CASE3-26 「武器商ギルドの三頭体制は、何人にも侵せぬのじゃ!」
「ぶ……ブワハハハハハッ! いやはや……。ご……『ご苦労様』とは、コレは一本取られましたな、アナークス殿!」
『アナ―クス・RW』の会長室で、アナークスから昼間の顛末を聞いたブラレイドは、腹を抱えて爆笑した。
老人の眉間に深い皺が寄る。
「……笑い事ではないぞ! ブラレイド殿ッ!」
「左様で御座います……まったく」
怒気を帯びたアナークスの言葉に、渋い顔で頷くシャアリルク。彼は腕組みをして、その身をソファに深く沈み込ませる。
「――我が国の宝とも言うべき“ガルムの爪”が、無知蒙昧な詐欺師の女の手中にあるという現状……。武具を取り扱う者としても、ガイリア王国の忠実なる市民としても、この状況は等しく憂うべき事でありましょう……」
「……」
シャアリルクの言葉に、アナークスは難しい顔をして唸る。そんな彼に向かって、ブラレイドは訝しげな表情を浮かべて問いかける。
「……で、わざわざご自身のオフィスに、私とシャアリルク殿を呼びつけたのは、その素晴らしい成果をご披露なさる為ですかい、アナークス殿?」
「……」
ブラレイドの皮肉に、アナークスはギロリと彼を睨みつけたが、気を落ち着けるように咳払いをすると口を開いた。
「……まあ、それもひとつだ。――あの忌々しい詐欺師は、今度はおふたりの元に現れるかもしれんからな。貴殿らに、此度の顛末を知っておいてもらおうと考えた次第じゃ」
「ははあ……要するに、『女が“ガルムの爪”の買収交渉を持ちかけてきても、儂のモンだから先駆けするな』と釘を刺したかったんですな。ふふふ……」
「――違うわ!」
ブラレイドの痛烈な言葉に、アナークスは顔色を変えて声を荒げた。ソファから腰を浮かせてブラレイドを睨みつける老翁を「まあまあ」と宥めたシャアリルクが、彼の言葉を代弁する。
「アナークス殿が仰りたいのは、『あの女が現れたら、今度は逃げられぬように頼む』という事でしょう。――というか、たとえ、件の女から“ガルムの爪”の買い取りを持ちかけられたとしても、彼女の要求は到底呑めませんな」
シャアリルクは、外した単眼鏡をハンカチで拭きながら言葉を続ける。
「……さすがに、剣一本に億の金額は……ね」
「そ、そうですぜ!」
対面で睨めつけ続けるアナークスの剣幕にタジタジとなりながら、大きく頷くブラレイド。
「う、ウチなんか、いよいよ経常利益すら赤に変わりそうで、今まで貯め込んだ内部留保にすら手を付け始めている有様でさ! 現金化出来るかどうかすら怪しい盗難品に億単位のカネをツッコむ余裕なんざ、サラサラありませんって!」
「……それもそうだな」
ブラレイドの言葉に、アナークスは表情を和らげると、テーブルの上のゴブレットに手を伸ばして一気に呷った。
そんな彼に、シャアリルクは身を乗り出す。
「――女の事は、確かに気がかりではありますが、一旦その件は措きましょう。……それよりも、本来の目的である、ダイサリィ・アームズ&アーマー潰しの工程を進めた方が宜しいかと」
「ああ……そちらは既に根回し済みだ」
シャアリルクの言葉に、アナークスは鷹揚に手を振ってみせる。
「貴殿らをこちらに招く前に、儂が直接ショットマイール侯爵の屋敷へ出向き、それとなく、ダイサリィ・アームズ&アーマーが侯爵家からお預かりしている“ガルムの爪”を紛失したかもしれないと仄めかしてきた。――風の噂にかこつけてな」
「ほう……流石に仕事がお早いですな、アナークス殿」
アナークスの言葉に、ニヤリと下卑た笑みを浮かべるブラレイド。一方、シャアリルクは、興味深そうな表情で、その身を乗り出す。
「で――、先方はどの様な反応でしたか?」
「うむ……」
アナークスは、顎髭をしごきながら答える。
「まあ、侯爵ご本人への拝謁は叶わなんだが……家令には確と伝えてきた。先方もいたく驚いておったわ」
「まあ、当然でしょうなぁ。せっかく信頼して預けた家宝を、まんまと紛失されたとあっては……ねェ」
と、ブラレイドは満足そうに言うと、喉を鳴らして真っ赤なワインを呷った。
シャアリルクも、大きく頷く。
「これで、ダイサリィ・アームズ&アーマーが侯爵家の不興を買うのは確実……下手をすれば、営業免許剥奪までありますな。……己の分を弁えずに、好き勝手に手を広げ、我らのテリトリーに易々と踏み込んだ――ヤツらはその報いをキチンと受けてもらいましょう」
「うむ」
シャアリルクの言葉に、アナークスは満足げに大きく頷き、ゴブレットを高く掲げる。
「その通り、『アナークス・RW』『ブラレイド武器商会』『シャアリルク総合武具店』……武器商ギルドの三頭体制は、何人にも侵せぬのじゃ!」
◆ ◆ ◆ ◆
武器商ギルドの三巨頭が、喝采を上げて杯を交わしていたのと同じ頃――。
ダイサリィ・アームズ&アーマーの薄暗い廊下を、眼鏡をかけた銀髪の少女が急ぎ足で通り、取締役室の前で立ち止まった。
彼女は息を整えると、その扉をノックした。
「――はい、どうぞ」
扉の向こうから鈴を鳴らすような涼やかな声が聞こえ、彼女は「失礼します」と声をかけながら、静かに扉を開ける。
「あら、どうしたの、シーリカちゃん?」
デスクに向かい、書類に目を通していた彼女のボスが、少女にニコリと微笑みかける。――その表情は、いつもと変わらぬ優しさを湛えていたが、心なしか、彼女の貌はいつもよりもやつれているように見える。
シーリカは、その事に密かに胸を痛めながらも、努めてそれを表情に出さないように留意しながら、
「――あ、あの、お手紙です、マイスさん」
と告げて、手にした封書を彼女に差し出した。
マイスは微かに首を傾げ、
「……手紙?」
と呟きながら封書を受け取る。そして、宛先を確かめようと裏返し――赤い封蝋を見た彼女の目が、一気に鋭くなった。
「……来たわね」
マイスは、そう呟くと、引き出しからペーパーナイフを取り出し、手紙の封を切った。
封筒から取り出した、封蝋と同じ紋章の透かしが入った便箋を広げ、素早く文面に目を通した彼女の口元が僅かに綻ぶ。
彼女は小さく頷くと、満足げに呟いた。
「なるほど……そういう事、ね」




