広がる芽、閉じる根
カツミは当面、ノマド工房の指導の合間、自分のスパイス工房に籠もって作業するようになった。オットーはその一角でハーブティーの製作をしている。エレナにはしばらく休暇を与えた。
タケシは以前のように時折若い弟子を連れて街で修理仕事をし、馬車工房を見てバルザと状況を確認しては、時々納屋の方でバルザと作業する。
一見、以前と変わらない風景が戻ってはいるが、タケシの表情はまだ暗かった。
タケシが一人で町へ材料調達に行った帰り道、ぼんやり馬車を走らせていると、ふっと変な気配。
「うわぁー!びっくりしたぁ」
御者台の隣にちょこんと座っていたのは、
「テラさん、もうー脅かさんといて」
「ごめんごめん」
「どないしたんですか、急に」
「ん?会いたくなって」
「家に来たらええやんか」
「ん?タケシ君に会いたくなったのよー。末弟からね、まぁ色々と」
「スサノーさん......」
調べが進み、問題はミナセを出てアルネシアに移った。
テラを通じてカイルの耳にも届いて、カイルが動き始めたと言う。
「だからここはもう心配ないわ」
「スサノーさん達は、その冒険者の事が、気づかなかったんですか?裏スキルも見えるんでしょ」
「気付いたからといって、すべて排除はできない。だってまだ何もしてない人をとらえられないでしょ。同じ事よ」
「......」
「アルネシアの方はカイルがやると言ってる。あの子はここ数代で一番出来のいい王よ。そこは私も見てるし。ね」
「でねタケシ、カレー食べたいの。次の満月の日に取りに行くからさー」
「もしかして、本題そっち?」
「やだー。ばれたー。甘口がいいの。ツッキーが文句言うのよ、辛いと」
「はいはい。カツミに言うとく」
「よろしくねー」
数日後の満月の深夜ーー
コンドウ家の台所に、ほんわりと光が差した。
翌朝、空になった鍋を見ながら、
「なぁカツミ、お前これでも信用できるん?」
「信用も何も、ツッキーお見舞いに来てくれたんやで」
「いや、カレー食いたかっただけやろ」
「ツッキーおらんかったら夜真っ暗やで、おってくれるだけでありがたいやん」
「いや、そうかもやけど」
「タケシ、神様にな、なんかしてもらおって思うほうがおかしいやろ」
「......」
「もー。考えすぎ。ハゲるで。
そや、今度オモジイになんか作ってもらうか。んー。増える帽子とか」
「ええなぁー。とかちゃうわ!うるさい!」
しばらくして、タケシはカツミにカレー屋台の再開を許可した。ただし、カツミは店に出さない。営業はオットーとエレナに任せることが条件だ。
カツミはブツブツ言いながらも「それならー。毎日営業できるやん」
やっぱり前向きや。コイツ。
毎朝、カレーを作って送り出すとカツミはスパイス工房に入る。
「また新しいブレンド考えてるんか?」タケシが聞くと、
「いや、ちゃうで」
カツミが見せてくれたのは、絵の描かれた紙だ。
「衛生管理をな、広めたいなーと思ってさ」
工房は、厳しく指導しているから大丈夫やけどな。と前置きし
「それでも、こういうの貼っておくとさ、なんか安心やし」
それを町にも広げたいと言う。
「実際ほかの露店見てたらさ、やっぱり不安やんか。
まあ私かて、平気で串焼き食べてるけどさ。
でもなんかなー。分かりやすくて簡単なとこからな」
「あぁ、ええと思う。もうちょいきれいな絵にしたら」
「うわぁーそこか、やっぱり」
「工房の方にデザイン上手いやつおるぞ、今度聞いといたろ」
「そうなん。うん。頼むわ」
タケシは思う。
カツミの技術は広めるべきことや。
俺ももっと広めたい。でもまだや。軍事絡みや。慎重にせなあかん。
まぁそれに、俺の方は生き死にに関わるもんやないしー
そんな折、バルザに声をかけられた。
「タケシさん、鍛冶場に入りました?」
「いや?」
「なんか置き場所変わったような気がしたんやけど、気のせいかな?」
「お前、疲れてないか。ゆっくりでええんやで、こっちは」
「はい。ボチボチですよね」
納屋の奥の鍛冶場は、バルザ専用に作ったのだ。ここでバルザは時々コイル型サスの試作をしている。
まだ試験運行にも至っていない状態だ。
タケシも滅多に入らない。
あまり気にしていなかったのだがーー
町からの帰り。遠くに家が見えた。
納屋のあたりに人影。
あれ?バルザは昨日来てた。今日は馬車工房のはずやけど。
あっ。
無意識に、手綱を握りしめて目を凝らす。
黄色地に細い黒線。職人じゃない。あれはクレスの制服や。
急いで家に帰ったが、そこには誰もいなかった。
スパイス工房から笑い声が聞こえる。
ーー誰や。
それからタケシは町に出るときには、カースケに見張りを頼んだ。
母屋の屋根に止まってただ見ているだけだが、高性能ナビのカースケを防犯カメラ代わりにしたのだ。録画こそ出来ないが、変な動きは直接タケシにも届けられる。
しかし全く動きはなかった。
制服やと、やっぱカースケもわからんかもしれんなぁ。
と思っていたら、動いた。
バルザが鍛冶場で仕事した翌日。納屋にはいる人影。
やっぱり黄色地に黒。
間違いない。あいつやーー
その日は放置した。
何もなかったかのように過ごす。
どうせ大したもんは今、鍛冶場にはない。
次、バルザが来た翌日。
一発で仕留めたる。




