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第16話 会合

 公民館で行われる町内会に、海人は源と一緒に向かっている。初めての参加で勝手がよく分からないだろう海人を、源が誘ってくれた。

 日が落ちてもまだ暑い夕方、風が凪ぎ、稲穂が実り始めた田んぼは、濃い緑の中に黄色が混じる。


「おい、今日は黙っとれよ」

「大人しくしています」


 家から一人は参加し、出られない場合は委任状を渡すというシステムで運営されている町内会は、海人にはマンションの管理組合に見える。都会的感覚で口を出せば、顰蹙を買うかもしれない。


 公民館に入って驚きに目を見張った。翔が父親と一緒に参加している。だが目が合うと、すっとそらされた。


「まだ続いとんか。子どもじゃな」

「すみません」


 子どもなら、どんなによかったか。翌日には理由も忘れて一緒に走り回っていただろう。


 全員そろったところで、開会が宣言され、回覧板にかかれていた議題が、順番に議論されていく。といってもほぼ結論は決まっている話題なので、紛糾することもない。

 少しだけ盛り上がったのは、カラスとヌートリアの被害についてだ。どこの家も作物の食害がでている。食べられない野菜を畑に放置しておくと餌となって呼んでしまうので、処分を徹底することが全員一致で決まった。

 すべての議題が終わったところで、今日の会議は終了かと思われたとき、「議題を一つ追加していいですか」という声が上がった。翔だ。


「どぶさらいは、全員からお金を集めて業者に頼んだほうが、公平でいいんじゃないですか?」

「なんでじゃ。いまのままでええ」

「そうじゃ。頼んだら金がかかる」

「だれが金出すんじゃ」


 業者がどれくらいで受けてくれるのか分からないが、翔なら事前に調べているだろう。


「いままで若いもんが中心にやってきたんじゃ。これからもそれでええじゃろ」

「藻引きのあと、海人は熱中症で倒れました。手を出さないなら、口も出さず、お金を払ってください」

「なんじゃと? 参加者がおらんくなるぞ?」

「そうなったら、業者で」


 翔の態度に、公民館の中にいる人たちが戸惑っている。きっと今までこんなふうに翔が反論することはなかったのだろう。


「わしは業者でええと思うぞ。最近の暑さは堪える」

「業者に頼むとして、費用は足りるんか? それが分からんと、何も言えん」

「みんなでやればいいじゃろう。無理のない範囲で。集まる機会にもなる」

「そう言って、若者に押し付ける気ですか」

「翔、止めなさい」


 翔の言葉の一言一言に、トゲがある。けれど、表情はとても静かだ。

 源はただ黙って話を聞いており、翔の父はこめかみを押さえてうつむいている。

 海人はとても嫌な予感がして、口を出さずにはいられなかった。


「発言してもよろしいですか?」

「こりゃ、やめんか」


 源に止められるが、聞くことはできない。翔はこちらを見ない。

 一度深呼吸して、冷めた目を向けてくる町内の人たちを見回す。それから、若いもんにやらせるといった男性を見る。


「若いからできるだろうって、全部やらせるのは、違うと思います」

「いま毎日お前がやりょうるが。それでええじゃろ」

「そうじゃ。翔くんとやればよかろう」

「あれは僕が自主的にしていることです。続けるかどうかは、僕が決めます」


 翔を巻き込むなら、海人は止める。


「ふん。文句があるなら、出ていけ」

「困るのは、僕じゃないと思います」

「お前がおらんでも、翔くんがおる!」

「……翔にばっかり押し付けないでください」


 なぜ、翔がこの地にずっと残ると信じていられるのだろうか。翔も出ていけるのだ。この地を捨てれば。

 海人の「なにもないこの地にしがみついて」という言葉をいまだ許さないくらい、生まれ育ったこの地を愛している翔に、そんな選択をさせないでほしい。

 沈黙が公民館を満たす。すぐ前の道を通っていく車の音が、やけに響いて聞こえる。


「……来年から、藻引きやどぶさらいは、参加人数を見て、業者への委託も検討する。そのことを、来年の田植え前にもう一度話し合う。それに反対の者はおるか?」


 沈黙を破ったのは、町内会長の藤原だった。苦虫をかみ潰したような顔をしているから、あとで文句を言われるかもしれない。


「それがええな。どれくらいかかるか、見積もりもとらんと」

「そうじゃの。わしらも年を取る。出来んところは頼む、ええ機会かもしれん」

「……」

「反対はおらんな。全会一致で採用とする。今日の会合はこれで終わりじゃ」


 藤原が、閉会を宣言した。

 緊張した空気が解けて、公民館を出ていく人たちの反応は、面白いくらいに分かれている。

 憎々しげに海人たちをにらむ者、感心している者、それから、やっと終わったという無関心な者。元からお金を払って不参加の家庭には、どうでもいいことなのだ。


 公民館を出て、先を歩く翔に近づいていくと、今度は逃げられなかった。


「言ってくれれば、僕が提案したのに」

「お前が言って、あいつらが聞くか。嫌がらせされないように、気をつけろよ」

「二人とも、藤原さんに感謝しなさい」


 きっと翔は、自分が孤立することも覚悟していた。だから、藤原は決定的にこじれる前に強引に話をまとめたのかもしれない。結論は先送りだが。


「海人があんなにはっきり言うと思わなかった」

「なんか頭来ちゃって」

「お前なあ……」

「僕もヌートリアなのかもね。外から来て、いろんなところ引っかき回して、敵視されて。駆除されちゃうかな」


 ふふっと笑いがこみあげる。海人もあんな無害な顔をしているだろうか。


「よそ者が来ないと、変われないところだってある」

「だからこそ、今日のことは僕がやらなきゃいけなかったんだ。ここから出ていける僕が」

「海人、お前まさか……」

「こんなことで出ていかないよ。負けるみたいでいやだ」


 そのとき、月明りに照らされた田んぼの景色が揺らぎ、荒れ地が重なって見えた気がした。

 どこかで猫の鳴き声がする。

 翔がこの地を捨てたら、本当にそうなるのかもしれない。


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