戸越しにどこか遠くを見ている翔の目には、だんじりを引く子どもたちが見えているのかもしれない。
「やめたの?」
「古くなって、維持が大変になったから」
「……見たかったな」
いつから続いていた行事だったのだろう。もしかしたら、源も子どものころ引いていたのだろうか。
「じいさんたちが、業者じゃなくて自分たちでどぶさらいやろうっていう気持ち、分からなくもないんだ」
翔は手元に視線を落とした。
「ずっとやっていたことがなくなるのは、寂しい」
「そうだね」
「だけど、無理だろ」
翔は、たたみの上にコロンと横になった。
「海人が稲刈り手伝ってるのに、お前は出てこないのかって言われて」
「うん」
「もう限界」
ここの人たちが求めているのは翔であって、海人ではない。
「俺、来年は手伝わない」
「……そっか」
ライトからかばうように顔を腕で覆っている翔の表情はよく分からない。
「これ以上やってると、嫌いになりそう……」
「いっそのこと一度外に出てみたら、見えることもあるんじゃない?」
「一人暮らしする金がない」
「残業代は?」
「ドローン買いたいんだよ」
海人は、泣きたいような、笑いたいような、自分でもよく分からない感情に、立ち上がった。
「もう一本飲む?」
「んー、飲む」
翔はもう、答えを出しているのだ。最後はここに帰ってくると。
冷蔵庫から取り出した冷たい缶を渡すと、翔は起き上がった。プシュッという音が、静かな夜に響く。
「俺が出ていったら、お前が大変になるぞ」
「僕はよそ者だから。翔のありがたみを思い知るんじゃない?」
「そんな殊勝な連中かよ」
文句を言いながらも、嫌っているわけではなさそうなので、関係性がよく分からない。同族嫌悪なのだろうか。
「新しいところで、新しい人間関係作るのも、楽しいよ」
「いやお前、ここかなりハードモードだろう」
「そうとも言うね」
「楽しんでたのかよ」
「どうだろ」
出ていけと言われはしたが、嫌がらせを受けるようなことはなかった。そういう意味では、イージーモードかもしれない。東京の薄い人間関係しか知らない海人には、よく分からない。
だが、少なくともいまは楽しいから、問題ないはずだ。
「なあ、海人は、東京に帰るのか?」
「いまのところ予定はないよ」
少し低い声で、探るように質問されて、むしろ海人が戸惑う。
「じいさんの荷物、片づけたって。家のものをほとんど処分したらしいから、東京に帰るんじゃないかって、菜美が」
「使ってない古い家具は全部処分したけど」
「あー、福田さんが置いていったやつか」
祖父の前に住んでいた人だろう。子どもたちは街中に住み、残っていた人は、老人保健施設に入るために、家を引き払ったと聞いた。
それを片づけたことで、海人がここを引き払うのではないかという話になっているらしい。源から粗大ゴミのことが伝わり、菜美が予想をたてたのだろう。プライバシーのない感じがこの地区らしいな、とおかしくて口角が上がる。
どちらも口を開くことなく、しばらく無言が続く。どこかで蚊の飛ぶ音がする。
「お前が父さんを手伝ってくれたら……」
続きを言おうとして、翔は目をそらした。
「それも、いいかも」
祖父の本を読み終えるまではここにいてもいいかもしれないと、海人はふと思った。
遠くでお囃子が聞こえた気がした。




