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CASE3-18 「スマラクトさんが来てないって聞いたんですけど!」

 『本日は 臨時休業とさせて頂きます』


 “ダイサリィ・アームズ&アーマー”の入り口の木扉に、こんな張り紙が貼り付けられていた。

 ――だが、店内は、喧騒で満ちていた。


「うーん、じゃ、貴方達はバックヤードの滞留品棚を再確認して」

「はいっ! 了解ッス!」

「ボス! 書類棚には……ありませんでした」

「……さすがに、そんなところには紛れ込まないわよね。――ありがとう。じゃ、書類整理して入れ直したら、イクサくん達の方の応援に入って!」

「イエス、マム!」


 収納庫の前で、店内の見取り図を片手にテキパキと指示を出すマイス。その表情と態度からは、昨日この場で見せた狼狽と焦燥は見られない。

 昨日泣き腫らしたせいで、すっかり目を赤くしたシーリカは、彼女の傍らで情報を整理しながら、安堵の表情を浮かべていた。


「……すっかり、いつものマイスさんに戻られたみたいで、安心しました」

「え……そう、かしら?」


 マイスは、シーリカにそう言われると、意外そうに目を丸くした。


「そうでもないわよ。正直、心の中は焦りでいっぱいだけど……。でも、いつまでもウジウジと思い詰めてたって、ガルムの爪が出てくる訳でもないからね。ま――結局は、自分から身体を動かして、気を紛らわせてるだけかも……ね」

「……そうですか」


 ――でも、それだけだろうか?

 シーリカは、彼女の表情に、それだけでは無い……充足感のようなものを感じていた。何故か、今のマイスからは、浮かれたような雰囲気を感じるのだ。――いみじくも、店の存亡に関わる事案を抱えている真っ最中だというのに。

 と――、


「……ところで」


 唐突に、マイスが眉を顰めて、シーリカに訊いた。


「――彼は、まだ出勤していないの?」

「……はい」


 彼女の問いに、シーリカも表情を曇らせる。


「……スマ先輩は、まだ――姿を見せてません」

「……そう」


 シーリカの回答に、マイスは小さく溜息を吐くと、廊下の窓から空を仰ぎ見る。抜けるような青い秋空に輝く太陽は、既に中天まで昇っていた。


「今まで……スマラクトさんが無断欠勤した事って――あったかしら?」


 重ねて掛けられたマイスの問いに、哀しげな顔をしたシーリカは、フルフルと(かぶり)を振った。


「……いえ。スマ先輩は、ずっと無遅刻無欠勤です――いえ、()()()。あの人は、時間にだけはキッチリしてましたから……」

「……」


 シーリカの答えに、マイスはきゅっと唇を噛む。そして、微かに震え、掠れた声で、静かに言った。


「……お昼が過ぎたら、誰かをスマラクトさんの家まで行かせた方がいいかもね」


 そこまで言うと、彼女は大きな溜息を吐き、冷たい目をして、言葉を継いだ。


「もっとも……もう、()()()()()()()()()()()()()()()()……」

「! ……そ――」


 反射的に、「そんな事はありませんよ!」と反駁しようとしたシーリカだったが、――結局、出来なかった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 ――結局、午前中いっぱいを“ガルムの爪”の店内捜索に充てたが、その成果はゼロだった。それこそ、棚の後ろから天井の裏まで隈無く調べ尽くしたが、ガルムの爪は影も形も無かった。

