13皿目:跳ねる、銀の星
姉妹喧嘩から数日。
今日が、ベルさんとの期日になります。
建国者聖堂。
巨像都市の最下層近くにある、都市開拓最初期に掘られたという岩盤建築の聖堂は、剣闘士たちが祈りを捧げたり、商家が祈祷をしたりする礼拝堂的な役割を果たす建物です。
でも、今はそんな背景は、どうでもいい。
この7日間で決めた”答え“を、ベルさんに伝えなければならない。
ワタシが何を望むのか。
ワタシがどうしたいのか。
ワタシは、ベルさんに、伝えたいのだ。
ワタシは、重たい聖堂の扉を開き、ゆっくりと歩みを進めます。
踵が石畳を叩く、規則的な音。
それは、刻一刻と近付く、ワタシとベルさんの未来のための音。
聖堂の中には、輝石ランプの揺らめく灯りがポツリポツリと吊られており、一番奥に、ベルさんの背中が見えます。
改めて、ワタシは強く拳を握りました。
周囲には、たまたまなのか、人影はありませんでした。
一歩ずつ、自分の気持ちを、言うべきことを、確かめるように、薄ら灯りを抜けていきます。
こんなふうに、ワタシが自ら決めて、何かをしたことなど、数えるほどしかありませんでした。
これまで、縮こまってばかりでした。
もう、これ以上失いたくなくて。
だけど、それももう、終わりにしましょう。
聖堂の最奥。
近付くにつれて、心音は大きく、胸が痛くなるほどです。
こんなにも、勇気がいる事を、ベルさんは、きっと、何度も。
建国者フラクを象った巨像が、厳しくも慈愛のある表情で見下ろす先で、ベルさんは巨像を見上げていました。
ワタシが来たことには、多分、気づいているはずです。
ワタシは立ち止まると、静かに深呼吸して、最後の覚悟を決めます。
「ーーーーーベル、さん」
声を掛けると、憔悴した様子のベルさんが振り向き、薄く微笑んでいました。
心が、ズキリと、痛みます。
失敗するかもしれないし、ベルさんとの関係が一切なくなるかもしれない。
でも。
それでも。
一歩踏み出さなければ、なにも進まない。
ワタシは、これからを大きく変えるための言葉を、紡ぐのです。
「…………ワタシは、剣闘士です。だから、答えはリングで伝えます」
その言葉とともに、まっすぐにベルさんを見つめ、果し状を差し出します。
その言葉に、果し状に、ベルさんは驚いた様子を見せたものの、すぐに果し状を受け取ると、中身を改めてくれます。
「………このあとすぐ、ですね。承知しました」
「ベルさん。手加減も、情けも、要らないです。貴方の全力を以て、ワタシと戦ってください」
短いやり取りだけで、ワタシは踵を返し、その場を後にします。
本当に伝えたい事は、それに相応しい場所とタイミングが大事。
そうじゃなきゃ、心の奥底まで、きっと伝わらない。
だから、ワタシは。
***
都市下層、戦略的空隙層。
そのうちの演習用闘技場のひとつで、ワタシは愛機と共に、ベルさんー赤の英雄を待っていました。
愛機“輝く銀色の跡”はゴロゴロと燃焼と排気音を轟かせた待機状態。ワタシも、今か今かとその時を待ちわびています。
不思議と、愛機を着てからは、落ち着いていました。
これからどのように事が運ぶかは、未知数です。
でも、なんとかしてやる、なんて、考えられるくらいに、ワタシは前を向いています。
足りないものなんて、数えだしたらきりがない。
大事なのは、技量でも、運でもない。
必ずやり遂げるって、気持ち、だから。
逸るまでもなく、ベルさんは、すぐに現れました。
既に外骨格を着込み、その姿は“閃光鋼石杯”で見た赤の英雄です。
ゆっくりとリングの中央に並ぶと、審判役のお姉ちゃんーまだ青あざに眼帯をつけていますーが告げます。
「両者、準備はいい?ルールは無用。戦闘不能のみが決着よ」
何も、要らない。
真剣勝負だけが、今は必要なのです。
言葉で答えずに、ハンマーを構えると、ベルさんもまた言葉なく、片刃の大剣を正眼に構えました。
臨戦。
スゥ、と周囲の音が消えていく。
絶対に、届けるんだーーー!
