第20話 バーベキュー
少しずつ穂が黄色に変わっている田んぼの中、菜美の家の庭で行われているバーベキューに参加している。
三家族に加えて、菜美と海人という顔ぶれだ。
「こっちのほうは、田んぼが多くいいねえ」
「うちじゃ、庭でバーベキューしたら、お隣さんから文句言われるよ」
ここで気にするのは、美味しい匂いに惑わされる隣のコロだけだ。
子どもたちは、あいさつもそこそこに畑へと突撃している。
「お野菜があるところは踏まないでね」
「おじさん、だれ?」
「……海人だよ」
返事が一瞬遅れた。
遠慮なく野菜に触れる子どもたち。農薬を使ったばかりだと触るのはよくない、と止めようとして、気づいた。ここは、菜美の畑だ。
「菜美、強い農薬って使ってないよね?」
「ん? ああ、大丈夫」
畑を縦横無尽に走り回る子どもたちに目をやって、菜美がうなずいた。
ほうれん草の苗が踏みつぶされないようにだけ、気をつけていればいいだろう。
「海人、紹介するね。中学のときの友だち。美沙、彩加、成美」
「はじめまして。海人さんって、どこの人ですか?」
「東京です」
「ええ? じゃあ、菜美のために岡山に来たの?」
海人は笑いながら、菜美を見る。
菜美は、友人に見えないように、海人に向けて小さく謝っている。共犯者めいた空気が面白い。この場をどう乗り切るのかは、菜美に任せよう。
「でも、翔くんは? いいの?」
「待たせすぎよね。もうすぐ三十なのに」
答えない菜美と海人にかまわず、周りが勝手に話を作っていく。
気づくと、煮え切らない翔に見切りをつけた菜美が、海人を東京から呼び寄せたことになっていた。
「海人さん、お仕事は?」
「退職しました」
「やっぱり、東京の人間関係に疲れた感じですか?」
「美沙、やめなよ」
そこに、子どもたちが横から話しかけてきた。
「おじちゃん、東京の人?」
「そうだよ」
「ディズニーランド行ったことある?」
「あるよ」
「いいなー」
行ったのは学生のころだが、うそは言っていない。
「スカイツリーは?」
「ないけど、東京タワーはあるよ」
「芸能人に会える?」
興味を持った子どもたちがさらに集まってきて、矢継ぎ早に質問される。
「見かけたことはあるよ」
「屋上から富士山見えるとこ、この前テレビでやってた。行ったことある?」
「……渋谷かな? そこはないね」
次々に観光スポットができるので、どこのことか分からない。
ふと横を見ると、菜美の友人たちが、満足そうにこちらを見ている。
「菜美、いい人捕まえたじゃん」
「菜美のこと、よろしくお願いしますね。昔から面倒見がよくていい子なんです」
あいまいに笑うことしかできない。
子どもの質問攻めに、誠実に答える海人は、菜美の友人たちの高評価をもらえたようだが、それはよかったのかどうか。
「でもさ、この家を継ぐの? 農業で食べて行けるの?」
「東京の人なら、会社作ったりして、うまくやれるんじゃないの?」
「それはおいおい考えるよ。それより、食べよう」
強引に話を切りあげた菜美が、網に野菜を並べ始めた。
海人は、網の前で焼けたものを皿に移していく。
菜美たち女性陣は、四人で話が盛り上がっている。というより、菜美が根掘り葉掘り話を聞かれてる。
食べものを運んだり、空になったコップにお茶を注いだりする係。食べものに興味を示さず庭で遊んでいる子どもを見る係、小さい子に食べさせる係。男性陣は自動的に役割分担している。
今日はみんな車で来ているので、お酒はない。バーベキューにはお酒がセットだと思っていた海人には、新鮮だ。
「海人くんだっけ? 菜美とどうやって知り合ったの? あ、俺も中学同級生だったんだよ」
「そうなんですね。たまたま一緒にテニスをしたんですよ」
「東京に行ったのに帰ってきて、あっちでなんかあったのかちょっと心配だったから」
「土地に根差したことがしたいみたいですね」
いつか菜美が、帰ってきた理由を好き勝手に想像される、と言っていた言葉を思い出す。
「同級生と結婚するって、ロマンチックですね」
「ほら、ここ出会いないし。東京はたくさんありそう」
「機会はそれなりに」
海人は内心で苦笑しながら、肉をひっくり返した。
「今日はありがとう」
「お疲れ」
「ほんと疲れた」
片づける海人の横で、菜美はだらけている。気力を使い果たしたのだろう。
「巻き込んでごめん。埋め合わせはするから」
「いいよ。おもしろかった。それより、お肉けっこう残ったね」
「うちだけじゃ食べきれないし、ちょっとおばあちゃんと相談してくる」
そう言い残して、菜美は家の中に入っていった。海人は、使い終わった皿やコップを片づける。
子どもたちが走り回っていた畑には、ところどころ小さな足跡が残っている。
夕食は、そのまま再度バーベキューになった。
片づけを一回で済ませる、という菜美らしい解決策に、聞いたときに海人は吹き出してしまった。
海人は、肉を焼きながら、菜美の祖母の作ったサツマイモの煮物を口に運ぶ。足元には、蚊取り線香。
菜美の家族たちは家の中にいて、菜美が焼き上がったものを届けている。肉の消費は、そのために呼び出された翔の担当だ。
「俺のところに、『菜美を取られるぞ』って来たわ」
「なんか、ごめん」
「情報早いねえ」
「……海人、まんざらでもなさそうだな?」
状況を嫌がっていない海人を、翔が不思議そうにを見ている。
「すごく新鮮で。東京じゃアンタッチャブルだからさ」
「なんで触れちゃいけないんだ?」
「多様性? コンプラに引っかかる」
遠慮なく、なんなら年収まで聞き出しそうな勢い。まあ、年収については、完全に個人の性格だろうが。
「それに、他人にそんなに興味ないよ」
「分かるわー。帰ってきて、一番戸惑ったもん」
「まあ、この先会わないだろうから、どうでもいいよ」
「いやいや、会うぞ。田舎のコミュニティの狭さ、なめんな」
会ったら会ったで、そのときだ。
にぎやかだった昼とは違い、肉の焼ける音がよく聞こえる。
菜美は椅子に座って、お酒を飲みながら、田んぼの向こうを見ている。空が暗くなってきて、少しずつ星が見え始めている。
「その状況に海人がひいて、やっぱり無理って振られたことにしたら、しばらく何も言われないかな」
「捨て身の作戦過ぎない?」
「ありかもな」
「え? ありなの?」
そこまでしなくてもそのうち下火になるだろうと考えていた海人は、二人の顔を交互に見た。
「親世代は分かるけど、同年代もなんだね」
「人によるけど、結婚するのは既定路線って感じはあるよ」
「都会は違うのかよ」
「人生の選択肢の一つ、かな」
翔にとっては、結婚して、あの家の田んぼで米を作っていく、それが自然な流れなのだろう。
そして菜美は、そこから一歩、ずれているのかもしれない。




