違和感センサー発動
身なりはいいが....
違和感センサーは黄色。
カレーを受け取った男は、ベンチに座って、
ゆっくりと一口食べた。
あ。……おかしい。
初めてのカレー、普通なら何かしら反応があるもんだが、こいつは違う。
無表情のまま、淡々と口に運ぶ。同じペースで。
……何それ。
ちら、と視線だけが動いた。
鍋。 洗い桶。 パンの籠。 そして、私。
ぞわり、と背中に寒気が走る。
マシロが、すっと前に出た。
「キュル……」
いつもより、低い声。シッポをピンと立てている。
男の手が、一瞬止まったが、また何事もなかったかのように、食べ始める。
パサッ。カースケの羽音だ。
見上げると、高い屋根の端に止まって、じっと男を見ていた。
食べ終わると、男は立ち上がった。
皿を、洗い桶に静かに置く。
「ごちそうさま。美味かったよ」
にこり、と笑った。
「また、来るよ」
「……ありがとうございます」
男は人混みに紛れて、すっと消えた。
しばらくして、
「……カツミ」
タケシの声が頭に?あ、カースケや。
「さっきの、見てた?」
「あぁ。気ぃつけろ。あれ――」
一拍、間があく。
「“客”やない」
店を閉めた後、まっすぐ商業ギルドに向かった。
念のために、離れたところに馬車を置き、カースケを見張りにつけて、歩いてギルドに行った。
ギルド長のカナヤンに、男のことを話すと、
「そうか、お前のとこにも来たか。
まあ目立つしなぁ。あのシマシマ」
「何なんですか、あいつ」
「あいつはな、アルナから来てるんやが。
そうやなぁ、露店商の元締めやな」
「アルナって城下ですよね。
でも屋台は......」
「あぁ、元々屋台は自由なものやったが、うまいこと言いくるめてな。アルナはアイツが取り仕切ってる」
カナヤンが言うには
金貸しのその男が、トラブルの仲裁と称して入り込んで、露店で商売をする人達をまとめたらしい。
どうもそのトラブルも、元はその男の差し金だったようだ。
そして、場所代を取り、仕入れにも口を出し、払えないものには借金させ、文句を言うものには嫌がらせをする。
おかげでアルナの露店は、数も減り、今はさびしいものだそうだ。
「まぁアルナのことやと思って、ほおっておいたんだが。
そうもいえんようになって来たな」
「それでこっちに」
「あぁ。うまいこと乗せられて向こうに行ったやつもおる」
「......」
「サッと見切って帰ってこれたらいいんだが。
借金が膨らんだらーー」
「?」
「売られる。奴隷や」
「奴隷やなんて」
「王都アルネシアにはな、貴族もおる。だから奴隷制度は健在や」
「そんな」
「ここみたいな町は少ないんだ。実はな」
「どうするんですか!」
「んー。向こうの商業ギルドは城直轄や。俺では城は動かんし。
うん。テラやな」
「え?」
「テラなら王様とも親交がある。多分うまいことやる」
「そうなんですか?」
「第一、テラ怒らせたらどうなるか、分かるやろ」
「あ。真っ暗」
「そういうこっちゃ。アッハッハ」
ギルドを出たあとも、足取りは重かった。
奴隷。
その言葉が、頭から離れない。
タケシは、ぎゅっとカツミの肩を抱いた。
馬車に戻ると、カースケがすっと肩に降りた。
「カー」
マシロは、荷台の隅で丸くなっていたが、カツミの腕に飛び込んできた。
「きゅん」
あいつ、“また来る”言うてたな。
「クソっ。負けへん」
御者台で、タケシがカツミの手を握る。
嫌な予感は、だいたい当たる。
噴水広場は、いつも通り――
……いや、違う。
どこからか見られている。
カレーを温めながら、さりげなく周囲を見る。
――いた。
少し離れた場所に同じ男が立って、こっちを見ている。
そして、その後ろに、二人。
増えてるやん……
マシロが、低く唸った。
「キュル……」
カースケは、すでに飛び立っていた。
男が、ゆっくりこちらに歩いてくる。人混みが割れる。
あー。嫌な感じや。
「やあ」
にこり、と同じ笑顔。
「今日も、盛況やね」
「……ありがとうございます」
「少し、話ええかな」
来た。
真正面、もう逃げられへん。
「商売の話や」
知っとる。
「うちはな、露店の者同士、助け合う仕組みを作っとるんや」
こぶしを握る。
「場所の確保、仕入れの安定、トラブルの仲裁」
クソったれ。
「君みたいな有望な店には、ぜひ――」
「いらん」
かぶせたった。
男の目が、わずかに細くなった。
「……ほう。話、最後まで聞かんのやね」
「聞いても同じやし」
にっこり返す。
胸を張れ。私。
男は、少しだけ首を傾げて、くすりと笑った。
「強いなぁ」
一歩、近づく。
「でもな」
声が、少しだけ低くなる。
「強いだけでは、商売は続かんのやで」
そのとき、
――バサッ!!
カースケが、二人の間に割って入った。
「そこまでや」
低い声。タケシが立っていた。
あ。あかん。
その後ろに大きな黒い影が......
黒い影が、ぬるりと前に出る。
タケシの横に並び無言で圧をかけた。
ぐっと奥歯を噛む。
男を睨みつける。
手が......無意識に鍋に伸びる。
男が、少しだけ顎を上げた。
「……分かってへんなぁ」
バシャァッ!!
「うわぁー!?」
気がつくと、男に、カレーを鍋ごとぶちまけていた。
「――あーあつ、あつ!?」
周囲が、一瞬で凍る。
スパイスの香りが、ぶわっと広がる。
「うちのカレーはなーー
客に食べてもらうために作っとんねん」
一歩、踏み込む。
「あんたの黒い腹肥やすために作っとるんやないわ」
男の後ろの影がすっと動く。
その時、一瞬にして空気が冷えた。
「お止め!」
いつの間にか、そこに立っていた。
来た……。
カレーの匂いだけが満ちている。
男は、顔を拭きもせず立ち尽くしている。
「きったないなぁー。」
ざわめきが、消えた。
そこに立っていたのは――テラ。
「お前か」
テラの視線が、男に落ちる。
それだけで、男の顔色が変わった。
「私の町で何をしておる」
「……これは、ほんの行き違いでして――」
テラは一歩、前に出た。
男の喉が、ごくりと鳴る。
「……わ、私は何も...」
かすれた声。
パサッ。男の前に紙の束が投げられた。
「人の努力を喰らって、許されると?」
男の膝が、崩れた。
「……あ、あ……」
「王に渡す」
「判断は、あちらや」
男達は衛兵に引き渡された。
テラがクルッとカツミの方を向いた。
「カツミちゃん、よくやった。
でも今度からやめてよね。もったいないから。ふふっ」
数日後。
広場に、噂が流れた。
城下の露店を牛耳っていた男。
詐欺、恐喝、奴隷売買ーーすべてが明るみに出て、
処された、と。
タケシが、ぽつりと言う。
「テラさん、やっぱ怖いよな」
「うん。でも」
鍋をかき混ぜる。
「私らには優しいし、ええやん」
「ああ。せやな」