「始めーーー!!」
コールとともに、ワタシは地を踏み、跳びます。
初撃は速攻、小技を重ねたコンボから。
「ーーー!」
小刻みに、短く振られるハンマーの頭、それを、ベルさんはスウェーしながら躱します。
3連撃、直後に踏み込みを追加、と見せかけて横っとび。
ベルさんの素早いカウンター縦斬りを避けつつ、残心で置いたハンマーの頭を引き、急制動。
ベルさんは返す刃を素早く跳ね上げると、身体を回転させて正面袈裟斬りに持ち込もうとします。
改めて対峙してみて、再度理解しました。
体捌きも太刀速も、恐ろしく速く、そして正確です。
レッグアンカーで踏ん張りを効かせて、前面に向けて回し蹴り。
太刀筋は速く、拡張脚の装甲と大剣の刃が火花を散らし、互いの視線が交錯ーーー。
もう少し蹴りが遅ければ、拡張脚に大きなダメージがあったでしょう。しかし、斬り下ろしも半ば、水平程のあたりで弾いたために、ダメージは無視できる程度で済んでいます。しかし、余計な思考が入り込む余地など、もはやありません。
蹴り脚の着地から震脚、姿勢を低く落としつつ、軸足アンカー格納、前傾、バネを解放、前に跳躍!
弾かれた刃は腰だめに戻り、跳躍したワタシ目掛けて下段の横薙ぎに連結してきます。流れるような連撃はやはり格上の技量で、まともに避けられる軌道ではない。なら、頭部装甲で……!
瞬時の判断、刃の軌道に対して水平に弾くイメージで、頭頂の耳保護装甲を当てに行きます。
ガッ!衝撃、装甲のひび割れる音、しかし、確実に受け流した確信。
同時、すくい上げるように振り上げたハンマーが、リングを擦りながら風を切りました。
「ーーーーっ!!」
しかし、惜しくもハンマーはベルさんを捉えるには至らず、攻防はさらに苛烈に、応酬は続いていきます。
ベルさんの憔悴具合、ワタシの仕上がり、求婚に対する返答という場、様々条件を鑑みても、まだまだベルさんには届かないであろう実力差。
しかし、止まるつもりはない、です。
思い返す、数日前。
『でも、ひとつ、言えることはある。それはーーーー』
姉妹喧嘩の時のお姉ちゃんの言葉は、このように続きました。
『アンタの気持ちを、ちゃんと、態度と、言葉にして、伝えるべきよ』
お姉ちゃん、いわく。
ベルさんに偽りがあったとて、全てが嘘だった訳じゃない。
それに、偽りも含めて、アンタはベルさんを好きになったんでしょ?
