王様は浮かれ気味
真っ赤なカーペットの先には、大きな扉。
近衛兵の後ろを進み、その前に立つ。
やだ――緊張してきた。
タケシをうかがうと、堅い顔のまま、まっすぐ前を見ている。
カチャリ。
足を揃える音が、静まり返った空間に響いた。
「タケシ様、カツミ様、お越しでございます」
重い扉が、ゆっくりと開く。
――別世界だ。
真紅のカーペットが奥まで伸び、ステンドグラスを通した光が揺れる。
その先に、玉座。
両脇には、絢爛な衣装をまとった貴族たち。
ゆっくりと進むたび、ヒソヒソとした声が波のように広がる。
あ……あれは、昨日の濃紺。
近衛兵が足を止めた。
「ひざまずいて」
小さな声。
カツミは両膝をつき、うつむく。
タケシは片膝を立て、同じく頭を垂れた。
近衛兵が静かに下がる。
「おもてをあげよ」
顔を上げる。
正面――玉座。
……あれ?
カツミの思い描いていた王様は、トランプのキングみたいな姿だった。
けれどそこにいたのは――
同年代にしか見えない、軍服姿の若い男。
しかも、にこにこと笑っている。
「カイル=アウレリウス=アルネラ=セレスティア五世国王である」
傍らの執事が、重々しく告げた。
「カツミさんだね。待ってたよ」
軽い。
「なんだっけ、カ? カレーだっけ」
言葉が出ない。
「食べたい」
――命令だ。
「はい」
「よかった。じゃあ――料理長を呼べ」
横の執事に視線を向ける。
「でさ、タケシだっけ?」
「はい」
「いい馬車持ってるみたいだね。見せてくれない?」
「はい」
「陛下、お呼びで」
料理長が、カツミの横にひざまずいた。
「セルク、カツミさんを案内しろ」
「カツミさん、今から厨房を見せるから。必要なものがあったら言って。で――明日、カレー作って」
「はい」
「では、カツミ殿。こちらへ」
料理長に促され、カツミは退出する。
「頼んだよー」
――軽い。
思わず、拍子抜けした。
残されたタケシのもとへ、王が歩み寄る。
ざわ、と貴族たちが揺れた。
「タケシ君、馬車見せて」
「はい」
見上げるタケシ。
「じゃ、行こう」
王はそのまま歩き出す。
近衛兵が素早く脇につく。
一人の近衛兵がタケシの横に立った。
「立ちなさい」
促され、タケシは王の後を追った。
城を出て、馬車の停車場。
絢爛豪華な貴族の馬車の中に、ひときわ目を引くタケシの黒馬車。おまけに黄色いキッチンカーまでくっついている。
「なんじゃこれは」後ろから付いてきていた貴族たちが、またざわざわする。
興味津々で見ているカイル。
「ねぇタケシ。こっち」
「はい」
カイルは荷台を覗き込んでいる。
「へー。ただの荷馬車じゃないんだー。で、こっちのは何?」
と、キッチンカーを指差す。
「それは、移動式屋台です」
「これでカレーを売ってるんだ。そっかー。」
といいながら黒馬車の荷台をギュンギュンと押す。
「ん?......ねぇタケシ。ちょっと乗ってみたい」
「は?」
「んー。ぐるっと1周」
「陛下、お待ち下さい」と執事。
「いいじゃないか。心配ならお前も乗ればいい。あ、リゥトス、お前も来い。これでよかろう」
「はっ」濃紺の男が前に出た。
執事は仕方なくタケシに目で促した。
「少々お待ちください」
タケシはキッチンカーの連結を外し、黒馬車の中のソファーを整え、幌を巻き上げた。
その様子を、目をキラキラさせて見ているカイル。
「どうぞ」タケシは荷台の後ろに踏み台を置いた。
「うん。ありがと」
カイル、執事、最後にリゥトスが乗り込む。
「わぁ、フッカフカじゃんこのソファー」カイルはご機嫌だ。
タケシが御者台に乗り込むと、近衛兵がサッと横に乗った。
そしてタケシに目配せ。
「参ります」
馬車は音もなく動き出した。
城を周回する道を、ゆっくりと進んでいると、
「タケシ。少し早足で」
「はい」
スピードを上げる。
「風が気持ちいいなー。
タケシ、もう少し早く」
「はい」
城の正面が見えてきた。スピードを落とす。
「ねぇタケシ。すごいねこの馬車。後でゆっくり話そうか」
「はい」
停車場に戻ってきた。
馬車から降りたカイルは、
「じゃぁタケシ、また後で」
と、城に戻って行った。
ざわざわと貴族たちが連なる。
「タケシ様」執事だ。
「カイル殿下が、昼食をご一緒にと仰せです」
ソファーのある部屋に通されると、カツミがいた。
「後ほどお呼びしますので、お待ちください」
「ふー」タケシは大きく息をついた。
「どうやった?」
「あぁ、まぁ何とか、カツミの方は?」
「んー。こっちはさー」
カツミは料理長に連れられて、城の厨房へーー
ピカピカの大理石の調理台に魔導コンロ?
「カツミ様、ここで料理を」
「いや、待ってください、私こんなコンロ使えません。
かまどはないんですか」
「使い方はお教えします」
「いえ、火加減が重要なので、慣れない器具では......味が変わってしまうと思います」
「そうですか......それでは......」
城に隣接した建物に入った。
「ここなら、いかがでしょうか」
かまどがいくつも並んでいる。
清潔な木製調理台。
「はい。ここで」
「後ほど陛下には申し上げますが......ここは本来、使用人の調理室です。
陛下なら、ご許可が頂けるとは思いますが、他言なさらない方がよろしいでしょう」
「わかりました」
「器具はコチラを使っていただいて結構です。後、食材ですが」
「肉だけご用意頂ければ、他は持ってきています」
「どんな肉がよろしいでしょう」
「そうですねぇ、オークかな。出来ればノースで」
「わかりました。ノースランドオークをご準備します。
明日のランチに間に合うでしょうか」
「3時間程かかりますが」
「でしたら、明日8時までにご用意します」
「後、パンですね。
出来ればハードでシンプルなものを」
「わかりました」
料理長はニコッと笑った。
「私も、大変楽しみです」
その後キッチンカーに行って、カートを下ろし、野菜と寸胴を乗せた。スパイスは寸胴の底に隠した。
また貴族たちが物珍しそうに見ていた。
黒馬車がいなかった。
調理場に食材を置き、部屋に通されてしばらくすると、タケシが入ってきたのだ。
タケシの顔を見たら、やっとホッとした。




