広げる世界と守るもの
アルネア国王カイルは、ミナセから王都アルネシアに帰ると、すぐに動き始めた。
1週間後にはタケシの家に大量の材木と大工5名、さらに役人1名が派遣された。
村の荒れ地を買い取り、ノマド工房と馬車製作工房、従業員宿舎を建てていく。
村には野菜の増産を依頼し、村人達は村から出た子供たちを呼び寄せ、畑を広げ始めた。
タケシはいつも通りに仕事していたが、
カツミは村の若い女を1人雇った。クルトーが帰るまでに、料理以外の雑事を覚えてほしいからだ。
クルトーが、任せられるほど育っていた分、いなくなるとキツイ。
店は元々一人でやっていたから大丈夫だが、ノマドやハーブティーが好調で、時間が足りない。
村の村長には、ハーブの育成もお願いした。村長は快く引き受けてくれた。何より、貧しい農村が活気づくのが嬉しそうだ。
タケシとカツミは、以前と変わらず自分の仕事をしていたが、周りがどんどん変わっていく。
宿舎が建つと、若い調理人がやって来た。クルトーと交代するためだ。クルトーがついて、引き継ぎをしている。
カレーはもう教えない。と、カツミは決めていた。盗んで覚えるのは構わない。でも私のカレーは私のものだ。守る。だけど......
クルトーも出立の日が来た。
カツミはクルトーにカレーのレシピを渡した。クルトーは分厚いメモの束をじっと見て言った。
「師匠。この一番上のノースランドオークのレシピだけいただきます。クレスの看板メニューですから、2号店の看板にします。でも他は自分で考えます。本当にお世話になりました」
そう言うと、残りのレシピを差し出し、ペコリと頭を下げた。
目にいっぱい涙をためた弟子が、カツミは誇らしくて、もう何も言えなかった。
クルトーが去り、バルザも宿舎に移ったので、カツミは空いた小屋に手を入れた。スパイス工房だ。配合は門外不出と決めた。
王都から次々と職人たちが到着し、タケシの方も忙しそうだが、図面を作って渡し、後はほおっている。もっぱらガルドが指導しているようだ。
ノマド工房もスタッフが来て、動き始めた。
それでもタケシとカツミはいつも通り。カレー屋も荷馬車の修理仕事も以前と変わらず続けていた。
「カツミ、流されるなよ」
「うん。わかってるで」
「原点を見失ったらアカン」
「ここは私らのお城やからな」
「カイルが国を守るように、俺らは俺らを守らなあかん」
「あ、そや。みんなのカレー持っていかな」
「アイツらめっちゃ楽しみにしとったぞ」
「多めにしてあるで」
「ほな行こか」
2人は寸胴を荷台に積み、いつもの道を進む。
村の外れ―― 新しく建てられた宿舎と工房が見えてきた。
まだ新しい木の匂い。 行き交う人の数も、前とは比べものにならない。
「なんか……別の場所みたいやな」 カツミがぽつりと言う。
「せやな。でも――」
タケシは手綱を軽く引いた。
「中身はまだ出来とらん」
「中身?」
「人や。流れに乗って来ただけの奴もおるやろ」
「あー……」
カツミは少しだけ眉をひそめた。
「でも、うちらがやることは一緒や」
「せや。変わらん」
馬車を止めると、若い職人たちが気づいて駆け寄ってきた。
「来た!カレーや!」 「ほんまに持ってきてくれたんすか!」 「うわ、ええ匂い……」
一気に空気がゆるむ。
タケシはふっと笑った。
「ほらな」
「ん?」
「案外中身、悪ないやろ」
カツミも笑って、鍋の蓋を開けた。
ふわっと立ち上るスパイスの香り。
「はいはい、並んでー。こぼすでー」
「師匠ー!俺、大盛りで!」 「アホ、順番や!」
笑い声が広がる。
新しい建物も、増えた人も、 まだ馴染みきっていないこの場所に――
確かに“いつもの空気”が流れた。
タケシがぽつりと呟く。
「こうやって、染めていくしかないな」
カツミは頷いた。
「せやな。うちらの味でな」