だったら、アンタは、その気持ちを、伝えるべきなのよ。
……父さんと母さんみたいに、伝えられないままじゃ、きっと後悔するんだから。
そう言われて、ワタシは。
「ーーーーーー!!」
声にならない叫びは、戦いゆえか、心からのものか。
胸のあたりが、燃えるように熱を上げる。
ワタシは、ベルさんにちゃんと伝えなきゃいけない。
好きだって気持ちは、ワタシの中で本当の事だから。
現実がどうなろうと、それだけは、変わらないのだから。
愛機も排気音で叫び、ワタシも同調するように、声を上げる。
際限なく、高みへ、高みへ。
人機一体、いつもの闘技の高揚感よりも、さらに高熱で、ハンマーを振るう。
いっぱい、ベルさんが口にして、態度に出して、手紙にして、ワタシにくれた気持ちには、今のワタシが焚べられるたった少しでは、届かないかもしれない。
ベルさんには、偽りがあったかも、しれない。
その点、信用できない気持ちも、ある。
でも、ワタシの好きっていう気持ちは、伝えなきゃいけないんだ。
技量も、戦略も、体運びも、意識下から放りだし、届けという一心で、ワタシは、ベルさんに、何度も、何度も、何度も。
右、左、掬い上げては、落とし、突き出し、蹴り込み、掬い上げ………ーーーー。
装甲は弾け、破れ、被弾の生体アラートさえ無視して、やがて拡張腕も悲鳴をあげ、拡張脚の関節が焼けはじめ、それでもまだ、届かなくて。
でも、ベルさんを追い詰めている感覚だけは、だんだんと強くなっていて。
声を上げるにも、叫びすぎて、喉が痛い。
でも、熱が届くように、叫び続ける。
ついには、拡張腕の制御が故障し、ハンマーを保持できなくなり。
「………!?」
けれど、それが、なんの因果か、最後の詰めになった。
ズルリ、と神経接続が抜け落ちる感覚。
オートパージされた拡張腕、ハンマーの慣性が外れた腕ごと、ベルさんに飛んでいく。威力は質量✕速度の分だけ。さほどではない。
だが、片刃の大剣が対応できるのには、限界がある。
その事故によって、いなす事には成功するも、距離感の変化に、ベルさんの剣先が浮く。
ここしか、ないーーー!!!
もう、何も考えが浮かばない。
ただ、強く、地を蹴った。
渾身の体当たり。
浮いたせいで返す刃は間に合わず、ワタシはベルさんの土手っ腹に、頭から突っ込んだ。
衝撃、金属がリングを削る、土埃が舞う、やがて動きが、とまる。
気づけば、短くー生身と同じ長さにーなった腕で、ワタシはベルさんを組み伏せるようになっていた。
ベルさんは剣を取り落とし、装甲こそ無事でも、マウントを取られた状態で、明らかに判定負け状態。
視界の端に、お姉ちゃんも息を呑むのが映ります。
敗北をゆっくりと理解してか、ベルさんは、バイザーを開けることなく、こう、言いました。
「……僕の、負け、ですね」
それは、何かが壊れてしまったような色を持っていました。
これで諦めようとしているという、そんな響きでした。
でも、ワタシが言うべき言葉は、まだ言えていません。
だから、ワタシはバイザーを跳ね上げました。
「ベルさん」
真っすぐ。
その赤いバイザーの下にある、いつもの優しい顔を思い浮かべながら。
ワタシは、叫びすぎて枯れてしまった声で、ボロボロになった愛機と身体で、伝えるべき言葉を、慎重に、噛みしめるように。
怖い。
けど。
ここでしか、きっと、伝えられない。
唇が、震えて、います。
でも、関係ない。
言わなきゃ。
言わ、なきゃ。
言、え。
言え、ワタシーーー!!!
「ワタシは……、貴方、の、事が……、好き、です………」
ああ。
…………ぁあ。
言えた。
言え、た……。
言って、しまった。
これで。
もう、これで。
この先、貴方が、見知らぬ貴族と。
結婚するとしても、幸せになるのだと、しても。
これで、ワタシはーーー。
言えた。
だから。
ちらつく、ワタシのいない、未来。
貴方の、隣には。
でも。
あぁ、でも。
それだけで、十分だ。
………………。
それだけで、十分だと。
思って、いたのに。
熱く滾った心は、ついに、言葉になった。
踏み出せなかった一歩は、こうして踏み出された。
ここまで、言葉になれなかった、熱は、堰を切ったように、溢れ出した。
涙が溢れて、止められない。
一緒にいたい。
これからもずっと。
