第13話 黒い羽
トレイにまいた種から出たキャベツの芽は、無事に大きくなり、いよいよ畑に定植する。
今回は土づくりも海人が自分で行った。植える日から逆算して、肥料を混ぜて、畑を耕した。
源に聞きながら鍬を使い、なんとか畝も作った。海人が作業しているそばで、源は何度も止めようとしては思いとどまるという動作を繰り返していた。よっぽど海人の動きが危なっかしかったのだろう。「足を切るなよ」というアドバイスは、おそらく本気だった。
穴を掘っておいて、そこに苗を入れていく。オクラのときは買ってきた苗だったが、今回は海人が種から育てたから、扱いも丁寧になる。
「冬には美味しいキャベツが食べられますように」
祈りながら、海人は植え付けた。源は、無言で見守っていた。
翌朝、キャベツが無事に根を張るかを心配しながら畑に出た海人は、言葉を失った。
実り始めていたオクラがすべて、食い荒らされている。実の痕跡だけが残り、そこにあるはずの命だけが削り取られている。上のほうのオクラばかりが食べられており、犯人を確信した。
「……カラスか」
都会のカラスは唐揚げを食べているイメージがあって、野菜は狙われないと思って油断した。しかもすべてが食べられているのではなく、選り好みしてところどころつつかれている状態だ。まだ完食してくれたらあきらめもついたのに。
遠くでカラスが鳴いている。海人のオクラを食べたカラスか、はたまた別のカラスか。
海人はがっくりと肩を落とした。視線を落とすと、行列を作ったアリが足元を歩いている。
これ以上食べられてはたまらない。まずは、対策をしよう。
うまくいかないことが続いて、やる気までカラスに食べられてしまったような気になるが、頭を振って弱気な気持ちを追いやる。
海人は動画で調べたカラス対策を、オクラの周りに行うことに決めた。
翌日の朝、覚悟を決めて見に行くと、やはり若いオクラが少しかじられていた。
それだけ、美味しいものができていると思うしかない。
ネットで注文した黒テグスが届いてすぐ、海人はオクラの周りに張り巡らせた。支柱を立てて、そこにテグスを渡して、上からの攻撃に備える。
これで明日はオクラが食べられるはずだと期待しながら眠った翌日――
「そんな」
黒テグスを張り巡らせていた支柱が倒れていた。しかも中途半端にテグスがオクラに引っかかっているので、慎重に外さなければ、オクラが傷つく。これは直すのが大変そうだと近づいていって、その存在に気づいた。
「うそだろう……」
テグスが羽に絡まって、カラスがオクラに捕らわれている。周りには黒い羽が散らばっている。
朝からやけにカラスが鳴いていた。てっきり黒テグス作戦がうまくいって、食べられなくなったカラスが文句を言っているのだと思っていたが、原因はこれだったのか。
海人:どうしよう。畑にカラスが!
菜美:最近多いよね
海人:そうじゃないんだ! オクラ食べられたからテグス張ったら、引っかかってる
既読はついているのに、返信がない。下手に返事して巻き込まれたくないのだろう。薄情者。
こうなると、助けを求める相手は一人しかいない。
わらにもすがる思いで、海人は自転車に乗った。
「源さん、おはようございます。オクラにテグスを張ったらカラスがかかってしまいました。どうすればいいですか!?」
コロの散歩に出ようとしている源を捕まえ、一気にまくしたてる。
「カラスがかかった?」
「羽が引っかかって飛べないみたいで」
「取ってやれば勝手に飛んでいこうが」
「……触れません」
あきれた視線を感じるが、できないものはできない。野生の動物は病気を持っているから触ってはいけません、と言われて育ったのだ。その忌避感を越えられない。思わず両手を強く握る。
「それぐらい自分でやれ。かみつかれりゃせん」
「……はい」
自然と視線が下がると、目のあったコロが尻尾を振ってくれる。
力なくコロをなでてから、とぼとぼと背中を丸めて自転車に向かう海人に、「そんなにいやなんか」と源がつぶやくのが聞こえた。
畑に戻った海人はハサミを片手に、覚悟を決めてオクラに近づく。逃げようとバタバタと翼を動かすカラスは、真っ黒の目で、海人を責めるように見つめてくる。
「大人しくしてて、お願い」
注意深く観察すると絡んでいるのは、二本のテグス。それを離れたところで切って、反対側から一本ずつゆっくり引き抜く。
一本は抜けたので、あともう一本。慎重に引っ張るが、絡まっているようで抜けない。きつく引っ張ると、余計に絡まるかもしれない。どうすべきか迷っていると、カラスが強引に飛び立った。
「うわっ!」
バサバサと黒い羽が舞い、テグスには絡まった羽根が残されている。
解放されたカラスは納屋の屋根の上で、こちらをうかがいながら羽繕いをしている。
「ごめん。もう来ないで。頼むから。お願い」
カラスは頭がいいから報復されるかもしれない。その恐怖から、海人はカラスに向かって必死で語りかけた。きっと翔が見たらあきれるだろうな、と頭の片隅で思いながら。
残されたカラスの羽は、見ていたくなかったので、畑の使っていないところに埋めた。
その作業を、白い猫が離れたところからじっと見ていた。
夕方、様子を見に来た源は、支柱を握ってぐいぐいと動かしている。
「埋め込みが甘いんじゃ」
源は畑のそばの納屋を開け、腰くらいまでの杭と、木のハンマーを持ち出した。勝手知ったるなんとかだ。支柱の横に杭を刺し、ハンマーでガンガンと頭をたたいて、土に埋め込む。そして、手早く紐を結んで、支柱を杭にくくりつけた。
「これくらいしっかりせんと、重さに負ける」
「はい」
「キュウリやエンドウのネットもこうやるんじゃ。覚えとけ」
一か所見本を作ると、ハンマーをひょいっと手渡してきた。その動作から予想したよりも重くて、受け取った海人はたまらずふらつく。
「CDや目玉の風船も効く。ただし、場所を変えんと覚えるぞ」
「ありがとうございます。最初からそっちにすればよかったです……」
そうすれば、カラスが引っかかって大騒ぎすることもなかった。
「そうだ、キャベツの苗、見てもらっていいですか? 水やりも問題ないと思うんですけど」
「大丈夫そうじゃ」
ざっとキャベツも確認してもらうことができた。
失敗はあったものの、なんとか次につなげられたと、胸をなでおろした。
夜、カラスの食害と捕獲について、あらためて調べている。対策を探していたときに、自治体によっては捕獲に補助金を出しているところがあると見た。
お金がもらえて被害が減るならやってみようかと、市のウェブサイトを訪れた。対象となるのは、カラスやヌートリア、それにシカ、サル、イノシシなど。このあたりにはいないが、山のほうにはイノシシが出ると聞いている。
けれど海人は、詳しく見る前にページを閉じた。補助金をもらうためには報告する必要があり、その報告例の写真が並んでいるところで、それ以上スクロールを進めることができなかった。
作物を守ることが、何かの命を奪うことにつながる。
海人はスマートフォンから手を離し、寝転がって天井の木目を見つめた。
翔の「遊びで農業やってるやつ」という言葉が胸に刺さった。