 工房の職人達も含めた従業員全員の表情に、疲労と失望の色が浮かぶ。


「……みんな、お疲れ様。取り敢えず、お昼休憩にしましょう。続きは午後に――ね」


 と、微笑みながら、皆の労をねぎらうマイスの顔色も冴えない。

 食事を摂りに、従業員達がゾロゾロと店外へ出て行く。


「――マイスさんっ!」


 彼らを見送るマイスとシーリカの元に、体中を埃まみれにしたイクサが走り寄ってきた。


「あら……イクサくん。お疲れ様。君もお昼を食べてきちゃいなさい。……あ、でも、その前に顔を洗った方が――」

「ま、マイスさんッ! ……スマラクトさんが来てないって聞いたんですけど!」


 マイスの言葉を遮り、声を上げた顔面蒼白のイクサに、彼女は困った表情を浮かべながら小さく頷く。

 イクサは、彼女の仕草に目を見開いた。


「そ――それじゃ……もしかして、あの人が――」

「い……イクサ先輩……まだ――」


 イクサの剣幕に狼狽えつつも、その言葉を否定しようと口を開こうとしたシーリカだったが――言葉に詰まる。

 と、彼女の銀髪に軽く手を触れながら、マイスが口を開いた。


「……まだ、そうと決まった訳では無いわ。――でも」


 イクサの言葉に、軽く頭を振りながらも、深刻そうな表情を隠しきれないまま、彼女は言葉を続ける。


「彼が、今回の件について何か知っているというのは、多分確実ね……」

「……」


 彼女の言葉に、言葉を失うイクサとシーリカ。

 少々お調子者で、その言動から苛つかされる事も少なくないとはいえ、職場の同僚として、スマラクトの事を信じてあげたいのはやまやまなのだが――、


『い――イエッ! それは違――!』

『あ……イエ……スミマセン……。わ、ワタクシの勘違い――でした! ご、ゴメンなさい……』


 改めて、昨夜のスマラクトの言動と態度を思い返すと、マイスの言う通りだとも思える。――で、あれば……。

 三人は渋面を作って、黙り込む。

 ――その時、


 ドン ドン ドン――


「ん……?」


 店の方からの微かな音が、イクサの耳を打った。ハッとして顔を上げると、マイスとシーリカも、彼と同様に緊張した面持ちで耳を(そばだ)てていた。


 ――ドン ドン


 再び、先程と同じ音が店内の空気を震わせた。


「……ノックの音……ですよね?」


 シーリカの言葉に、ふたりは無言で頷く。


「誰だろ……? 店の前には臨時休業の張り紙を貼っているのに……」


 ドン ドン ドン!


「――おい! 誰かおらんのか! 衛兵隊である! たれか、あるかっ?」

「衛兵隊……!」


 ノックの音の後に、外から投げかけられた声に、三人は思わず声を上げた。

 イクサがマイスに、興奮した顔で捲し立てる。


「マイスさんッ! 衛兵隊って……ひょっとして、()()()()に、何か引っかかったんじゃ――?」

「あ――!」


 マイスは、イクサの声に目を輝かせると、弾かれたように走り出した。シーリカとイクサも、慌ててその後を追う。

 入り口の扉に辿り着いたマイスは、逸る心を抑えながら扉の閂を外し、けたたましい鈴の音を立てながら、勢いよく押し開ける。


「お――おわっ!」


 入り口の前に立っていたふたりの衛兵が、開いた扉の勢いに驚いて、身を仰け反らせた。


「な――何だ、貴様! 危ないではないかッ!」

「あ……申し訳ありません」


 衛兵の抗議の声に軽く頭を下げてから、マイスとイクサは目をギラギラさせて衛兵に詰め寄る。


「で――、どういったご用件でしょうか、衛兵様……?」

「あのっ! 検問の件ですか? み――見つかったんですか、例の――?」

「? ……何の事だ? 検問……? 例の……何だ?」


 だが、興奮混じりのイクサの問いに対して、衛兵は顔を見合わせて首を傾げる。――彼らの反応から考えて、残念ながら、このふたりは検問とは違う用件でやって来たようだ。

 マイスは、内心の失望と焦燥を柔らかな営業スマイル(愛想笑い)で押し隠して、改めて衛兵に問い直した。


「失礼致しました。――あの、ご用件は、一体?」

「――ん。あ、ああ……」


 マイスの言葉に、衛兵は気を取り直した様子で、ごほんとひとつ咳払いをすると、居丈高な態度で口を開いた。


「あー……ひとつ聞くが……。この店に、スマラクト……アイルザック・スマラクトという男は勤めておるか?」

「え……スマラクト――さん……?」


 イクサは、思いもかけぬ名前が衛兵の口に上った事に、当惑の声を漏らす。

 マイスも、怪訝な表情を浮かべながら、小さく頷いた。


「え……ええ。確かに、スマラクトは弊社の従業員ですが……。彼が、何か……?」

「うむ。――ならば、ちょいと、衛兵詰め所までご同行頂こうか」

「ど、同行? 衛兵詰め所まで――って、一体、どうしてですか?」


 穏やかならぬ話の流れに、シーリカが狼狽した声を上げ、マイスとイクサも、不安げな顔を見合わせた。

 そんな彼らを前に、衛兵は淡々と同行を求める理由を述べる。


「一時間ほど前、その、スマラクトとかいう男が、トリアース地区の民家の前で騒いでおってな。近隣住民から通報を受けた我々が拘束したのだ。まあ、騒いでいただけだったので、厳重注意だけで釈放してやるのだが、他に身寄りも無いと言うのでな……お前達に、身元引き受けに来て欲しい――そういう訳だ」

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