でも、それは叶わない。
叶わないんだ。
噛み締めた事実は、どうしようもなく、重い。
ワタシは平民で、ベルさんは貴族なのだから。
覆しようなど、なかった。
とめどなく流れる涙も、とまることはない。
ベルさんは、ややあってバイザーを開けました。
泣きじゃくるワタシを見て、言葉を探しているようでした。
そして、おずおずと、ワタシに語りかけます。
「……ティトさん。僕は、貴女に拒絶されるものと、思っていました」
この果し合いも、ある種の報復であると、思っていた、とも。
「でも、そうではなかった」
少しだけ微笑みを深くして、ベルさんは続けます。
「僕は、リリーメン家の人間です。でも、貴女と結婚したいという気持ちに、嘘はありません」
まっすぐに見つめる瞳には、曇りはありません。
ワタシの、よく知っている、ベルさん、でした。
「本当は、準備が整ってから、秘密を明かすつもりだったんです。でも、僕の予想以上に、貴女は鋭かった」
苦笑混じりの笑顔は、いつもワタシが見ていたベルさん、そのままでした。
「もう少しだけ、時間をください。必ず、僕が道を拓きます」
真面目な顔で、ベルさんは、告げます。
「だからーーーー」
「改めて。僕と、結婚して、くれますか?」
埃まみれて、リングの上で、もみくちゃで、けれど、幸せなプロポーズに、ワタシは、返答を、口にーーーー
「随分と派手にやってらっしゃるのね、ベル様?」
ーーーーできません、でした。
その声は、凛と透き通ったものでした。
誰もいないはずの、観客席からでした。
外骨格を纏った従者を伴うご令嬢が、リングに降りてきます。
赤みがかった金紗の髪、健康的な小麦の肌、大きな宝石みたいな翡翠の瞳を、興味深そうに揺らすその姿は、可憐な乙女そのもの。
その姿に、一番驚いているのは、ベルさんです。
「ネシカ……なんで、ここにーーー」
ベルさんが、ネシカと呼んだ、その人。
「ネシカ……、あ、アンタまさか、クルネシカ・ライへ、さん……?」
お姉ちゃんが、何故かその名前を言い当てます。
「御名答ー。私こそは、そこなベルセッテ・リリーメンの許嫁、ライへ家の三女、クルネシカ、14歳よー。二人共、よろしくねー」
クルネシカ嬢、許嫁、結婚相手……???
途端、視界がぐるぐるしそうになり、しかし、渦中のクルネシカ嬢から眼差しーそれも、捕食者的な鋭さのーを向けられ、ワタシは一気に冷や汗。
「そこの貴女。名前を教えてもらえる?」
「ぁ、え、ぇと、ティト・ロクシュラル、です………」
気圧されながらも答えると、クルネシカ嬢はにこりとしました。
「ティトさん、ね。覚えたわ。これから、仲良くしましょうねー」
ベルさんは、ワタシの下から這い出して、クルネシカ嬢に声をかけますが。
「ネシカ」
「ベル様、色々と聞きたい事がございますわ。盛り上がっていらっしゃるところ申し訳ありませんが、今日は引き上げますわよ?」
軽くあしらわれており、剣もほろろ。
「ぅ……仕方ない。色々と話はあるけれど、ティトさん、必ず、後日、伺いますので」
「では、ごきげんようー」
色々とわからないままで、ワタシとお姉ちゃんだけが、その場に残されたのでした。
え?
え?
何が、おきたの?
何なの、あの人?!
訳が分からないよ!??
答えてよー、ベルさーん!!?
■クルネシカ・ライへ
リリーメン家と友好関係にある貴族の血筋の一つのライへ家、その三女。
齢、14。
幼い頃よりベルセッテの許嫁の貴族令嬢である。
家名の通り、赤みがかった金沙の髪をもち、健康的な血色の良い肌、宝石のごとき翡翠の瞳は大きく、見目麗しい。ノーグ族。本人曰く、残念ながら胸部装甲がやや薄い。
貴族の中でも、平民に対する貴族の血筋というものを比較的重視しない側におり、実際の能力こそが必要だと考えている。
外骨格を扱う適性はさほど高くないが、嗜んではいる。頭脳については聡明で、挑戦的な一面も持ち合わせる。
許嫁だけあって、ベルセッテのことはよく見ており、政略結婚の相手ながら、剣闘士としての力量と商人の実績から、政治抜きに男性として認めている。
唐突に現れた(ように見える)ティトについては、ベルセッテとの果たし合いを見て、伸びしろのある剣闘士であり、良きライバルになると直感、早々に競争相手に定めた模様。




