第14話 草刈り
カラス騒動の翌日。カラス騒動でできなかった前日の分も川掃除をしようと、バケツを持って歩いていると、声をかけられた。
「昨日見んかったなあ。若いんじゃけえ、がんばれや」
「え?」
「そこのゴミ、頼むな」
これは海人が自主的にやっていることだ。いつのまに海人がやる制度になっているのか。それに、見えているなら、どうして自分で取らないのだろう。
けれど、ここでもめてもいいことはない。喉元まで出かかった言葉を海人は飲み込んだ。
その言いようのない違和感は、掃除が終わっても消えなかった。
自分のできることを増やしたい。
海人は、納屋にある祖父の残した機械を見て、源に教えを乞うことにした。
「源さん、草刈り機の使い方を教えてもらえませんか?」
「じいさんのか?」
「はい。見た感じ、使えそうです」
すぐに源は海人の家を訪れ、さっそく眠っていた草刈り機を確認している。
棒が長く、先には刃がむき出しになっていて、一人で起動するのは不安だった。
「使えそうじゃ。燃料は新しいのに変えとけ」
「どこで手に入りますか?」
「……うちにある」
「ありがとうございます!」
自転車しか乗らない海人には、燃料というものに縁がなかった。甘えて申し訳ないと思うが、これから覚えていくので、最初は許してほしい。
だが、その場で起動してみよう、とはならなかった。
海人:源さんに草刈り機の使い方教えてってお願いしたら、ゴーグル用意しろって言われた
菜美:あったほうがいいよ。石飛ぶからね
海人:そんな飛ぶの?
菜美:飛ぶ飛ぶ。目に入ったら大変だよ
海人がからかわれているわけではないようだ。そんな人ではないと分かっているが、それでも大げさではないかと思っていた。
菜美:ホームセンター、行こっか?
海人:ネットで頼むからいいよ
菜美:ついでなのに
海人:わざわざ悪いよ
試着しなければサイズが分からないようでもないから、ネットで注文することにした。
ゴーグルが届いてすぐ、草刈り機の使い方を教えてもらえることになった。
長靴に作業ズボン、長袖に軍手に麦わら帽子。ここまではいつもの標準装備だが、そこにゴーグルをつけている海人を見て、源はひとつうなずいた。
地面に置かれた草刈り機の刃は、少しだけ空をむいている。
「地面に置いたまま、エンジンをかける。刃は畑に向けておけ」
「チョークを閉めて、ポンプを押して、スターター紐をひっぱる。ですよね?」
「ああ」
源にばっかり頼っていられないと思い、ネットで調べた。そして、使いたいと言ったことを少しだけ後悔した。
なぜ、スイッチ一つで起動しないのかが、理解できない。
文句を言っても仕方がないので、この儀式めいた一連の手順は動画を見て覚えた。
緊張しながら、覚えた手順を、一つずつ行い、紐を引く。
……。
うんともすんとも言わない。
「スイッチが入っとらん」
「あ……」
大元のスイッチを入れ忘れていた。
入れて、再挑戦したが、やはり草刈り機は眠ったままだ。
「もっと強く引っ張れ」
「はい」
思い切りぐっと紐を引く。
――ブボボッ……
少しだけ音が鳴ったが、すぐに止んでしまった。
「……今の、かかりましたよね?」
「かかっとらん。もう一回じゃ」
それから、何度か挑戦したが、なかなか起動しない。動画では簡単にできていたのに。
これだけで、額から汗が落ちる。
もう一度、グッと力を込めて大きく紐をひっぱる。
――ボボボッブルンブルン
ついにエンジンがかかった。
「できました!」
「ああ」
ガッツポーズしている海人を、源が軽く笑いながら見ている。その表情を見て、海人は我に返った。
「じゃ、じゃあ、草を刈りましょう」
「刃先を人に向けるな。人がいる場合は中止しろ」
「はい」
エンジンをかける前に持ち方は教わっていたので、同じように肩からかける。だが止まっているときにはなかった振動が、草刈り機から伝わってきて、腕がびりびりする。
畑の端、野菜を植えていないために草が伸び放題のところに向かう。今日はここの草を刈る。
気づくと、源は海人の後方の離れたところにいる。
「源さん、なんでそんなに離れてるんですか」
「飛ぶからな」
「そんなにですか?」
「そんなにじゃ」
エンジン音に負けないように、大声を張り上げて会話している。
この機械、海人が使っていいものなのかと、不安になる。
地面から少し浮かせて、右から左に払うように。
教わったように、ゆっくりとレバーを握る。急に握ってはいけないというのは、ネットでも見た。
――キュイーン
驚いてレバーを握る力を緩めると、刃は回転速度を落としていく。
「あっとる。それでええ」
「はい」
もう一度慎重にレバーを握り、刃を回転させる。
そして、右側から雑草を払うように刃を当てた。
――シャッ
軽い音がして、草が舞う。
遅れて、燃料の匂いに負けずに青い匂いが鼻に届く。
「できた……」
土に当てないようにと思って、かなり高い位置で刈ってしまったが、それでも一部だけ刈り取られ、段差ができている。
田んぼの畔で草を刈っている人たちを見ていたときは、高い雑草が倒されていくのが快感だった。それを、自分の手で行えたことに、うれしさが湧き上がる。
後ろにいる源を振り返ると、うなずいた。
このまま、この一角の草を刈ってしまおう。
右から左、右から左、と呪文を唱えながら、少しずつ前に歩いていく。
「うわっ」
刃が土に当たって、舞いあがった。それまで刈っていた草も一緒に、バラバラと飛ぶ。ゴーグルがなければ、目に入っていたかもしれない。
土に当てないように、でも高くなりすぎないように。そのバランスが難しい。
四苦八苦し、土を削るハプニングはあったが、なんとか予定しているところを終えることができた。
背の高い草がなくなると、畑がスッキリとして視界が開ける。
作業の結果が目に見えるのがうれしくて、笑みが止まらない。自分が景色を作り替えた達成感に、身体が軽い。
「しばらくは一人で使うなよ」
「……はい」
「畑だけじゃ」
「畔は?」
「水の流れが変わる」
海人としてはとてもよくできたと思っていたが、源の合格点はもらえなかった。




