第26話 帰る場所
土曜日、翔の家の田んぼの手伝いに向かうと、少し顔色の悪い翔が、稲刈りの準備をしていた。
「翔、仕事大丈夫?」
「明日試験」
口を開こうとして、止めた。無理はしてほしくないが、そこは海人が口を出していいところではない。
家から出てきた翔の母が海人を見つけ、にっこり笑う。父はすでに田んぼに入っている。
「海人くん、ありがとう。手伝ってくれて、本当にありがたいわ。夕ご飯用意してるから」
「いつもすみません」
そこに、エンジン音を響かせて、トラクターがやってきた。
翔の家はトラクターを所有しておらず、田植えと稲刈りだけお願いしている。
「おお、尾上の孫がおるんか。よう働くと聞いとるぞ。今日も頼むな」
「ありがとうございます」
海人は源と片岡の田んぼだけでなく、さらに他の人からも頼まれて三回手伝いに行った。そのうわさだろう。
六回目とあって、慣れてきた海人は先回りして稲を起こし、つまりを解消していく。求められているのは農業の技術ではないので、海人でも活躍できる。
そこにいるのは、ヒエ取りでおそるおそる田んぼに足を踏み入れた海人ではない。
稲刈りは、いつもの年よりはかかってしまったが、終えることができた。
これで、このあたりの田んぼはすべて刈り取られた。
片づけをしている最中、近くに二人しかいなくなったタイミングで、翔が口を開いた。
「お前さ……」
稲がなくなった田んぼを見たまま、つぶやいた。
「お前は普通にできただけでほめられるの、いいよな」
「翔……」
どうせよそ者で、誰も海人には期待していない。だからこそ、ほめられる。
「俺は、できて当たり前だろって扱いが、きつい」
できて当たり前。手伝って当たり前。そんな周りの期待が、ずっと翔を縛ってきた。
こちらを見ないまま、鎌を片づけている翔の背中になにかを言おうとして、けれど音となることはなかった。
「お前は帰ろうと思えば帰れるのに」
責めるでもなく、静かに落とされた言葉は、翔の羨望から出たものなのだろう。けれど。
高くなった空を見上げる。少し前の豪雨がうそのように、きれいに抜けた空。
「……僕は、どこに帰りたいんだろう」
誰に言うともなくこぼれた言葉の答えは、海人にも分からなかった。
着替えてから、翔の家で夕食をごちそうになった。
台所で、翔の妹の使っていた椅子に座り、食卓を囲む。泣きたくなるほど優しくて寂しい時間だった。
澄んだ空で星がくっきりと輝いている。
コオロギの羽の音が響く。




