CASE3-19 「貴方の犯した“罪”とは、一体……?」
マイスとイクサは、店の代表として、衛兵隊が用意した馬車に乗って、トリアース地区の外れに建つ衛兵隊詰め所へと向かった。
トリアース衛兵詰め所は小ぢんまりとした平屋の建物で、その一番奥に鉄格子で隔てられた、更に小ぢんまりとした留置室があった。
緊張の面持ちのふたりは、不愛想な衛兵の先導を受けて、留置室に入る。
「……何してるんですか、スマラクトさん……?」
留置室の鉄格子の前に立ったふたりは、一様に呆れた表情を浮かべ、それを見下ろす。
――二人の視線の先には、鉄格子の向こう側で石張りの冷たい床に膝をつき、額を擦り付けているスマラクトの薄い頭頂部があった。
「ぼ、ボス……それに、主任っ! こ――この度は、た……大変、申し訳……ござ……ございませんでしたぁぁぁっ!」
スマラクトは、そのままの姿勢で、血を吐くような震え声で絶叫した。
ふたりは困惑したように顔を見合わせると、再び禿頭へと視線を戻す。
最初に口を開いたのは、イクサだった。
「あ――あの、スマラクトさん? いきなり謝られても……正直、訳が分からないんですけど……。取り敢えず、頭を上げて、普通にお話ししましょ――」
「いえぇっ! ワタクシごときゴミムシ以下のダニ芥如きが、お二人と目線をあわせる事など恐れ多い……あってはならぬ事でござりまするぅっ! 寧ろ、この石床にめり込んで一生出て来ない方が相応しい……」
「……ずっと、こんな調子なのだ。正直、拘束した我々も手を焼いていてな……。出来れば、このまま連れ帰ってほしいのだよ……」
二人の後ろで、衛兵が心底辟易した様子で言った。
「あ……それは……ご迷惑をおかけしました……」
そんな彼に向って、恐縮しながらペコペコと頭を下げるイクサ。(……あれ? 何で俺が謝ってるんだろ……?)という疑問が頭を掠めるが、深く考えないようにする。
彼は留置室の方へ向き直ると、必死で苛立ちを抑えながら、なるべく優しい声色を出してスマラクトに話しかける。
「――じゃ、じゃあ、スマラクトさん。衛兵の皆様への迷惑になりますから、早く帰りましょう――」
「い、イエ! ワタクシは、もはやシャバに出てきてはいけない人間なのです! もう、一生を薄暗い独房の中で過ごすか、いっその事、刑場の露と消え去るべき――」
「もうっ! そんな事を言うほどの事をやってないでしょ、アナタは! ただ、街中で騒いでいただけで……。そんな子供みたいなダダ捏ねてないで、さっさと帰るぞ――帰りますよっ!」
スマラクトの頑なな拒絶に、イクサが己の顔に張り付けた笑顔は既に破綻しつつある。頬を引き攣らせながら、彼はスマラクトに手招きする。
「ほら、さっさと立って! 行きま――」
「……そ、そんな事ではないんですっ! ワタクシの……ワタクシの罪はっ!」
「……え?」
イクサの言葉を遮ったスマラクトの叫びに、彼は引っかかって、思わず聞き返した。
「……『そんな事ではない』って? ――じゃあ、他にあるんですか? ……貴方の犯した罪ってヤツが――?」
「……」
イクサの問いに、地べたに額を擦り付けたまま、コクコクと頭を上下させるスマラクト。
ゴクリと生唾を飲み込み、イクサは恐る恐る問いを重ねる。
「……じゃあ、教えて下さい、スマラクトさん。貴方の犯した“罪”とは、一体……?」
「……」
彼の問いに、スマラクトはようやく顔を上げた。その顔は、涙と埃と泥と鼻水でぐしゃぐしゃになっていて、擦り付け続けた額は赤く腫れあがり、うっすら血が滲んでいた。
彼は、真っ赤に泣き腫らした目に真剣な光を宿しながら、重々しく言葉を紡ぎ出そうとする。
「じ……実は……あの、お、一昨日の事な――」
「――スマラクトさん」
「――!」
その時、それまでずっと沈黙を貫いていたマイスが口を開いた。彼女のただ一言で、ハッとした表情を浮かべ、顔面を蒼白に変えるスマラクト――と、イクサ。
彼女は、ニコリと、彼女と長時間接した彼等にしか解らない、底知れない凄惨さを湛えた微笑を浮かべながら、静かに言った。
「――そのお話は、店に帰ってから、詳しく伺うわ。――だから、早く帰りましょ」
「……そ、そうですね……」
マイスの全身から放たれる殺気に全身が粟立つのを感じながら、イクサはぎこちなく頷いた。
――だが、
「……い、いえっ! そういう訳にはいかないのです! わ、ワタクシは、この鉄格子の中がお似合いの――」
「聞こえなかった? アイルザック・スマラクト!」
「――ッ!」
その瞬間――直接言葉を向けられたわけでもないのに、イクサは、己の背中を夥しい冷や汗が滝のように伝うのを感じた。
――彼女の脇で言葉を聞いただけのイクサですらその有様だ。況や、スマラクトをば……。
彼は、そっと鉄格子の向こう側を盗み見た。――予想通り、スマラクトは傍目で見ても一目瞭然で分かるほどに身を震わせ、その顔色を、蒼白を通り越して、死人のような土気色に変えていた。いや、小便を漏らしていないだけ偉いと言うべきか……。
マイスは、ふっと表情を和らげると、先ほどの殺気が嘘のような優しい声色で、スマラクトに声をかける。
「――じゃあ、お店に戻りましょうか、スマラクトさん?」
「…………は、はいぃ……」
――もはや、スマラクトに、彼女の言葉に抗う気力は無かった……。




