第25話 稲刈り
いよいよ、稲刈りの日。
昼前に源の田んぼに向かった。不規則に倒れている黄色の稲が、海のうねりに見える。
その向こう、道をゆっくりと走るトラクターが見える。後ろに並ぶ車は、追い越すこともなくついていく。
「完全に倒れとらんから、まあなんとかなる」
ずっと育ててきた稲が収穫寸前に倒れてしまったのに、そこには悔しさも怒りもない。
言葉が見つからず黙る海人とは、対照的だ。
「そんな顔するな。来年もある」
源は鎌を持って田んぼの端に近づくと、稲を束にしてつかみ、根元から刈った。
「最初は手で刈る。やってみい」
同じようにつかみ、そのすぐ下を刈る。
「それでええ」
同じくらいの束で三回刈ると、源はそれを邪魔にならないところに重ねた。
「これはお飾りのわらじゃ」
「お正月の?」
「これを乾かしておく」
正月飾りは買うものだと思い込んでいたので、目の前のわらととっさにつながらなかった。
無造作に置かれたわらが、新年を迎える特別なものになる。
季節がつながっていくことに、不思議な感動を覚えた。
「お前さんには、残った稲を手で刈ってほしい」
「分かりました」
「コンバインには近づくなよ」
納屋からコンバインを出すところを見守っていると、自分と遊びに来てくれたと勘違いしたコロが、尻尾を振ってこっちを見ている。いつもの薄茶色に戻っているので、泥遊びのあとに洗われたのだろう。
手伝いが終わったら、あそぶ時間をもらおうと、海人は決めた。
源の乗るコンバインが、ゆっくりと進む。稲の根元を刈って脱穀し、切ったわらをまく。少しずつ、黄色い田んぼが切り崩されていく。
少し離れた田んぼで、同じように収穫しているコンバインが見える。
豪雨があろうとも日常は続いている。
コンバインがしばらく進んで、源の許可が出たところで、海人は田んぼに足を踏み入れた。
湿ってゆるいが、それでも足が沈みこむほどではない土。残った株を踏むとねんざしそうなので、慎重に足を置くところを選んで歩く。
倒れてしまって残された稲を見つけ、刈っていく。
「海人ー、来てくれ」
コンバインを止めて待っている源の元に向かう。
「そこの倒れとる稲を起こしてくれ」
「こんな感じですか」
「それでええ」
ふと、気づいて源を見る。
「なんじゃ?」
「……いえ」
海人は笑みが浮かびそうになるのを抑えて、作業に戻った。
小さく切られたわらの匂いが、土の匂いに混ざる。
途中、休憩をはさんで、ゆっくりと進んだ稲刈りが終わったのは、夕方、そろそろ日が傾く時間だった。
「だいぶかかったな」
「普通はもっと早いんですか?」
「倒れ取らんかったら、二時間もありゃ終わる」
夕方の風は乾いて涼しく、もう季節はすっかり秋だ。
納屋の前に座って、コロをなでている。頑張った海人へのごほうびだが、いまは気分が向かないのか、コロは海人の横で寝転がって相手をしてくれない。
「腰がしんどいです」
「ようやった」
途中で、倒れた稲を起こしたり、コンバインに詰まったわらを除いたり、なかなか大変だった。
「お米作るの、大変ですね」
「いまさらなに言ようる」
そんな平凡な感想しか出てこないくらい、ぐったりとした疲労感がある。無事に終わったという安心感もあるのだろう。
コロのお腹をわしゃわしゃとなでていると、触れられたくないところに触れたようで、手をカプッとかまれた。
そこに、コンバインが通りがかった。午後、少し離れたところで収穫していた人だろう。
「源さん、終わったんか」
「若いのがおったからの」
「ええのお。こっちもてごせんか? 終わらなんだ」
意味は分からなかったが、悪いニュアンスではなさそうなので、笑顔を返した。だが二人とも、海人の返事を待つように、じっと海人を見ている。
「えっと……?」
「片岡さんとこの田んぼも手伝ってくれ、と言われたんじゃ」
「都会もんには難しかったか。わははっ」
豪快に笑っている。これも縁かな、と思い受けることにした。
「あまり戦力になりませんが、それでも良ければ」
「稲を起こしてくれるだけでええんじゃ。いちいち止めてやっとると、終わらん」
それくらいならできるだろう。
翌日は、昼から片岡の田んぼに向かった。そこにはなぜか源もいる。
「監督つきか」
「こいつ、大人しそうな顔しとるが、気が強いからな」
「知っとる。高田のじいさん相手にたんか切るとはようやるわ」
会合でのことだろう。どうやら海人は地区の要注意人物にケンカを売ったらしい。
源は、そんな海人が片岡とトラブルを起こさないように、見守りにきてくれた。
少し離れた用水路のそばで、猫が寝転がって日向ぼっこをしている。
やることは、源のときと同じなので、困ることはなかった。腰を痛めないように気をつけるだけだ。
そして、半分弱残っていた稲穂は、まだ日が高いうちに刈られた。源が手伝っているのだから、補助も刈り取りもあうんの呼吸で進んでいく。海人は刈り残しを集めるだけだった。
すべてが終わると、片岡は茶封筒を手渡してきた。
「小遣いじゃ。取っとけ」
「ですが」
「もらっとけ」
「ちょっとしか入っとらんがな」
そんなつもりではなかった。けれど、若いものに仕事を押し付けるなと会合で発言したのは、海人だ。ありがたくもらうことにした。
海人の頑張りが認められたようでうれしい。
その気持ちのまま、菜美と翔に報告しようとメッセージを打ち込もうとして、けれど海人はスマートフォンを置いた。




