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第21話 児島湾

 祖父の荷物を片づけよう。ふとそう思い立った。

 畑も落ち着いている。十月になれば、源の田んぼの稲刈りを手伝う約束をしているが、いまは少し余裕がある。そして、朝夕が涼しくなった気がするので、暑さで奪われていたやる気も湧いてくる。

 町内会の会合での発言の影響も落ち着いてきた。中には「ここだけの話だが、よく言ってくれたと思っているよ」という人もいた。「文句があるなら出ていけ」派が圧勝ではあるが。


 この家の荷物をどうするかは、すべて海人の判断で決めていい。

 祖父の個人的な書類などは段ボールに詰めて、服などは処分することに決めた。


 岡山市のサイトでゴミの分別の仕方を見ながら、片づけていく。なかなか骨の折れる作業だ。


「古布と可燃ゴミの違いがよく分からない。もう全部可燃ゴミでいいかな」


 このために指定ゴミ袋の一番大きいものを買ってきたのだ。全部それに放り込みたい。

 一つずつ確認して、分別して、辛抱強く続けていたが、午前中で根を上げた。


「やってらんない」


 お金を払って遺品整理を頼む人の気持ちが分かった気がする。

 とりあえずお昼ご飯にしようと、海人は台所へ向かった。

 外ではまだセミがシャワシャワと鳴いている。


 海人は、整理の仕方を変えることにした。まず、いらないものを一つの部屋に集めよう。部屋はたくさんあるのだ。

 不要と決めたものを、袋にどんどん入れていく。そしてある程度たまったら、いらないもの置き場に運ぶ。これで、だいぶ作業が早くなった。


 進みだすと、楽しくなる。

 最初は、使うかもと取っておいたものも、迷ったものは捨てると決めると、どんどん部屋からものが減っていく。

 祖父の使っていた布団も処分しよう。海人は固さが合わず、買い直した。取っておいたところで、この家に泊まりくる人はいない。必要になったら貸し布団もある。

 数日で、いるものといらないものの選定は終わった。あとは捨てるだけだ。


「おい、おるか」

「はーい」


 源の声がして外に出ると、源は芽の出たニンジンを確認していた。


「そろそろ間引け」


 そういうと、一角だけ見本にニンジンの葉を間引いた。


「あとはやっとけよ」

「はい。ありがとうございます」


 水やりは欠かさなかったが、祖父の荷物の整理に熱中して、少し畑のことがおろそかになっていた。


「あのゴミは」

「祖父のものを、片づけようと思って。数日熱中していました」

「ゴミ処理場に行くなら、軽トラを出してやる」


 布団は粗大ゴミだが、事前に申し込めば無料で持ち込めるそうだ。

 ゴミ袋は軒下に並べている。次の収集日の朝、ゴミステーションに運ぶ。一度に全部出すなら、時間がかかりそうだ。


「じいさんの軽トラ、どうするんなら」

「僕は乗れないので……」

「そうか」


 車庫のシャッターは、一度も開けていない。

 源は納屋のほうに目をやると、ゴミ処理場に行く日が決まったら知らせるように、と言いおいて自転車で帰っていった。


 市のサイトで調べて、粗大ゴミの持ち込みの申請をした。期限が切られたので、整理にも熱が入る。

 始めてから一週間で、祖父が寝起きしていた部屋には、家具と本、それに衣装ケースに集めた書類だけとなった。

 海人は、人の気配のなくなった部屋を見回した。

 コオロギの羽音が、悲しく響く。



 ゴミ処理場に持ち込む日、源は山盛りの粗大ゴミに少し目を見張った。


「祖父も使ってなかったものを、もう処分にしようと思ったんですけど……。乗りますか?」

「シートをかけりゃいける」


 おそらく祖父がこの家を購入したときにはすでにあったのだろう古い家具が残されていた。もう使わないそれらも処分することにした。

 大きなものから荷台へと載せていき、最後はロープを渡して落ちないように固定してから、源が手際よくシートをかけた。海人は周りでウロウロすることしかできなかった。


 荷物がたっぷり詰まれた軽トラは、市の中心とは逆の方向へ向かっていく。


「思い切ったな」

「はい。本だけ残しました。それが一番祖父を知れるかなと思って」


 祖父は読書家だったようで、たくさんの本が残されていた。海人なら手に取らないような本が多かったが、少しずつ読んでみるのもいいかもしれない。


「祖父は……」


 幸せだったのだろうか。そう言いかけて、止めた。そんなこと聞かれても、源が困るだけだ。


「好き勝手にやっとったが、ここ数年は弱っとった」

「そうだったんですか」

「田んぼも人に任せたが、それでも畑は自分でやりょうた」


 海人の知らない祖父が、確かにこの地に根差して暮らしていた。


「どうして、この地だったのでしょう」

「さあな」


 分からないことばかりだ。

 けれど、海人のように、理由なく惹かれてこの地に来たのかもしれない。


 車窓を流れていくのは、薄く緑の混じる黄色の田んぼ。

 祖父はこの地でこの景色を、何度見たのだろうか。



 粗大ゴミを降ろして空になった軽トラは、水際の道を走っていた。


「児島湾じゃ」

「対岸が近いんですね」


 帰るついでに、海人に土地案内をしてくれているようだ。地図では見ていたが、実際に見ると、向かいの半島がすぐそこに見える。無意識に東京湾のようなものを想像していたのだと、気づかされる。

 しばらく進むと、百間川に突き当たった。


「百間川の河口が広い……」

「あの水門が、満潮のときの逆流を止めとる」


 瀬戸内海の潮の満ち引きに、家のすぐ近くを流れる川が影響されるという事実が上手く飲み込めない。潮の香りもしない、内陸だと思っていたのに。


「田んぼの下には、まだ塩があるんじゃ」


 風に揺れる稲に、寄せては返す波が重なって見えた。


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